2025 年 168 巻 p. 57-76
無声側面摩擦音[ɬ]は,通言語的には比較的希少な言語音とされているが,南部バントゥ諸語には広く観察される。本論文は,5つの南部バントゥ諸語に見られる側面摩擦音の音響特徴について報告する。音声的な長さや強さについては言語間に実質的な差がない一方,4種類のスペクトルモーメント分析の結果,スワティ語は他の4言語に比べ加重平均は有意に高く,歪度は低いという結果が得られた。そのうえで,系統的にも地理的にも近縁なスワティ語と南ンデベレ語に焦点を当ててさらに詳細な分析を行ったところ,両言語の調音様式の違いはそれぞれの言語の音韻体系における摩擦音の位置付けの差異によるものであることが示唆された。すなわち,硬口蓋摩擦音を欠く南ンデベレ語においては側面摩擦音の調音の際により広い調音空間が許容されるのに対し,スワティ語の場合は硬口蓋摩擦音の存在が側面摩擦音の調音のための空間を制限していると見られる。