<はじめに>
カンブリア紀は生命の歴史において非常に重要な時代である。この時代、現在見られる動物門の殆どが出現した事が知られている。しかし、このような急激とも思える生物の進化が何によって引き起こされたかは、未だに議論が続いている。この時代について中国やオーストラリアなどで地質学的、地球化学的研究は行われているが、有機地球化学的な解析はまだ殆ど行われていない。
<手法>
今回私は、南中国雲南省昆明市梅樹村セクションの先カンブリア時代とカンブリア紀の境界(以下PC/C境界)近傍の海洋堆積物サンプルを用いて有機分析(主にバイオマーカー分析)を行い、この時代の環境変動の解析を行った。
岩相:プレカンブリア系上部は主としてドロマイト、カンブリア系下部はほぼ黒色頁岩
手法:各堆積物100gに対し(サンプルが少ないものについては50g)、ソックスレー抽出により有機溶媒に可溶なビチュメンを抽出し、シリカゲルクロマトグラフィで分画を行う。このうち、炭化水素画分と芳香族画分をGC/MSにより分析した。
<結果・考察>
PC/C境界下部のドロマイト層では、原核生物由来のホパン類が割合的に多く見い出されるのに対し、境界より上の層準では真核生物由来のバイオマーカーであるステラン類がより多くみられるようになる。これらの逆転の時期はちょうどPC/C境界直後であり、数回の逆転を経て、ステランが優勢の時代へと移行していく。これらの有機物の存在は、当時のバイオマスの推定に役立つため、PC/C境界における、カンブリア爆発へとつながる生態バランスの変動を復元できるかもしれない。
また、この時期の海洋環境について、酸化還元指標であるプリスタン・ファイタン比、アリルイソプレノイド、そしてジベンゾチオフェン類を同定し、解析を行った。アリルイソプレノイドは絶対嫌気環境下でのみ生育する緑色硫黄細菌固有のバイオマーカーで、海洋有光域の還元指標となる。また、ジベンゾチオフェンは堆積場の還元環境を示唆する。
その結果、アリルイソプレノイドでPC/C境界近傍で通常より2桁以上大きなピークを示し、短期間に増減を繰り返した後に黒色頁岩中で低い値へと戻る様子が見られた。これはカンブリア系下部の黒色頁岩中で還元環境を示す指標が得られたという先行研究の結果を支持せず、今後の考察が課題となる。この間隔の狭いピークは、ステラン/ホパン比の変動時期とタイミングが一致し、その変動が逆相関を示すことより、海洋の還元環境とホパン・ステランの増減には密接な関係があると考えられる。
今後はより高解像度のデータを用い、詳細な環境変動を検討していく。
抄録全体を表示