中期朝鮮語資料に記録され,現代韓国朝鮮語においても使用されている漢字音の多くは,中国語中古音よりもたらされたものと考えられている。また,現代韓国朝鮮語のうち弁別的なアクセント対立を有する諸方言においては,漢字形態素に現れる音調パターンが,今なお中国語中古音の声調とある程度規則的に対応していることが知られている。本稿では,韓国語慶尚南道方言の漢字語アクセントの音韻論的性質について,固有語アクセント及び中期朝鮮語アクセントと比較しつつ,検討を行う。慶尚南道方言の漢字語名詞は,固有語単純名詞と同じアクセント対立を示すが,各アクセントクラスの異なり頻度に違いが見られ,それが両者の異なるデフォルトアクセントクラスを引き起こしている。また,中期朝鮮語と慶尚南道方言の漢字語においては,分節音のタイプ(頭子音・末子音)とアクセントクラスとの間に相関性があり,そのうちいくつかは慶尚南道方言において独自に生じたものである。全体として,慶尚南道方言の漢字語は原則的に,歴史的に見て期待されるアクセントクラスで現れるが,(1)デフォルトアクセントに多くの語を引き寄せる,単純な異なり頻度の影響,(2)単独形(後続の助詞等を伴わない形)におけるアクセント対立の中和による,アクセント情報の曖昧化,(3)漢字語において高い異なり頻度で観察される,分節音-音調の相関パターンに基づく局所的一般化,(4)音声学的に自然な分節音と音調との結合,の四つの要因により,しばしば類推的に再構築されている。