2010 年 137 巻 p. 17-40
本稿では,バングラデシュ人民共和国・チッタゴン丘陵ではなされるチャック語(チベット・ビルマ語派ルイ語群)において「いく」を意味する動詞laŋと,「くる」を意味する動詞vaiŋについて,語構成を分析した。その結果,共時的にも通時的にも,「いく」laŋはla + -aŋ,「くる」vaiŋはva + -aiŋと分析できることがわかった。laは動詞としては「とる」,助動詞としては「いく」という意味であり,-aŋは本来的には去辞につうじると推定される助動詞である。vaは「くる」という意味の助動詞としてのみもちいられ,-aiŋは来辞を意味する助動詞である。 チャック語において移動にかかわる代表的な助動詞である-a(去辞),-aiŋ(来辞),そして-aŋは,チベット・ビルマ諸語において人称をしめす接辞である*a(三人称),*n(二人称),*ŋ(一人称)と,それぞれ関係している可能性がある。そうであるとすれば,人称標示が移動表現のなかに残存する言語として,チャック語を位置づけることができる。