日本地球化学会年会要旨集
2010年度日本地球化学会第57回年会講演要旨集
セッションID: 1C01 06-01
会議情報
地球化学と生理学の融合:生体プロセスの研究から地球化学へ
アミノ酸窒素同位体比に基づく海洋生態系の食物網構造の解析
*土屋 正史力石 嘉人大河内 直彦高野 淑識小川 奈々子藤倉 克則吉田 尊雄喜多村 稔リンジー ドゥーガル藤原 義弘野牧 秀隆豊福 高志山本 啓之丸山 正和田 英太郎
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抄録
海洋生態系は,様々な生物群集からなる構成されており,複雑な被食―捕食の生物間相互作用の上に成立しているため,その構造を明らかにすることは難しい。現在の海洋生態系は,様々な環境変遷を経てきた生物群集から構成されており,このような生物間の相互作用や進化を通して,現在の海洋生態系が形成されている。海洋生態系の構造を明らかにすることは,環境変化に対する生物の応答様式や温暖化に伴う海洋生態系の構造の変化の追跡,あるいは多様性の維持機構を明らかにする上でも非常に重要である。
アミノ酸の窒素同位体比に基づく栄養段階の推定法は,複雑な生態系の栄養段階を明瞭に示すことができる重要なツールである。この手法は,海洋研究開発機構で開発された新たなツールであり,栄養段階に伴い食物連鎖の上位の生物ほど15Nの濃縮が見られるアミノ酸(グルタミン酸など)と,栄養段階によらずほぼ一定の窒素同位体比を持つアミノ酸(フェニルアラニンなど)を用いることで,生物の栄養段階を正確に求めることを基盤技術としている。アミノ酸の窒素同位体比の変化は,生物個体内の代謝による同位体分別の影響により,栄養段階の上昇が生じるという生物の生理学的特性に起因しているため,同位体分別の背景を理解した上で栄養段階を推定できることに大きな利点がある。
われわれは,アミノ酸の窒素同位体比分析技術を用いて,海洋生態系のダイナミクスと生態系を構成する海洋生物の進化や共生現象を介した環境への適応様式を理解し,資源などのエネルギーが表層から底層への梯子を段階的に連鎖する「梯子モデル」が,どのように成立しているのかを検証する。具体的には,1)海洋生態系の構造を明らかにすること,2)海洋生物の共生系の仕組みを明らかにすることであり,前者では,被食―捕食の関係から食物網構造を明らかにするとともに,生態・生化学・進化生態学的な解析をあわせることで,海洋生態系の構造と役割,進化を明らかにする。後者では,遺伝子からその代謝機能を推定するとともに,共生系内での物質の流れを安定同位体から明らかにし,宿主あるいは共生生物の依存度を明らかにし,共生を介した生態や進化を理解することを目指している。 これまでに,海洋の化学合成生態系や光合成生態系などを構成する真核生物の栄養段階を推定するとともに,共生細菌などの共生生物と宿主との関係を窒素同位体比と遺伝子から得られた代謝機能との関係を推測した。相模湾の底層生態系では,甲殻類などが光合成生態系由来の生物に依存する生物を捕食するとともに,化学合成生態系に依存する生物を捕食する。このように底層生物は複数の生態系に依存した栄養摂取形態を持つと考えられ,各アミノ酸の窒素同位体比は,利用する資源の由来を推測できる可能性がある。また,冷湧水系の化学合成生態系では,海底下からの湧水に依存するため軽い窒素同位体比を持つのに対して,光合成生態系では重い値を示す。アミノ酸窒素同位体比は,各生態系における栄養段階を理解するだけではなく,光合成生物の化学合成系依存の割合を理解することもできる。発表では,相模湾を中心とする海洋生物のアミノ酸窒素同位体の結果とそれを基にした栄養段階について紹介する。
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© 2010 日本地球化学会
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