2025 年 67 巻 4 号 p. 305-310
症例は36歳,男性.血便を主訴に救急外来を受診.緊急大腸内視鏡検査で回盲弁上唇に類円形の潰瘍性病変と潰瘍内の露出血管から湧出性出血を認め,止血鉗子で凝固止血を施行した.約1カ月前の鶏肉生食後の腸炎症状と回盲弁上の潰瘍を認めたことから,カンピロバクター腸炎を疑った.その後の入院中,潰瘍内の別部位の露出血管から出血を認め,追加の内視鏡的止血術を2度要した.便汁培養からはCampylobacter jejuniが検出され,クラリスロマイシン(CAM)内服を開始したところ,血便は消失した.カンピロバクター腸炎罹患後,腸炎症状の改善後も回盲弁上の潰瘍は残り稀に多量の血便の原因となることがある.
A 36-year-old man was admitted to our hospital at night with complaints of bloody stools. Emergency CS revealed a circular ulcer on the upper lip of the ileocecal valve, with active bleeding from an exposed vessel, which was treated with coagulation hemostasis using hemostatic forceps. Campylobacter enteritis was suspected owing to the history of an enteritis-like episode and the ileocecal ulcer following consumption of raw chicken about a month prior. During hospitalization, bleeding from another exposed vessel in the ulcer was noted, and two additional endoscopic hemostasis procedures were performed. Stool culture confirmed the presence of Campylobacter jejuni. After starting oral clarithromycin, the patientʼs bloody stools resolved, and he was discharged.
カンピロバクター腸炎は,内視鏡では回盲弁上の潰瘍を生じることが非常に多い.本邦で細菌性食中毒として頻度が高く,発熱,下痢,腹痛を主とする急性腸炎である.下痢の多くは水様性であるが,血便や粘液便もみられることがある.今回カンピロバクター腸炎に罹患し約1カ月後に回盲弁上の潰瘍から多量の血便を繰り返した症例を経験したため報告する.
患者:36歳,男性.
既往歴:WPW症候群.
服薬歴:抗血栓薬やNSAIDsの内服なし.
生活歴:ペットの飼育はなし.
現病歴:X年2月Y日昼頃より血便を数回認め,同日夜間に救急外来を受診.精査加療目的に入院となった.受診約1カ月前に飲食店で鶏のたたきを摂取3日後から腸炎症状を認め数日で軽快していた.
入院時現症:血圧 171/118mmHg,脈拍 100回/分,体温 37.1度,腹部は平坦,軟,圧痛なし.
臨床検査成績(Table 1):Hb 14.3g/dL,白血球 6,730/μL,CRP 0.12mg/dL,PT-INR 0.93,APTT 31.8秒と明らかな貧血や炎症所見,凝固系の異常は認めなかった.

臨床検査成績.
腹骨盤部造影CT(Figure 1):盲腸,横行結腸から直腸内に淡いhigh densityを認め下部消化管出血が疑われたが,明らかな血管外漏出像は認めなかった.

造影CT所見.
盲腸に軽度の浮腫と淡いhigh densityを認める.
緊急大腸内視鏡検査所見(Figure 2):回盲弁上に潰瘍を認め,暗赤色の血餅付着を認めた.鉗子で血餅を除去すると潰瘍内の露出血管から湧出性出血を認め,止血鉗子にて凝固止血を施行した.カンピロバクター腸炎を疑い,便汁培養を提出した.回盲弁以外に明らかな病変は認めなかった.

緊急大腸内視鏡検査所見.
a:回盲弁上唇に境界明瞭な潰瘍を認め,血餅付着も認める.
b:鉗子にて凝固止血を施行した.
入院後経過:絶食,補液にて保存的加療を行い血便再燃なく,入院3日目より食事再開した.入院5日目に血便再燃を認め,同日大腸内視鏡検査再検したところ,回盲弁上の潰瘍に治癒傾向はみられず,前回止血部位とは別の2カ所の露出血管より湧出性出血を認め,凝固止血術を追加した(Figure 3).その後,便汁培養からはCampylobacter jejuniが検出された.薬剤感受性結果(Table 2)よりレボフロキサシン(LVFX)に耐性であり,入院7日目よりCAMを開始したが,同日夕から血便再燃したため,入院8日目に大腸内視鏡検査を施行した.過去2回の止血部位とは別の露出血管から湧出性出血を認め,潰瘍全体をロングクリップで圧迫する目的で潰瘍を挟み込むようにクリッピングを施行した(Figure 4).その後食事再開後も血便は認めず,入院16日目に退院した.初回CSから約3カ月後フォローアップ目的の大腸内視鏡検査にて回盲弁上の潰瘍は治癒していた.

大腸内視鏡検査所見(入院5日目).
a:回盲弁上の潰瘍に治癒傾向はみられず,前回止血部位とは別の2カ所の露出血管より湧出性出血を認めた.
b:凝固止血を追加した.

C. jejuni 薬剤感受性試験結果.

大腸内視鏡検査所見(入院8日目).
a,b:過去2回の止血部位とは別の露出血管から湧出性出血を認め,ロングクリップで潰瘍全体を挟み込むようにクリッピングを施行した.
カンピロバクター腸炎は本邦で発生している細菌性食中毒の中で近年,最も頻度が高い.Campylobacter属には27種類存在し,感染性腸炎で分離されるのは,Campylobacter jejuni(C. jejuni)とCampylobacter coli(C. coli)である 1).近年,カンピロバクター腸炎ではC. jejuniが95%を占めるとされている.C. jejuniはトリ,ウシなどの腸管に存在し,C. coliはブタの保菌率が高い.感染源の多くは過熱不十分なトリの肉や内臓である 2).潜伏期間は2~5日程度,症状は下痢,腹痛,発熱,嘔吐などであり,下痢の多くは水様性であり,約2~4割に血便がみられるとの報告もある 3),4).発熱は2~3日のみで,下痢や腹痛は1週間以内に自然軽快する.本症例は便培養からC. jejuniを検出した.入院の約1カ月前に飲食店で鶏のたたきを摂取しており,その3日後より発熱,水様下痢など腸炎症状を認めていたことから感染源と考えられた.
通常自然経過でも4~8週の間に除菌されることが多く,補液などの対症療法で自然軽快することがほとんどである 5)が,症状が強い場合や重症化が懸念される場合はマクロライド系やニューキノロン系抗菌薬の開始が検討される 6).一方で近年,ニューキノロン系やマクロライド系抗菌薬に対するカンピロバクターの耐性菌が増加しているとの報告もあり 7)~10)注意が必要である.本症例も便汁培養よりC. jejuniを検出し,LVFXに耐性であったが他の抗菌薬には感受性良好でありCAMを開始した.
カンピロバクター腸炎の最も特徴的な内視鏡所見は,回盲弁上の境界明瞭な潰瘍であり,内視鏡検査が行われた症例の4割程にみられると報告されている 11).回盲弁は,小腸の内容物が急速に流れるのを防ぎ,内容物の通過時間を延長させる働きがあり 12),また,大腸内容の小腸への不要な逆流を防ぐため回盲弁にはかなり高い圧がかかっている 13).さらに回盲弁は形態的に盲腸に突出しており,この高圧や突出のため組織障害を来しやすく細菌,ウイルス感染の影響を受けやすいために回盲弁上に潰瘍,びらんが発生するとの報告もある.
ほか,出血,発赤斑,びらん,小潰瘍,浮腫,アフタ様病変などが大腸全域に,散在性にみられることが多いが,大腸病変は通常2週間以内に消失するのに対し,回盲弁上の潰瘍は治癒に約1カ月を要するとされている 14).本症例も罹患後1カ月程経過していると考えられたが,回盲弁上に類円形の境界明瞭な潰瘍が残存し,潰瘍内の露出血管から湧出性出血を伴っていた.「カンピロバクター腸炎」「内視鏡的止血術」をキーワードに医学中央雑誌で検索したところ,本症例を含め5例認めた(Table 3).いずれも患者は若年者であり,腸炎症状出現から血便までに11日から1カ月程要している.本症例では,初回止血時に回盲弁上唇内側に露出血管を認めクリッピング困難な部位と考えまず凝固法を用いたが,その後も別の露出血管から再出血を繰り返したため,最終的に潰瘍全体を圧迫する目的でロングクリップにて潰瘍全体を挟み込むようにクリッピング施行したところ止血が得られた.以上より,潰瘍の治癒状況が悪い場合,凝固法で一時的に止血し得ても潰瘍内の別部位から露出血管が新しく生じ出血を繰り返す恐れがあり,初回からロングクリップでの止血術が適切であった可能性は考えられた.中村らの2症例も輸血を要する大量出血を来していたにも関わらず,1度のクリッピングにより止血が得られている 15).一方,福定らの症例では初回から露出血管に対しクリッピングを行ったにも関わらず,クリップが外れ,同部位から2度再出血を認めている 16).基礎疾患のため凝固能異常を認めていたことも再出血を繰り返した要因の1つと考えるが,回盲弁はその形態や機能から圧がかかりやすいことから,クリップが外れやすい可能性が示唆されクリッピング時には粘膜下層深層から筋層までの把持を意識することも肝要と思われた.また,松原らのようにArgon plasma coagulation(APC)により止血が得られた症例もみられた 17).本症例を含め3症例は抗菌薬開始後に血便が減少,止血しており,内視鏡的止血術に加えて適切な抗菌薬を併用することが潰瘍治癒の一助となったと考えられた.カンピロバクター腸炎による回盲部潰瘍からの出血に対して内視鏡的止血術を要した症例は少なく,今後さらなる症例の集積が望まれる.

カンピロバクター腸炎による回盲部潰瘍からの出血に対して内視鏡的止血術を要した症例.
カンピロバクター腸炎で血便を認めることもあるが,内視鏡的止血術を要する症例は比較的珍しいと考える.本症例はカンピロバクター腸炎罹患より約1カ月後に多量の血便で発症し,緊急大腸内視鏡検査で回盲弁上潰瘍の露出血管から出血を認め,内視鏡的止血術を施行したにも関わらず,同潰瘍内から出血を繰り返し,発症機序や止血術の選択について示唆に富む症例であったと考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし