2024 年 66 巻 2 号 p. 151-156
症例は49歳女性.EGDで胃前庭部に未分化型癌と,十二指腸下行部から上行部に粘膜出血を伴う12cm大のリンパ管腫を認めた.経過中,十二指腸リンパ管腫からの出血により高度貧血を生じた.胃癌に対する幽門側胃切除の消化管再建をBillroth-Ⅱ法とすることで,十二指腸リンパ管腫への食餌刺激や胃酸曝露を避け,膵頭十二指腸切除を要する病変摘除は行わなかった.術後,臨床的,内視鏡的にも十二指腸リンパ管腫からの出血の兆候は消失した.
In a 49-year-old woman with gastric cancer scheduled for resection, EGD revealed a hemorrhagic duodenal lymphangioma causing severe anemia. Since pancreaticoduodenectomy for complete resection of the lymphangioma was deemed excessive for this benign disease, only distal gastrectomy for gastric cancer was performed with Billroth-Ⅱ reconstruction, which prevented exposing the lymphangioma to diet and gastric acid. Endoscopic findings indicating bleeding abated postoperatively. No lesion progression or clinical signs of rebleeding were observed during a 3-year follow-up period.
リンパ管腫は,リンパ管の組織奇形を由来とした良性腫瘍である.小児期に頭頸部や腋窩に好発する一方 1),消化管では大腸,小腸に発生することが多い 2).十二指腸原発例は,本邦では1965年に橋本らにより初めて報告され 3),稀な疾患である.われわれは,出血をきたしたものの,併存する胃癌との包括的治療を選択したことで,出血のコントールが可能であった十二指腸リンパ管腫の症例を経験したため報告する.
患者:49歳,女性.
主訴:なし.
既往歴:脂質異常症.
生活歴:機会飲酒.喫煙歴なし.
現病歴:検診の上部消化管造影検査で萎縮性胃炎を指摘され,精査目的に当科を紹介受診した.
現症:身長 161cm,体重 51kg.意識清明.眼瞼結膜に貧血なし.腹部は平坦・軟,自発痛や圧痛なく,腫瘤を触知しない.
血液・生化学検査:赤血球 350×104/μL,Hb 10.6g/dL,MCV 91flと軽度の正球性低色素性貧血を認め,溶血を示唆する所見は認めなかった.CEA 0.9ng/mL,CA19-9 2.8U/mLと腫瘍マーカーは基準値内で,その他の生化学検査にも特記すべき異常値は認めなかった.
上部消化管内視鏡検査:木村・竹本分類O-1の萎縮性胃炎を背景に,前庭部後壁に褪色調の5cm大の境界明瞭な陥凹性病変を認めた.生検病理所見は低分化型腺癌(poorly differentiated adenocarcinoma:por)であった.
L,Post,0-Ⅱc,50mm,por,cT1,cN0,cM0,cStage Ⅰと術前診断し 4),胃癌治療ガイドライン第6版 5)に準じて腹腔鏡下幽門側胃切除術の方針とした.初回内視鏡検査から約2カ月後,術前マーキング目的に内視鏡検査を行った.十二指腸下行部,主乳頭よりわずかに肛門側からさらに深部にまで及ぶ,立ち上がりがなだらかな黄白色調の結節分葉状の隆起性病変を認めた(Figure 1-A).前回検査時には指摘のない病変で,表面は微細顆粒状であった.Narrow band imaging(NBI)拡大観察では絨毛構造は観察されず,大きさや形状が不均一な白色外観を呈し,やや拡張した上皮下毛細血管を認めた(Figure 1-B).病変肛門側の観察が不十分であったため,小腸用内視鏡(SIF-H290S;オリンパス株式会社,東京,日本)へ変更し,透視下で深部の観察を行った.亜全周性に及ぶ12cm程度の病変であり,病変肛門側は隆起の丈が高く,血マメ様の発赤絨毛構造や軽度の粘膜出血を認めた(Figure 1-C).内視鏡下造影検査(充盈像)では,十二指腸下行部から上行部にかけて透亮像を認めた(Figure 2).内視鏡検査では,X線画像で指摘可能な隆起よりも口側に平坦な病変が進展しており,口側の境界は十二指腸乳頭部近傍の,膵臓の裏打ちのある下行部にまで広がっていると判断した.悪性リンパ腫を鑑別に挙げ,発赤絨毛部を避けて2カ所から生検した.この際わずかな出血を認めたものの,自然止血が得られた.生検病理所見では,粘膜固有層に大小に拡張したリンパ管の集簇を認めた.リンパ管の内腔は,異型のない1層の扁平な内皮細胞に裏打ちされ,一部には赤血球を認めた(Figure 3-A).D2-40免疫染色で陽性を示すリンパ管内皮細胞を認め(Figure 3-B),海綿状リンパ管腫と診断した.
