日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
Helicobacter pylori未感染胃に生じた粘膜下腫瘍様形態を呈した未分化型進行癌の1例
八代 敏嗣 安達 亙小松 修井村 仁郎巾 芳昭佐藤 碧
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2025 年 67 巻 6 号 p. 1168-1174

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要旨

症例は62歳の女性.人間ドックのEGDで前庭部小彎前壁に2cm程度の中心に小潰瘍を有する粘膜下腫瘍様の隆起性病変が観察された.生検で印環細胞癌と低分化腺癌を認めた.H. pylori血清抗体および尿素呼気試験は陰性であった.開腹による幽門側胃切除術を施行し,病変は粘膜下腫瘍様で2.0×1.2cm大であった.病理組織学的には,腫瘍は固有筋層まで浸潤し,増殖能の高い低分化型腺癌が主として粘膜下層で線維性間質組織の増生を伴いながら増殖し,粘膜内の印環細胞癌と非腫瘍性粘膜を押し上げていた.固有筋層まで浸潤したH. pylori未感染進行胃癌の報告例は本例を含めて4例とまれであり,今後の症例の集積が必要である.

Abstract

A 62-year-old woman presented to our hospital with a gastric tumor. EGD showed a 2-cm submucosal tumor with central ulceration on the anterior side of the gastric antrum. Signet ring cell carcinoma and poorly differentiated adenocarcinoma (PDA) were detected by endoscopic biopsy; Helicobacter pylori (H. pylori)serum antibody and urease breath test were negative.

Distal gastrectomy was performed with D2 lymph node dissection. Macroscopically, the tumor was 2.0×1.2 cm in size with submucosal tumor-like appearance. Microscopically, signet ring cell carcinoma was present only in the mucosal layer. PDA with high proliferative activity was present with fibrous tissue proliferation mainly in the submucosal layer, and invaded the proper muscular layer. The PDA pushed up the signet ring cell carcinoma and non-neoplastic mucosa. In Japan, only four cases of H. pylori-naive undifferentiated-type gastric cancer invading the proper muscular layer have been reported, including this case. Further accumulation of such cases is required.

Ⅰ 緒  言

Helicobacter pyloriH. pylori)は1994年に世界保健機関(World Health Organization:WHO)により胃癌のcarcinogenとして承認され,H. pylori持続感染による萎縮性胃炎,腸上皮化生が胃癌発生に関連していると考えられている.一方,生活環境および衛生状態の改善や近年のH. pylori除菌治療の普及によりH. pylori感染の低下が目立っており,臨床的にはH. pylori未感染胃あるいは除菌後の胃における癌の診断がより重要になってきている 1)~5

H. pylori未感染胃に生ずる早期胃癌に関しては,報告数が増え一定の見解が得られつつある 1)~5.しかし,H. pylori未感染進行胃癌の頻度は非常に低いためその特徴は未だ明らかにされていない 6),7.今回,H. pylori未感染胃に発生した粘膜下腫瘍(submucosal tumor:SMT)様の特異的な形態を呈し,固有筋層まで浸潤した未分化型進行癌症例を報告する.なお胃癌の病理組織学的所見の記載については「胃癌取扱い規約第15版 8」に従った.

Ⅱ 症  例

患者:62歳女性.

主訴:特になし(胃腫瘍の精査).

現病歴:2018年8月の上部消化管内視鏡(EGD)では何ら異常は指摘されていない.特に自覚症状はなかったが2020年8月に人間ドックのため受診され,EGDで前庭部小彎前壁に径20mm大の中心に小潰瘍を有する粘膜下腫瘍様の隆起性病変が観察された.生検で印環細胞癌(signet ring cell carcinoma:sig)と低分化腺癌(poorly differentiated adenocarcinoma:por)を認めたため精査加療目的で当院に入院した.

既往歴:子宮筋腫手術 22歳.小腸消化管間質腫瘍(Gastrointestinal Stromal Tumor:GIST)手術 60歳.H. pyloriの除菌歴はない.

喫煙歴:なし.

