日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
直腸癌に類似した形態を呈し保存的治療が奏効した直腸粘膜脱症候群の1例
碓井 麻美太田 義人深山 正久
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2025 年 67 巻 6 号 p. 1180-1184

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要旨

症例は68歳,男性.排便時出血を主訴に当院を受診した.残便感のため排便時間が長く,肛門脱出の自覚症状もあった.CSの直腸内反転像では歯状線に接して発赤した3/4周性の隆起性病変を認め,2型直腸癌が疑われる形状であった.病理組織学的検索では上皮細胞の異型は軽度であり,粘膜固有層の平滑筋線維と膠原線維の増生が確認された.以上の所見より粘膜脱症候群(mucosal prolapse syndrome:MPS)と診断し,排便時間の短縮を指導し経過観察の方針とした.3カ月後と6カ月後のCSでは病変の縮小傾向を認め,1年後には発赤は消退して病変も目立たなくなった.

今回われわれは直腸癌に類似した形態を呈し保存的治療により著明な改善を認めたMPSの1例を経験したので報告する.

Abstract

A 68-year-old man presented to our hospital with a history of anal prolapse and bloody stool. The patient reported a habit of straining during defecation. CS revealed a rectal mass at the dentate line occupying three quarters of the circumference, suggesting rectal malignancy. However, histological evaluation of the biopsy specimen showed mild mucosal atypia with fibromuscular obliteration, leading to the diagnosis of mucosal prolapse syndrome. The patient was advised to avoid straining, and follow-up colonoscopies performed at three months, six months, and one year showed that the lesion had decreased in size. Here, we describe a case of mucosal prolapse syndrome mimicking rectal cancer that was treated conservatively.

Ⅰ 緒  言

直腸粘膜脱症候群(mucosal prolapse syndrome:MPS)は直腸粘膜の一部が逸脱を繰り返し,慢性的な機械刺激を受けることで粘膜表面に隆起性変化や潰瘍形成を来す良性疾患である.今回われわれは直腸癌に類似した形態を呈し排便習慣の是正などの保存的治療により著明な改善を認めたMPSの1例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:68歳男性.

主訴:排便時出血.

現病歴:元々排便時にいきむ習慣があった.肛門脱出の自覚症状もあり,残便感のため便座に15分程度座る習慣があった.数カ月続く排便時出血と痛みを主訴に当院を受診した.

既往歴,家族歴:特記すべきことなし.

初診時現症:直腸診では軟らかく肥大した粘膜を触知するが硬結や直腸内腫瘤は認めなかった.

血液生化学所見:腫瘍マーカーはCEA 3.0ng/ml,CA19-9 4.2U/mlと正常範囲内であった.

胸腹部造影CT検査,骨盤MRI検査では直腸に明らかな病変を指摘できなかった.

注腸X線所見:下部直腸後壁に境界明瞭で立ち上がりが比較的急峻な隆起性病変を認めた(Figure 1).潰瘍性病変ははっきりせず,送脱気による伸展は良好であった.

Figure 1 

注腸X線所見.

下部直腸後壁に隆起性病変を認めた.

大腸内視鏡検査(CS)所見:直腸内反転観察で直腸後壁,歯状線に接して隆起性病変が3/4周にわたって確認された.白苔の付着を伴う発赤調の隆起の一部が潰瘍のように陥凹しており,2型直腸癌を疑う形状であった.立ち上がりは明瞭で隆起性病変の周囲には白斑は認めなかった.鉗子での圧迫による変形は良好であったが,念のため隆起性病変より2カ所組織生検を施行した(Figure 2-a~c).

Figure 2 

CS所見.

a,b,c:直腸内反転観察で歯状線に接して3/4周性の隆起性病変を認め,2型直腸癌が疑われる形状であった.

d,e,  f :3カ月後(d),6カ月後(e),1年後(f)のCSで病変は徐々に縮小していった.

病理組織所見:Hematoxylin Eosin(HE)染色にて腺管は乳頭状を呈し,軽度異型上皮細胞に線維化間質を伴っていた.免疫組織化学染色にて粘膜固有層間質ではdesmin陽性の平滑筋が索状に増生していた.悪性所見は認められなかった(Figure 3).病理組織結果を確認した1週間後に更に2カ所組織生検を行い,同様の所見であった.

Figure 3 

病理組織所見.

a:HE染色にて軽度異型上皮細胞に線維化間質を伴っていた(HE×200).

b:免疫組織化学染色にてdesmin陽性の平滑筋が索状に増生していた(desmin×200).

排便時の習慣と病理組織所見よりMPSと診断し,排便時間を短縮して排便時のいきみを改善するよう指導を行い,経過観察の方針とした.ただし悪性腫瘍の合併を完全に否定することは難しいため,厳重に内視鏡検査を行うこと,経過中に悪性腫瘍を疑う所見が出現した場合には切除する可能性についても説明した.初診時から3カ月後に大腸内視鏡検査を再度実施したところ,病変の縮小傾向を認めた(Figure 2-d).この生検の病理組織所見もMPSと一致していた.問診で確認したところ,排便時のいきみはなくなっていたが肛門の脱出は縮小してもまだ残っており,それが原因と思われる残便感のために便座に座る時間は10分程度と長いままであった.排便習慣の更なる改善を指導して経過観察を継続した.