上部消化管内視鏡検査.
A:白色光観察.十二指腸下行部に黄白色調の隆起性病変を認める.
B:NBI拡大観察.絨毛構造は観察されず,やや拡張した上皮下毛細血管を認める.
C:小腸用内視鏡検査.血マメ様の発赤絨毛や軽度の粘膜出血を認める.
内視鏡下造影検査(充盈像).
十二指腸下行部から上行部にかけて透亮像を認める(黄矢印).
十二指腸生検病理所見.
A:HE染色像(対物10倍).粘膜固有層に大小に拡張したリンパ管の集簇を認め,内腔には好酸性のリンパ液が貯留している.一部のリンパ管内腔に赤血球を認める.
B:D2-40免疫染色像(対物20倍).D2-40陽性のリンパ管内皮細胞を認める(赤矢印).
臨床経過:生検2日後に黒色便を主訴に当院を受診した.バイタルサインは安定していたがHb 4.7g/dLの貧血を認め,生検後出血を疑いSIF-H290Sで内視鏡検査を施行した.十二指腸病変の血マメ様の発赤絨毛の分布領域は前回検査時よりも拡大しており,広範な粘膜出血をきたしていた(Figure 4-A).しかし,生検部からの出血はみられなかった.トロンビン10,000単位の撒布で止血したため,入院のうえ5日間の絶食とランソプラゾール60mg/日の静脈内投与,赤血球濃厚液6単位の投与を行った.入院第6病日より食事を開始し,エソメプラゾール20mg/日の内服へ切り替え,レバミピド300mg/日の投与を行った.これ以後,再出血の兆候は認めなかった.
上部消化管内視鏡検査.
A:小腸用内視鏡検査.血マメ様の発赤絨毛の増悪を認める.
B:術後内視鏡検査(術後3年6カ月).血マメ様の発赤絨毛は消失し,粘膜出血も認めない.
本症例は,初回発見時より,十二指腸リンパ管腫の丈の高い隆起部で軽度の粘膜出血を認めていたため,病変肛門側を観察する際の内視鏡の機械的刺激による腫瘍出血の増悪と考えた.しかし,追加の問診で以前より軽度の貧血を認めていたこと,食餌などの刺激で再度の出血増悪の可能性があることから,何らかの治療介入が望ましいと考えた.胃癌と十二指腸リンパ管腫の合併切除に関して外科と協議したが,十二指腸リンパ管腫の口側縁が十二指腸乳頭部と近いため,部分切除は困難であり,切除をするためには膵頭十二指腸切除術を要すると判断した.しかし,良性疾患に対する膵頭十二指腸切除術は侵襲が過大であること,慢性貧血は軽度であること,重大な出血は内視鏡検査後の一度であることを考慮し,患者へ十分なインフォームドコンセントを行い,胃癌のみを切除することとした.
胃前庭部癌に対し,腹腔鏡下幽門側胃切除術(D1+リンパ節郭清)を施行した.この際,十二指腸リンパ管腫への食餌や胃酸の曝露を避け,出血時にも容易に内視鏡治療をできるように再建法をBillroth-Ⅱ(B-Ⅱ)法とした.胃癌の最終病理診断はL,Post,0-Ⅱc,60×40mm,por2+sig,pT1a(M),Ly0,V0,pPM0,pDM0,pN0(0/52),M0,pStage IA 4)であった.
術後3年6カ月の内視鏡検査で,十二指腸リンパ管腫の血マメ様の発赤絨毛や粘膜出血は消失し,腫瘍の増大も認めなかった(Figure 4-B).術後から酸分泌抑制薬や粘膜保護薬を中止して経過観察していたが,血液検査上もHb 12g/dLへと貧血は改善し,リンパ管腫からの再出血を疑う兆候なく経過している.
本論文は,貧血を呈した易出血性の十二指腸リンパ管腫の報告である.併存胃癌に対する幽門側胃切除術の再建法を工夫し,十二指腸リンパ管腫への食餌や胃酸による機械刺激を低減することで,病変摘除を行わずに再出血を回避しえた.
