2016 年 150 巻 p. 1-31
本稿では鹿児島県甑島方言のアクセントについて,その特徴と多様性を論じる。甑島は鹿児島県の西40キロの東シナ海に浮かぶ孤島であり,その方言は母語話者が推定で約3000人しかいない危機方言である。鹿児島方言や長崎方言と同じ二型アクセント体系を有しているが,これらの姉妹方言とは異なる特徴がいくつも観察される。たとえば鹿児島方言とは違い,モーラを数える体系であり,また一つの語に複数のアクセントの山(重起伏)を持つ。甑島方言のアクセントはさらに地域差が大きいという特徴を有しており,音節の役割や重起伏の形,文レベルにおける高音調削除規則などの点において多様な体系を有している。本稿では鹿児島方言や東京方言と比較しながら,この方言の特徴と多様性,そして一般言語学的意義を考察する。