飲酒歴:機会飲酒.

家族歴:特記すべきものなし.

入院時現症:眼瞼結膜の貧血なし,黄疸なし,腹部は平坦・軟で正中に手術瘢痕を認める,圧痛や腫瘤は認めず,表在リンパ節は触知しない.

入院時血液検査所見:血液検査では特記すべき異常なし.腫瘍マーカーはCEA 6.7ng/dLと軽度高値でCA19-9は9.92U/mLと基準値内であった.H. pylori血清抗体は2.0U/mL未満であり尿素呼気試験は1.0‰で陰性であった.

EGD所見:前庭部小彎前壁に,中心に小潰瘍を有し潰瘍部近傍以外の粘膜は背景胃粘膜とほぼ同じ性状を示す隆起性病変を認めた.大きさは2cm程度であり,明瞭なbridging foldを伴いSMT様であった(Figure 1).背景粘膜にはregular arrangement of collecting venules(RAC)が認められた.潰瘍辺縁より生検を施行しsigとporを認めた(Figure 2).2年前の内視鏡画像では前庭部小彎前壁に明らかな腫瘍性病変は認められなかった(Figure 3).

Figure 1 

上部消化管内視鏡画像.

内視鏡白色光画像.

a:前庭部小彎前壁に,中心に小潰瘍を有し潰瘍部近傍以外の粘膜は背景胃粘膜とほぼ同じ性状を示す隆起性病変を認める.

b:Bridging foldが認められ,周囲粘膜にはregular arrangement of collecting venulesが認められる.

狭帯域光(narrow band imaging:NBI)画像.

c:小潰瘍周囲は褐色調を呈しているが.それ以外の部では背景胃粘膜と同様の正常を示している.

Figure 2 

生検組織標本.

粘膜内にsigとporが認められる.生検鉗子による挫滅が加わっているが,両細胞の衝突はなく,混ざりながら移行している.

Figure 3 

2年前の上部消化管内視鏡画像.

前庭部小彎前壁には粘液が付着しているが,明確な腫瘍性病変は認められない.

胸腹部造影CT所見:胃角近傍の胃前庭部に径12mm大の造影効果の増強を認める病変を認めた.近傍のリンパ節腫大は認めなかった.その他に遠隔転移を示唆する所見はなかった.

H. pylori未感染胃より生じたSMT様の形態をした未分化型進行胃癌の診断で手術を施行した.

手術所見:開腹によるD2郭清の幽門側胃切除術を施行した.手術時の肉眼的所見では腹膜播種はなく,漿膜浸潤も認められなかった.腫大したリンパ節や肝転移巣も認められなかった.

切除標本肉眼所見:前庭部小彎前壁に大きさ2.0×1.2cm,中心に小潰瘍を有するSMT様の腫瘤を認めた(Figure 4).

Figure 4 

切除標本肉眼像.

胃角近傍の前庭部小彎前壁に2.0×1.2cm,中央に潰瘍を有しbridging foldを伴うSMT様の腫瘤を認める.

病理組織学的所見:病理組織学的には,腫瘍は粘膜内から固有筋層まで存在したが,粘膜下層で大きな腫瘤を形成していた(Figure 5-a).生検組織標本の所見と同様に潰瘍周囲の粘膜内の表層のみにsigを認めた.粘膜深部から筋層には非充実型低分化腺癌(non-solid type poorly differentiated adenocarcinoma:por2)を認め,粘膜下層では線維増生が著明であった(Figure 5-b).por2>sig,T2(MP),Ly0,V1a,N0でstageⅠBであった.また摘出胃の胃底腺領域,幽門腺領域,幽門から十二指腸に至る全域で,慢性活動性炎症や腸上皮化生は認められなかった.Ki-67染色にてsigでは陽性細胞は認められなかったが,por2ではlabeling index 30%であった.また,ヒト上皮細胞増殖因子受容体2(human epidermal growth factor receptor type2:HER-2)の検討ではScore 0であった.