リンパ管腫は,管腔の広さや隔壁の性状により,単純性,海綿状,囊胞状に分類される 1).組織型を反映して内視鏡所見が異なり,単純性,囊胞状リンパ管腫は透光性,透明感のある淡青から白色調の粘膜下腫瘍様の形態を呈する.一方,十二指腸や小腸で多い海綿状リンパ管腫は,上皮下で隔壁を伴うリンパ管拡張という組織を反映して,白色顆粒状を呈することが多い 2).本症例は巨大な海綿状リンパ管腫であり,上記所見に加え,隆起部における血マメ様の発赤絨毛構造や粘膜出血を認めた.
ほとんどの十二指腸リンパ管腫は無症状であり,治療は不要である.しかし,出血時には治療を要する 6).PubMed(対象期間1959年~2022年5月,英文に限る),医学中央雑誌(対象期間1973年~2022年5月,会議録は除く)にてそれぞれ“duodenal lymphangioma”,“十二指腸リンパ管腫”をキーワードとして検索したところ,それぞれ84件,15件の文献が抽出された.そのうち出血例の報告は6例あり,本症例を加えた7例をTable 1に示す 1),6)~10).病変は下行部から水平部にかけて多く存在し,出血形式は粘膜出血が多いが,噴出性出血 6)をきたした報告もみられた.本症例では血マメ様の発赤絨毛所見を認めたが,これはリンパ管内への出血を反映した変化と考える.この血マメ様所見は他の出血例でも認めるが,リンパ管腫の出血リスクの指標となりうるかは,今後検討が必要である.出血性十二指腸リンパ管腫は海綿状リンパ管腫の報告が多いものの,組織型別に出血リスクを検討した研究はなく,関連は不明である.本症例の生検病理所見では,上皮下でのリンパ管増生に伴い被覆上皮が一部菲薄化していた.内視鏡や食餌といった機械刺激によって上皮が傷害され,出血をきたしたと推測される.出血のない非発赤部からの生検にもかかわらず,標本のリンパ管内に出血を認めることから,腫瘍の易出血性が示唆された.
出血性十二指腸リンパ管腫の臨床的特徴.
十二指腸リンパ管腫は1-3cmと小型病変であることが多いとされる 2).しかし,出血例は5cm以上が多く,本症例も12cmと大型病変であった.本症例では腫瘍に対する治療は行っていないが,B-Ⅱ再建術後の内視鏡検査では血マメ様の発赤絨毛は消失しており,慢性貧血も改善した.このことから,腫瘍の増大による組織の脆弱性というよりも,大型病変では機械刺激を受けやすいことが出血の要因と考えられる.出血性リンパ管腫の治療に関して,外科的病変切除以外に確立された手法はない.既報では内視鏡的クリップ止血術 10)やB-Ⅱ再建術 7)が施行されたが,最終的には全例で出血を制御できず外科的病変切除が施行された.本症例では粘膜出血が主体であったため,止血剤撒布のみで止血を得ることができた.
病変切除を行っていない本症例では,再出血をきたす可能性がある.再出血時の初期治療は,侵襲性の低い内視鏡的止血術が検討される.本症例のようなびまん性出血の場合には,広範囲の止血効果が期待できる止血剤撒布や,小腸での治療例の報告 11)があるアルゴンプラズマ凝固法が有用と考えられる.ピシバニールⓇによる硬化療法に関して,頭頸部などの囊胞状リンパ管腫に対する有用性は確立されている一方で 12),消化管原発のリンパ管腫に対する治療例の報告はない.海綿状リンパ管腫では隔壁構造によって硬化剤が腫瘍全体へ広がらず,治療効果が限定的であることがその要因と考えられる 12).近年登場した自己組織化ペプチド溶液(ピュアスタットⓇ,スリー・ディー・マトリックス社,東京)撒布は消化管漏出性出血に対する有用性の報告も相次いでみられ 13),14),選択肢のひとつとなると考えられた.また,大型の十二指腸リンパ管腫を内視鏡的粘膜下層剝離術で切除した報告があり 15),技術的に可能な場合には止血術後に選択肢になりえると思われた.
十二指腸リンパ管腫からの出血は,外科的病変切除が標準的治療に位置づけられる.しかし,本症例では併存する胃癌に対する幽門側胃切除術の再建法をB-Ⅱ法とし,十二指腸リンパ管腫への食餌と胃酸の曝露を低減することにより,再出血を回避することができた.したがって,十二指腸リンパ管腫の切除に過大侵襲を伴う術式を要する場合には,バイパス術などの病変切除を回避した対応も選択肢となりうることが示唆された.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし