日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
乳白色の十二指腸液の貯留が診断の契機となったランブル鞭毛虫症の1例
西尾 綾乃 高橋 索真コルビン ヒュー俊佑田中 盛富石川 茂直和唐 正樹安藤 翠中村 聡子所 正治稲葉 知己
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2024 年 66 巻 2 号 p. 157-162

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要旨

症例は64歳の男性.以前から軟便を自覚していた.EGDにて十二指腸に乳白色液の貯留を認めた.十二指腸からの生検にて粘膜表面に鎌状や洋梨状の物体を認め,ランブル鞭毛虫が疑われた.十二指腸液および便の鏡検,分子解析によりassemblage A型のランブル鞭毛虫症と診断した.メトロニダゾール750mg/日を7日間投与し,軟便は消失した.1年後のEGDでは十二指腸の乳白色液の貯留は認めず,便および十二指腸液の鏡検,十二指腸からの生検で虫体は認めず,駆虫成功と判断した.EGD時に十二指腸に乳白色液の貯留を認めた場合は,ランブル鞭毛虫症も鑑別に挙げ,積極的な生検や十二指腸液の鏡検を行うことが望まれる.

Abstract

A 64-year-old man with a complaint of loose stools was found to have accumulation of white fluid in the duodenum at the time of EGD. Duodenal biopsies were performed, and histopathological examination revealed sickle-shaped and pear-shaped bodies on the mucosal surface, suggesting Giardia intestinalis. The patient was diagnosed with assemblage A-type G. intestinalis by microscopic examination and PCR-sequencing of duodenal fluid and stool samples. The patient was treated with metronidazole 750 mg/day for 7 days to deworm. After the treatment, the patientʼs stool returned to normal. One year later, EGD was performed, and white fluid accumulation was not observed in the duodenum. G. intestinalis was not detected by microscopic examination of stool samples, duodenal fluid, and duodenal biopsies; hence, it appeared that deworming was successful. G. intestinalis infection should be considered when white fluid accumulation is observed in the duodenum during EGD.

Ⅰ 緒  言

ランブル鞭毛虫症(ジアルジア症)は,原虫の一種であるランブル鞭毛虫による感染症で,全世界の患者数は約2億人と考えられている 1.本原虫は栄養型と囊子の形態をとり,感染者もしくは動物の糞便に排出された囊子の経口摂取で感染する 2.十二指腸から上部小腸に栄養型が吸着し,下痢や腹痛などの症状が出現する 3.今回われわれは,乳白色の十二指腸液の貯留が診断の契機となり,駆虫後の内視鏡所見の変化を確認できたランブル鞭毛虫症の症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:64歳,日本人男性.

主訴:軟便.

既往歴:2016年,胃腺腫に対して内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD),ヘリコバクターピロリ菌の除菌,大腸腺腫に対して内視鏡的粘膜切除術(EMR)を受けている.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:幼少期に井戸水の使用歴がある.ペットとして犬を1匹飼育している.

喫煙歴:なし.

飲酒歴:ビール 700ml/日.

職業:農業.

海外渡航歴:なし.

内服歴:なし.

現病歴:数年前から1日2行程度の軟便を自覚していた.2016年の上部消化管内視鏡(EGD)時,十二指腸に乳白色液の貯留を認めていたが,生検は行わず経過観察となった.同年の大腸内視鏡(CS)では軟便の原因となるような所見は認めなかった.横行結腸と下行結腸にポリープを認め,EMRを施行した.病理組織検査の結果はいずれも管状腺腫で,虫体を疑うような所見は認めなかった.2018年,ESD後の経過観察と軟便の精査を目的としてEGDを施行したところ,十二指腸に乳白色液の貯留を認めた.