Figure 5 

病理組織画像.

a:弱拡大像.腫瘍は粘膜内から固有筋層まで存在し,特に粘膜下層で大きな腫瘤を形成している.

b:粘膜下組織内の腫瘍.豊富な線維性間質組織を伴って,por2細胞が疎に浸潤し,粘膜下層の肥厚が著しい.

MUC5AC,MUC6,MUC2,CD10,CDX-2およびHIK1083免疫染色を行って,胃型・腸型形質の検討を行った.sigではびまん性にMUC5ACの陽性像が認められ,MUC6陽性細胞,HIK1083陽性細胞もわずかに認められた.MUC2,CDX-2,CD10は陰性であった.por2では粘液はほとんど存在せず,MUC2,MUC5AC,MUC6,HIK1083にて粘液形質の評価は困難であったが,CDX-2が半数以上の腫瘍細胞に核陽性,CD10は陰性であった.

以上より,本症例は粘膜内にとどまり胃型の分化傾向が見られ増殖能に乏しいsig成分と,線維性間質組織の増生を伴い深部への浸潤傾向が見られ腸型形質への分化が示唆される増殖能の高いpor2成分の大きく2種類の成分で構成された腫瘍と考えられた.両腫瘍間に衝突はなく,sigからpor2へ両細胞は混じりながら移行していた.

術後経過:手術後の経過は良好であり,術後3年を経過した現在,再発の徴候は認められない.

Ⅲ 考  察

H. pylori未感染の明確な定義はいまのところないが,判定基準として①H. pylori感染判定法が陰性(血清抗体を含む2項目以上),②内視鏡観察にて萎縮性変化を認めない,③組織学的に活動性胃炎,萎縮・腸上皮化生・リンパ濾胞を認めない,④除菌の既往がないものをH. pylori未感染と提起し,その背景胃粘膜より発生する胃癌をH. pylori未感染胃癌と定義しているものが多い 1)~4.自験例では,H. pylori血清抗体および尿素呼気試験陰性,内視鏡的に萎縮性変化を認めず,摘出胃の病理学的検索で胃炎および腸上皮化生を認めず,除菌歴がないことから上記の定義を満たしH. pylori未感染胃に発生した胃癌であると言える.

H. pylori未感染胃に発生する早期胃癌の特徴に関しては多くの報告がある 1)~5.胃底腺領域に発生する胃底腺型胃癌,ラズベリー型胃癌を含む腺窩上皮型胃癌,胃底腺と幽門腺の境界部に見られる印環細胞癌などが代表的なものである.印環細胞癌のみが未分化型の癌であり,平坦あるいはわずかに陥凹し白色・褪色調を呈する.自験例は胃角近傍の前庭部に存在し固有筋層まで浸潤した未分化型進行癌であるため,この部分に発生したsigから発育してきたものと考え得る.しかし,2年前の内視鏡検査は胃角近傍の前庭部に粘液が付着しているため平坦・褪色調のsigがあった可能性は否定できないが,同部に明確な病変は指摘できない.H. pylori未感染胃のsigは基本的に増殖能が低く印環細胞癌のままで進行癌へと進行していくことは極めてまれと考えられている 9)~11.吉村ら 10はsigが浸潤能を獲得する過程でporに形態が変化すると考えており,藤崎ら 7H. pylori未感染胃の進行胃癌の組織型はpor2>sigが多いことよりpor成分を有するsigの早期癌が進行癌に発展する可能性があることを推測している.自験例は粘膜内のごくわずかな範囲に細胞増殖能に乏しいsigを認め,粘膜下層から筋層には細胞増殖能の高いpor2を認めた.この組織像は,H. pylori未感染胃の未分化型進行癌はpor成分を有するsigの早期胃癌から発展してくるという仮説を肯定するものであり,また高い増殖能を有する腫瘍であることを示していると考える.

