抄録
長崎県西海市七釜地域の二つの石灰洞から採取した石筍を用いて植生に関する情報を読み取るとともに、古文書や古絵図とのクロスチェックを行いながら、土地利用の変遷を復元した。龍王洞の石筍の硫酸イオン濃度は、江戸期にも増減したあと明治維新以降の19世紀末から増加し始め、現代に近づくほど急激に増加した。龍王洞周辺は七釜砂岩層とそれを覆う釜敷山凝灰岩層との地質境界に近い。釜敷山凝灰岩層は海成層であり、酸素分圧の増加がともなうイベント(森林開発、畑地化、道路工事)によりpyriteが酸化されて滴下水に混入した可能性が高い。1500年以前と1700年では清水洞石筍の炭素安定同位体比が大きく変化しており、草原植生に変化したことが示唆された。この変化と同時に地表のバイオマスの減少を表すmMg/mCaの増加が見られたため、この時期に森林が草原に変化した可能性が高い。耕作地確保とともに刈敷や薪炭の確保のため森林の開発が進んだものと考えられる。