6カ月目のCSでは隆起は更に縮小しており,1年後のCSでは病変は周囲とほぼ同色調となり,目立たなくなった(Figure 2-e,f).

Ⅲ 考  察

MPSという疾患概念は,1983年にdu Boulayらが,それまでに報告されていた孤立性直腸潰瘍症候群(solitary ulcer syndrome of the rectum)や深在囊胞性大腸炎(localized colitis cystica profunda)などの疾患が,直腸粘膜脱による慢性刺激の結果として発生する病態であると考え,これらをまとめて直腸粘膜脱症候群と総称した 1.機能障害に形態学的変化を伴った症候群であり,病理組織学的には粘膜固有層の平滑筋線維と膠原線維の増生(線維筋症)を認める.

本症は比較的稀な疾患とされている 2.20から30歳代の若年男性に多いとされ,排便時出血,粘液排出,テネスムス,肛門痛,肛門脱出などを主な症状とする 3),4.過度のいきみを伴った排便,便秘,自己摘便などの排便異常の既往を持つ者に発生することが多く,直腸粘膜への慢性的な機械的刺激や虚血状態が要因となり潰瘍や隆起性病変が発生すると考えられている 5.本症例でも排便時のいきみと長時間便座に座っていたことが原因となり発症したものと思われる.

MPSの診断は内視鏡所見で潰瘍や隆起性病変が認められ,病理組織学的に線維筋症を証明することが必要である.臨床所見や内視鏡所見が多彩であることから,炎症性腸疾患,虚血性大腸炎,直腸癌などの他疾患との鑑別を要する.患者の多くは当初MPSと診断されず,潰瘍型MPSの12.5%が直腸癌として治療を受けたとの報告もある 6.MPSであるはずの症例が直腸癌と診断され,とくに肛門縁に近接した病変の場合には人工肛門造設となる可能性もあり診断には注意を要する.腫瘍性病変との鑑別に難渋したMPS症例の報告が散見される 7),8.本症例では内視鏡学的には直腸癌が疑われたが,排便時の習慣と複数回の病理組織所見よりMPSと診断した.悪性腫瘍が含まれる可能性について十分に説明したうえで病変がほぼ消失するまで内視鏡検査での経過観察を継続した.

大腸内視鏡検査では潰瘍型,平坦型,隆起型といった多彩な肉眼型を呈するが,確立された内視鏡診断基準が存在しない.Narrow band imaging拡大観察や色素散布観察が質的診断の補助となりえるとの報告もあるが 7),8,まずは白色光観察での所見よりMPSを鑑別に挙げ,病理組織診断を行うことが肝要である.MPSは肛門近傍の病変であるため排便後も便意が残りトイレにこもる時間が長くなる傾向がある.問診では長い排便時間や排便時のいきみなどの排便習慣の異常を聴取することが重要となる.

肛門近傍の隆起性病変は病変自体が原因となって排便後も便意が消えずにいきむことにより病変を増悪させるという悪循環に陥るため,治療は生活指導による排便習慣の改善が第一選択である.具体的な指導方法としては便座に座る時間を短くして排便時のいきみを控えるように説明する.このような指導に加え高繊維食摂取で保存的治療を施行したところ7割以上で症状が消失したとの報告もある 9.本症例でも便座に座る時間の短縮を徹底させることにより病変がほぼ消失した.保存的治療による治療は時間がかかり,治癒まで年単位の期間を要するとの報告もある 4),9.医学中央雑誌(1983から2023年,会議録を除く)にて直腸粘膜脱症候群と診断されて治療方法が明記されていた本邦の報告は47例であった.直腸脱を合併した2例を除き,これに自験例を加えた46例で治療方法について検討したところ(Table 1),20例は保存的治療が行われ治癒を確認するまでに1から81カ月(中央値11.5カ月)要していた.保存的治療に抵抗性の6例の半数は経過観察中に癌の合併が認められた報告であり 10)~12,一度MPSと診断した後も癌の合併に注意しながら経過を観察する必要がある.確定診断を得る目的で最初から病変の全切除をすることもあり,最近はとくに隆起型MPSに対する内視鏡的粘膜下層剝離術の有用性が報告されている 13)~15.しかし,排便習慣を是正せず,切除した際の再発例が報告もされている 16)~18ので,排便習慣指導という基本的な治療は重要と考える.

Table 1 

直腸粘膜脱治療本邦報告例(46例).

Ⅳ 結  語

今回,排便習慣の是正などの保存的治療により著明な改善を認めたMPSの1例を経験した.MPSの治療として保存的治療,とくに排便習慣の指導の有用性が示されたので報告する.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

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