日本地球化学会年会要旨集
2016年度日本地球化学会第63回年会講演要旨集
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G07 宇宙化学・惑星化学
マルチターン飛行時間型質量分析計で拓くオンサイトマススペクトロメトリー
*豊田 岐聡
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p. 86-

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抄録

大阪大学理学研究科質量分析グループでは,小型でありながら高分解能を達成できるマルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)の開発を,彗星探査ロゼッタミッションの彗星着陸船に搭載する質量分析計の開発を依頼されたことをきっかけに行った. 一般的に,質量分析装置は,装置の大きさと性能(分解能)には相関があり,小型装置では質量分解能は,100~1000程度が限界とされていた.特に,飛行時間型質量分析計は,イオンの飛行距離と分解能が比例し,小型装置で高分解能を得ることは難しいとされていた.豊田らは,扇形電場で構成される同一飛行空間を多重周回(マルチターン)させることで,長い飛行距離を稼ぎ,小型でありながら非常に高い質量分解能を達成できるマルチターン飛行時間型質量分析計を開発した. マルチターン飛行時間型質量分析計では,以下の2つの条件を満たしていなければならない.第一に,イオンを複数回周回させるためには,イオン軌道が閉じていなければならない.第二に,周回を重ねるごとにイオンビームが発散してイオン透過率が低下したり,イオンが拡がっていくことにより,かえって分解能が低下したりしないように,イオンが周回後に周回前と全く同じ状態で戻ってくる,すなわち空間および飛行時間に関して「完全収束」している必要がある.我々は,対称性を導入し,3種類の完全収束条件を満たすイオン光学計を見出した. 豊田らは,見出したイオン光学系「MULTUM」をもとに,ロゼッタミッションのラボラトリーモでルとして一号機「MULTUMLinearplus」を設計・製作した(図1).分析部の大きさは40cm × 40cmであり,一周の飛行距離は1.28 mである.世界で初めてイオンを多重周回させてスペクトルを取得することに成功し,分解能は周回数に比例して向上し,またイオンの透過率は一周当たり99%以上であることを実証した.500周回後(飛行距離640m)には,飛行時間型としては世界最高分解能である35万を達成した(図2).一般的な飛行時間型質量分析計の分解能2〜3万を凌駕する分解能を,小型の装置で達成できたことになる. 続いて,二号機として,Qレンズを用いない完全収束条件を満足するイオン光学系「MULTUMII」を用いた装置を製作した.諸般の事情によりロゼッタミッションへの搭載が見送られたため,二号機では生体高分子などの測定も行えるように,EI以外のイオン源なども取り付けられるように設計し,同様に高分解能が得られることを示した. その後,MULTUMIIのイオン光学系をもとに,生体高分子の構解析を可能とする高分解能タンでム飛行時型質量分析計「MULTUM-TOF/TOF」や,試料表面での分子の分布を画像化する投影型イメージング質量分析計「MULTUM-IMG」や,MULTUMIIの半分のサイズの小型装置「MULTUM-S」シリーズといった独創的な装置開発を行ってきた. 小型質量分析計シリーズの二号機である「MULTUM-SII」は,電源,制御系,真空ポンプ込みで50cm × 60cm × 30cm,35 kg程度と,携帯も可能なサイズでありながら大型機に匹敵する高分解能を得ることが可能である.電子イオン化(EI)イオン源を有しており,質量分解能は3万以上を達成している.この装置は,その小型・高分解能であるという特徴を活かして,オンサイト(現場)での迅分析に用いてこそ意味があると考えている.例えば,オンサイトでの環境モニタリングや医療診断などは,これまでの質量分析計では成し得なかった分野である(唯一成功しているといえるのが,惑星探査).様々な分野で質量分析装置が用いられているが,実験室に装置が据え付けられ,専門のオペレーターが測定を行うというのが常識である.試料も十分に前処理などを行うのが普通である.一方,オンサイト分析では,質量分析の素人が測定を行ったり,無人で測定を行ったりする.また数分から数十分以内での迅な測定が求められるため,十分な前処理などを行なえズ,夾雑物が多い環境となる.このような夾雑物が多い中での正確な物質の同定のためには高分解能が必須である,しかし,一般的には装置のサイズと分解能は比例するといわれており,近年精力的に開発が行われている様々な小型の可搬型装置は,このような環境下で用いるに十分な性能を有していない.一方,MULTUM-SIIは小型でありながら十分な性能を有しており,オンサイトでの分析で有益な装置となりうると考えている. 本講演では,マルチターン飛行時間型質量分析計の装置概要と,オンサイトマススペクトロメトリーの地球惑星科学分野での将来展望について,土壌から発生するガスのリアルタイムモニタリング,環境汚染物質のモニタリングなどの具体的な例を挙げて述べる.

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