身体所見:身長166.0cm,体重55.1kg,BMI 20.0,血圧124/78mmHg,脈拍61回/min,整,体温36.2℃,意識清明.麻痺なし.眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし.咽頭発赤なし,扁桃腫大なし.表在リンパ節は触知せず.甲状腺腫大なし.心雑音なし,肺雑音なし.腹部は平坦軟.腸蠕動は良好,圧痛および反跳痛なし.浮腫なし.皮疹なし.

臨床検査成績(Table 1):白血球数,CRPは基準内であった.血清IgG,IgAは基準内であったが,血清IgEは240IU/mlと高値であった.便培養では有意な細菌は分離されず,CDトキシンは陰性であった.

Table 1 

臨床検査成績.

胸腹部CT:異常所見は認めなかった.

EGD:十二指腸球部に乳白色液の貯留を認め(Figure 1-a),下行脚には乳白色粘液の付着を認めた(Figure 1-b).胃には萎縮性胃炎O-2(木村・竹本分類)を認めた.

Figure 1 

ランブル鞭毛虫症診断時の内視鏡像.

a:十二指腸球部,白色光.乳白色液の貯留を認める.

b:十二指腸下行脚,白色光.乳白色粘液の付着を認める.

生検病理組織検査(Figure 2-a,b):十二指腸の球部と下行脚の計3カ所から生検を行った.病理組織検査では粘膜内に20~40個/HPF相当の好酸球浸潤を認めた.すべての標本において粘膜表面に鎌状や洋梨状の物体を認め,栄養型のランブル鞭毛虫が疑われた.胃前庭部大彎,胃角部大彎,胃体部大彎からも生検を行ったが,虫体は確認できなかった.

Figure 2 

ランブル鞭毛虫症診断時の病理所見および鏡検所見.

a:十二指腸粘膜からの生検組織.粘膜内に好酸球浸潤を認め,粘膜表面に栄養型のランブル鞭毛虫の集塊を認める(HE染色×200).

b:aの青枠部拡大像.粘膜表面の栄養型のランブル鞭毛虫の集塊が明瞭となる(HE染色×600).

c:十二指腸液中に認めた栄養型のランブル鞭毛虫(ギムザ染色).

d:便中に認めた囊子型のランブル鞭毛虫(無染色).

鏡検検査:乳白色の十二指腸液を吸引し鏡検したところ,活発に動く栄養型のランブル鞭毛虫を認め,周囲には白血球や赤血球と脱落した上皮の他に多くの桿菌や球菌を認めた(Figure 2-c).便の鏡検では囊子型のランブル鞭毛虫を認めた(Figure 2-d).十二指腸の腸液および便のPCRシークエンス検査,虫体の病理学的検索により,assemblage A型のランブル鞭毛虫と診断した.

治療後経過:駆虫目的でメトロニダゾール750 mg/日を7日間投与した.その結果,数年間持続していた軟便が普通便となり,体重が2kg増加した.治療4カ月後の便の鏡検では虫体は認めなかった.1年後のEGDでは十二指腸の乳白色液の貯留は認めなかった(Figure 3).十二指腸液および十二指腸の4カ所からの生検検体を検索したが虫体は認めず,好酸球浸潤も目立たなくなっており,駆虫成功と判断した.以後,便検査や内視鏡検査を4年間フォローしているが,現時点では再発を認めていない.

Figure 3 

駆虫治療1年後の内視鏡像.

a:十二指腸球部,白色光.

b:十二指腸下行脚,白色光.

十二指腸の白色液の貯留は消失していた.

Ⅲ 考  察

ランブル鞭毛虫症(ジアルジア症)は,消化管に寄生する原虫であるランブル鞭毛虫Giardia intestinalis(別名G. duodenalis, G. lamblia)による感染症である.五類感染症に指定されており,2016~2020年の本邦における報告数は年間28~71件であった 4

下痢,腹部膨満感,腹痛,倦怠感などの症状を認めるが,無症状の場合もある 3.本症例では数年前から軟便を自覚していた.一般的には便中囊子の確認により本症と診断される 5が,十二指腸液を採取し,栄養型を確認することでも診断しうる.本症例においてわれわれは,十二指腸に貯留していた乳白色液を異常所見と考え,十二指腸液の採取と十二指腸からの生検を行い,ランブル鞭毛虫症の診断に至った.駆虫後に乳白色液の貯留は消失しており,ランブル鞭毛虫症に伴う所見と考える.

本疾患のEGD所見として,寄生部位である十二指腸において,栄養型の感染により生じた炎症に伴う濃厚粘液の付着やリンパ濾胞の過形成に相当すると思われる黄白色調小隆起の集簇を認めることが報告 6),7されている.医中誌で((Giardia/TH or ジアルジア/AL)or(ランブル鞭毛虫/TH or ランブル鞭毛虫/AL)and(十二指腸/TH or 十二指腸/AL))and(PT=会議録除く)の条件で1995年から2022年の本邦からの論文を検索した結果,十二指腸の内視鏡像の記載のある本疾患の症例報告を3報認めた.それぞれ,びまん性の微小隆起を伴うざらついた粘膜 8,アフタ様病変の散在を伴う粗造な粘膜 9,十二指腸下行脚の襞に沿って散在する発赤を伴う白色調粘膜 10を認めたとのことであるが,本症例のように十二指腸に乳白色液の貯留を認め,駆虫後に消失したという報告はなかった(Table 2).

Table 2 

1995~2022年における十二指腸の内視鏡像の記載のあるランブル鞭毛虫症の本邦報告例(自験例を含む).

Randhawaらは,ランブル鞭毛虫症の症例において十二指腸液中のランブル鞭毛虫特異的分泌型IgAが増加していると報告しているが 11,ランブル鞭毛虫感染者の十二指腸液の性状を検討した報告は他には認めなかった.

米国のZylberbergらは2008年から2015年に432,813例を対象にEGDを施行した際に十二指腸から生検を行った結果,ランブル鞭毛虫を認めたのは0.11%であったと報告 12しており,本疾患を診断するために十二指腸からルーチンに生検を行う必要性は先進国では低いと考えられる.しかし,イタリアのGrazioliらは2002年から2003年に過敏性腸症候群およびディスペプシアの症状で外来を受診した137人を対象にEGDを施行し,十二指腸からの生検,便の鏡検を行った結果,9例(6.6%)でランブル鞭毛虫症の診断に至ったと報告している 13.9例全例で便の鏡検および生検組織の直接鏡検で虫体を認めたが,固定後の標本の鏡検で虫体を認めたのは2例のみであったとのことで,本疾患の診断には十二指腸からの生検組織の直接鏡検が有用であると考察されている.本症例でも軟便が持続していたが,過敏性腸症候群やディスペプシアの症状を有する場合は本疾患を除外することは重要と考える.

本症例で施行した糞便のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)も診断に有用である.ランブル鞭毛虫のPCRにおける検出感度は糞便の直接鏡検よりも高く(100% vs. 60.7%,p<0.01),特異度はシークエンスにより通常100%とされる 14

本症例では海外渡航歴や同性性交歴はなく,飼育していた犬の糞便のPCR検査でもランブル鞭毛虫は認めず,感染経路は不明であった.本邦では診断されていないランブル鞭毛虫症の症例も多いと考えられている 6.過敏性腸症候群やディスペプシア様の症状でEGDを施行する際には,本疾患も念頭におき,特に十二指腸に乳白色液の貯留を認めた場合には生検や十二指腸液の鏡検を行うことが診断に有用と考えられる.

Ⅳ 結  語

乳白色の十二指腸液の貯留が診断の契機となり,駆虫後の内視鏡所見の変化を確認できたランブル鞭毛虫症の1例を経験した.

本論文の要旨は第125回日本消化器内視鏡学会 四国支部例会(2020年12月19日・20日,愛媛)にて発表した.

謝  辞

本症例のPCRシークエンス検査は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の課題番号21fk0108095s0303の支援により実施した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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