2024 年 66 巻 3 号 p. 266-272
免疫チェックポイント阻害薬投与後の免疫関連有害事象(immune-related adverse events:irAE)として胃病変を呈した5症例(男性1例,女性4例)を経験したので報告する.原疾患は全例が悪性黒色腫であった.内視鏡検査では粗造粘膜,白色浸出物,発赤,易出血性をそれぞれ4例に認めたほか,浮腫が1例,小潰瘍が1例でみられ,拡大観察を行った4例では腺管構造が消失していた.CT検査では胃前庭部の壁肥厚を1例に認めたが,他の4例では上部消化管に異常所見はみられなかった.治療として全例でプレドニゾロンを用い,自覚症状の改善が得られ,うち3例では内視鏡所見の改善も確認した.上記の内視鏡所見に着目し,irAE胃炎と診断し治療にあたることが重要と考えられた.
Immune checkpoint inhibitors (ICIs) have widely been used in immunotherapy to target programmed cell death-1 (PD-1), PD ligand 1 (PD-L1), as well as cytotoxic T-lymphocyte associated antigen 4 (CTLA-4). ICIs inhibit the signaling from receptors and ligands, thereby helping boost the bodyʼs immune response against cancer cells. Simultaneously, activated T-lymphocytes can recognize and attack the bodyʼs healthy organs, leading to immune-related adverse events (irAEs). Colitis often occurs as an irAE, while gastritis associated with ICIs is infrequent. In the present study, we retrospectively analyzed five patients (one man and four women) diagnosed with gastritis associated with ICIs (irAE gastritis), at Okayama University Hospital between January 2014 and December 2022, to reveal the clinical features of the disease. The primary diagnosis was malignant melanoma in all cases; the average age of the patients was 68.5 years (57-79 years). The ICIs administered at the onset of irAE gastritis were nivolumab and ipilimumab in two patients and nivolumab, ipilimumab, and pembrolizumab, each in one patient. The chief complaints were anorexia (n = 3), nausea (n = 2), vomiting (n = 2), diarrhea (n = 2), abdominal distension (n = 1), and abdominal pain (n = 1). CT showed thickening of the gastric antrum in one patient, while the remaining four patients had no notable findings in the upper gastrointestinal tract. On EGD, irAE gastritis showed rough mucosa (n = 4), white exudates (n = 4), redness (n = 4), friable mucosa with spontaneous bleeding (n = 4), edematous mucosa (n = 1), and small ulcers (n = 1). Magnifying observation of the gastric lesions was performed in four cases and revealed the disappearance of ductal structures in all cases. Subjective symptoms improved in all patients after the administration of steroids.
免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor:ICI)は,免疫チェックポイント分子またはそのリガンドに結合し,免疫抑制シグナルの伝達を阻害することで,免疫チェックポイント分子によるT細胞の活性化抑制を解除し抗腫瘍効果を示す 1),2).2014年に抗ヒトPD-1モノクローナル抗体であるニボルマブが悪性黒色腫に対する治療薬として承認されて以降,種々のICIが開発され,また適応疾患が拡大されてきた.その結果,現在ではさまざまな悪性腫瘍の標準的治療法としてICIが使用されている.
上記の通りICIは腫瘍細胞に対する免疫を活性化し持続させる薬剤であると同時に,免疫関連有害事象(immune-related adverse events:irAE)と呼ばれる副作用を生じることがある 3)~5).代表的なirAEとして皮膚障害,腎機能障害,血液障害(免疫性血小板減少性紫斑病,溶血性貧血,赤芽球癆,無顆粒球症など),間質性肺炎,筋炎,重症筋無力症,横紋筋融解症,神経障害(ギランバレー症候群など),脳炎,髄膜炎,1型糖尿病,甲状腺機能障害(亢進症,低下症)などがある 6).また消化器領域で頻度が高いirAEとしては大腸炎,肝機能障害,肝炎,膵炎が知られている 7).一方,ICIによる胃粘膜傷害は頻度が低く,その特徴は十分に検討されていない 8).そこで本検討では,自施設で経験したirAE胃炎の5症例について臨床的特徴をまとめ,報告する.
岡山大学病院病理部のデータベースにて,2014年1月1日から2022年12月7日の期間に病理学的にirAE胃炎と診断された5症例を抽出し本検討の対象とした.対象症例の年齢,性別,irAE胃炎発症時の症状,CT検査所見,上部消化管内視鏡検査所見,治療,転帰を後ろ向きに収集し,解析した.
既報2症例(症例1 9)および症例4 10))を含めて対象期間内に全5症例(男性1例,女性4例)がirAE胃炎と診断されていた(Table 1).原疾患は全例が悪性黒色腫であり,発症時の平均年齢は68.5歳(57~79歳)であった.irAE胃炎発症時に投与されていたICIはニボルマブとイピリムマブ併用2例,ニボルマブ1例,イピリムマブ1例,ペムブロリズマブ1例であり,発症までの投与期間は平均115日(16~370日)であったが,5例のうち4例は前治療としてニボルマブ(2例)またはペムブロリズマブ(2例)が使用されていた.irAE胃炎診断時の併用薬として,2例が非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)としてロキソプロフェンを,1例が酸分泌抑制薬としてエソメプラゾールを内服していた.また1例は食欲不振のためベタメタゾン(0.5mg/日)を,1例は副腎不全疑いに対してヒドロコルチゾン(5mg/日)を内服していた.主訴は頻度の高い順に食欲不振(3例),嘔気(2例),嘔吐(2例),悪心(2例),下痢(2例),腹部膨満(1例),腹痛(1例)であった.CT検査では胃前庭部の壁肥厚を1例に認めた(症例4).他の所見としては結腸の壁肥厚(2例),小腸の液体貯留(2例),結腸の液体貯留(1例),小腸の壁肥厚(1例)がみられたが,前述の1例を除く4例では上部消化管に特記すべき所見は認めなかった.

irAE胃炎症例の特徴.
胃に加えて,4例では十二指腸,1例では食道 7)にも病理学的にirAEの所見を認めた.2例では大腸内視鏡検査が実施され,2例ともに結腸および直腸の生検でirAEと病理診断されたほか,1例では病理学的に盲腸にもirAEの所見がみられた.また1例では膵酵素の上昇と膵実質の腫大がみられ,膵炎の合併を認めた.irAE胃炎の内視鏡所見としては粗造粘膜,白色浸出物,発赤,易出血性をそれぞれ4例に,浮腫と小潰瘍をそれぞれ1例に認めた(Figure 1).胃病変の拡大観察は4例で実施され,いずれも腺管構造の消失が確認された.病理組織では間質にリンパ球,好中球,好酸球,形質細胞など多彩な炎症細胞浸潤がみられ,陰窩炎/陰窩膿瘍とアポトーシス小体を全例で認めたほか,腺管の破壊/萎縮が2例でみられた(Table 2,Figure 2).免疫染色では,5例全例でB細胞(CD20陽性細胞)はほとんどみられず,T細胞(CD3陽性)が優位であった.CD4:CD8比については,3例ではCD8陽性細胞が多かったが,1例ではCD4陽性細胞が多く,残りの1例ではほぼ同数であった.血中H. pyloriIgG抗体(LATEX法,生研,カットオフ値10.0U/mL)は2例で陽性であったが,他の3例は陰性であった.irAEに対する治療として全例でプレドニゾロンを用い,3例では1mg/kgを静注で,2例では0.5mg/kgを内服で投与した.全例で自覚症状の改善が得られ,上部消化管内視鏡検査を再検した3例ではirAE胃炎の改善を確認した.

症例2の内視鏡像(a).体部~前庭部にかけて白色浸出物と発赤,自然出血を認める.症例3の内視鏡像(b,c).発赤した粗造粘膜を認め,送気伸展のみで出血を認める(b).PSL 30mg内服による加療で胃粘膜傷害は改善した(c).症例5の内視鏡像(d).前庭部に白色浸出物と自然出血を伴う発赤した粗造粘膜がみられる.

irAE胃炎症例の病理組織所見.

症例5の病理組織結果.ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色では多彩な炎症細胞浸潤と腺管の破壊がみられる(a:×20).アポトーシス小体も認める(矢印).T細胞が優位であり(b),この症例ではCD4陽性細胞(c)よりもCD8陽性細胞が多い(d).