H. pylori未感染胃における早期胃癌症例と比較して進行胃癌の報告は未だ少ない.吉田ら 6H. pylori未感染進行胃癌に相当し,個々の症例の臨床病理学的所見が記載された27例の検討を行っている.吉田らの報告と同様に医学中央雑誌で会議録を除き“H. pylori未感染”と“進行胃癌”,“H. pylori陰性”と“進行胃癌”をキーワードに検索したところ,2020~2023年9月までに新たに26例が報告されており 7),12)~16,吉田らの27例に併せて計53例となった.この53例のうち,本検討では①1種類以上のH. pylori感染判定法が行われており陰性,②内視鏡観察にて萎縮性変化を認めない.あるいは,組織学的に活動性胃炎,萎縮・腸上皮化生・リンパ濾胞を認めない.③除菌の既往がないもの,④下部食道噴門癌を除く.の条件を満たす症例をH. pylori未感染胃癌と判定した.53例中,条件を満たした33例をTable 1に示す.深達度ではSS以深の症例が多く,粘液形質は胃型または混合型であり腸型の報告例はなかった.詳細な所見の記載が見られた症例を分化型,未分化型に分けてTable 1に記載した.H. pylori未感染進行胃癌は未分化型癌の報告例が多かった.占拠部位としては分化型症例ではL領域の報告例はなかった.未分化型症例では占拠部位としてL領域が多かったが,U領域の症例が2例認められた.症例数が少ないが,U領域に未分化型進行癌が見られたことから,未分化型早期胃癌はML領域発生が優勢だがU領域にも生じることを示唆している.このことを念頭において未感染胃粘膜U領域の内視鏡観察が必要と考えられる.

Table 1 

H. pylori未感染進行胃癌の臨床病理学的所見.

進行胃癌の中でもより早期の段階である深達度MP症例の特徴は早期癌から進行癌への発育過程を推測するのに有用と考えられる.H. pylori未感染進行胃癌33例のうち深達度がMPであった症例は3例のみであり,この3例に自験例を加えた4例をTable 2 6),16),17に示す.症例数が少ないためMP症例の特徴に言及するまでには至らないが,大きさはすべて2cm以下で肉眼型は5型が多く,組織型は全例未分化型であった.自験例は粘膜下腫瘍様を呈したが,5型を呈した他の2例の肉眼型は1例が顆粒・平板状隆起でもう1例は詳細不明であった.

Table 2 

自験例を含めた深達度MP症例.

SMT様の形態を示す胃癌として,赤松らは 181.粘膜下浸潤主体の胃癌,2.リンパ球浸潤癌,3.粘液癌,4.異所性胃腺由来の胃癌,5.神経内分泌腫瘍,6.胃底腺型胃癌,7.粘膜下浸潤を伴う低異型度高分化型腺癌,8.異所性膵組織由来の胃癌,9.その他に分類しており,自験例は1の粘膜下浸潤主体の胃癌に相当すると考えられる.増殖能の高いpor2成分で構成された腫瘍が粘膜深層から粘膜下層および筋層で線維性間質組織の増生を伴いながら増殖したため,増殖能の乏しいsig成分と非腫瘍性粘膜が上方へ押し上げられSMT様の病変になったと考えられた.H. pylori未感染進行胃癌の肉眼的特徴について,吉田ら 6は腫瘍が水平方向に広く粘膜下浸潤し,明確な周堤形成の乏しいSMT様隆起を伴う3型ないし5型進行胃癌の形態を呈する症例が多かったと報告し,原ら 16もSMT様の様相を呈することが多いと報告している.自験例もこのような形態を呈したことより,H. pylori未感染胃から発生する未分化型進行胃癌はSMT様の形態を呈する可能性が高いと考える.しかし,藤崎ら 7の報告ではSMT様隆起を呈した病変は11例中1例のみであった.H. pylori未感染進行胃癌の報告例は少なく,その多くは漿膜まで達した進行症例である.今後,本例のごとくMP症例が蓄積されることによりH. pylori未感染進行胃癌の形態的特徴がより明確になることが期待される.

Ⅳ 結  語

SMT様の特異的な形態を呈し,固有筋層まで浸潤したH. pylori未感染未分化型進行胃癌の症例を報告した.H. pylori未感染胃に発生した進行癌症例は未だ少数であり,今後の検討が必要である.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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