言語研究
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論文
印欧語における語幹形成母音を持つ動詞現在形の起源
吉田 和彦
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2022 年 162 巻 p. 119-144

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抄録

アナトリア諸語においては,語幹形成母音*-eo-を持つ動詞(thematic verbs)は実質的に記録されていない。しかしながら,一般に*-e/o-で終わると考えられている印欧祖語の接尾辞*-i̯e/o-および*-sk̑e/o-を持つ動詞は数多くみられる。このふたつの接尾辞は動詞現在形語幹を形成するために用いられていた。アナトリア祖語の時期において能動態の動詞パラダイムに語幹形成母音*-o-が再建されることを示す根拠はない。そして接尾辞の母音が一貫して*-e-である(*-i̯e-および*-sk̑e-)のは印欧祖語に遡る特徴であることが実証される。アナトリア語派以外の言語においてみられる,パラダイム内部で交替する語幹形成母音*-e-~*-o-の起源は,語根にアクセントのある接尾辞*´-i̯e/o-を持つ現在形にあると考えられる。アナトリア語派が印欧祖語から離脱した後,なお一体性を保っていた他のすべての語派において,アクセントの後の閉音節にある*-e-は*-o-になるという音変化が生じた。その結果,動詞パラダイム内部に*´-i̯e-~*´-i̯o-という交替がもたらされた。さらに語尾直前にある*-e-~*-o-は,現在形動詞語尾を独自に特徴づけるために,語尾の一部として再解釈された結果,この*-e-~*-o-は後に接尾辞を持たない動詞にも広がった。

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© 2022 日本言語学会, 著者
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