ICIはT細胞の不活化を解除し,腫瘍細胞に対する免疫応答を回復させる作用をもつが,全身性の免疫細胞の活性化は同時に腫瘍以外の臓器における自己応答性T細胞を誘導し,種々の臓器でのirAE発症をきたし得る 11).ICIによる消化管傷害としては前述の通り,irAE大腸炎がよく知られている.メタアナリシスによれば,grade3以上のirAE大腸炎の頻度はPD-1/PD-L1阻害薬単独治療で1.3%,CTLA-4阻害薬単独治療で9.1%,両者の併用治療で13.6%とされている 12).一方,irAE胃炎の発生頻度については明らかとなっていないが,ICIによる消化管粘膜傷害を認めた80例の後ろ向き検討では,76例(95.0%)で小腸炎/大腸炎を認めたのに対し,4例(5.0%)で上部消化管粘膜に炎症がみられたと報告されており 13),irAE胃炎の有病率はirAE大腸炎と比較して少ないと推定される
irAE大腸炎の内視鏡像としては発赤,血管透見像の消失,びらん,潰瘍,顆粒状粘膜,粗造粘膜,膿様分泌物の付着,白斑があり,特に潰瘍性大腸炎に類似した所見である“血管透見像が消失した顆粒状粘膜”は特徴的所見とされる 14),15).ICI投与後の胃粘膜傷害については,Sugiyamaらが既報36例を集計し,内視鏡的特徴として頻度の高い順に発赤(44.4%),びらん/潰瘍(41.6%),脆弱粘膜(22.2%),浮腫(19.4%),白色浸出物(16.5%),正常粘膜(11.1%),顆粒状粘膜(8.3%),出血性胃炎(5.6%)を認めたと報告している 16).自験例でも発赤,白色浸出物,易出血性(脆弱粘膜)をそれぞれ5例中4例に認めた.びまん性発赤や胃体部の白濁粘液はH. pylori現感染で 17),また残存胃底腺の相対的な発赤調粘膜や乳白色~黄色の粘稠な固着粘液は自己免疫性胃炎で観察されることがあり 18),鑑別のうえでは注意を要するが,ICI投与中または投与後の患者で発赤,白色浸出物,易出血性(脆弱粘膜)がみられた場合はirAE胃炎を疑う必要があると考えられる.
自験例では全例が悪性黒色腫の症例であったが,irAE胃炎の既報例の集計では悪性黒色腫58.3%,肺癌25.0%,膀胱癌4.2%,子宮癌4.2%,外耳道癌4.2%,原発不明癌4.2%と報告されている 8).自験例で投与されていたニボルマブ,イピリムマブおよびペムブロリズマブは,本邦ではいずれも悪性黒色腫に対する治療薬として最初に承認を受け,その後に他臓器癌にも適応が拡大されてきた.irAE胃炎の背景疾患として悪性黒色腫が多い理由としては,他臓器癌に比べてICI投与症例数が多く,かつICI投与期間が長いためと推測されるが,今後は他臓器癌症例においてもirAE胃炎の発生に留意すべきと考えられる.
CT検査所見については,自験例では1例で胃壁肥厚を指摘された.この症例は経過中に出血性胃炎を呈し,他の症例に比べて内視鏡上も粘膜傷害が顕著であったため,胃壁肥厚は胃の炎症の強さを反映していた可能性がある 10).一方,他の4例ではCTで上部消化管に特記すべき所見を認めなかったことから,ICI投与歴のある患者で食欲不振や嘔気,嘔吐,悪心などの上腹部症状を認める場合には,CT検査で上部消化管に異常がなくとも上部消化管内視鏡検査を行うべきと考えられる.
血中H. pyloriIgG抗体は2例のみで陽性であった.われわれが初めて経験したirAE胃炎症例がH. pylori現感染であったため,H. pylori感染がirAE胃炎の契機となった可能性について既報論文において触れた 10).しかしその後の他家からの報告では両者の関連を積極的に示す症例はなく,現時点ではH. pylori感染がirAE胃炎の発症や増悪に与える影響は不明である.
irAEの治療はステロイドが中心であり,症状が5~7日を超えて持続するgrade2の大腸炎に対しては0.5~1.0mg/kg/日の経口プレドニゾロン投与,grade3のirAE大腸炎に対しては1.0~2.0mg/kg/日の静注プレドニゾロン投与が推奨されている 19).現時点でirAE胃炎に対する治療方針は確立されておらず,われわれは外来通院が可能な症例では0.5mg/kgの経口プレドニゾロン投与,入院を要する症例では1.0mg/kgの静注プレドニゾロン投与を基本としており,全例で症状の改善が得られた.ただし既報症例ではステロイドに反応せず,インフリキシマブの投与を要した報告 20),21)もあり,治療にあたっては慎重に効果を判断する必要がある.
irAE胃炎の5症例を報告した.内視鏡検査では粗造粘膜,白色浸出物,発赤,易出血性をそれぞれ4例に認め,拡大観察を行った4例では腺管構造が消失していた.これらの内視鏡所見に着目し,irAE胃炎と適切に診断し治療にあたることが重要と考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし