本研究では、深刻化する温暖化・貧酸素化が及ぼす地域的な影響を適切に把握するため、貝殻の化学分析(微量元素・安定同位体比)による水温や溶存酸素濃度などの環境情報を復元する手法の検討や、貝殻の成長解析により環境変動が個体成長に及ぼす影響評価を行った。例年貧酸素水塊が確認されている三重県英虞湾の湾奥部を調査地とし、貧酸素水塊が発生しやすい海底付近としにくい2m層においてアコヤガイの垂下実験を実施した。英虞湾湾奥部では夏季に貧酸素水塊が度々発生しており、特に9月は海底面付近でDOがおよそ2 mg/l前後と、環境省の環境基準値(環境保全)にまで低下した時期が3週間程度連続した。アコヤガイ殻の炭素・酸素同位体比分析の結果、貧酸素水塊の影響がほとんどない、表層から2mに垂下した個体は、垂下期間の時系列の温度履歴を貝殻の酸素同位体比に記録していることが分かった。一方、海底付近に垂下した個体は酸素同位体比が低い時期(夏季の高温期)の履歴をあまり記録していなかった。夏季の殻成長量の低下や停滞は、貧酸素の頻発が影響していた可能性が考えられる。また、定期採水の結果、海水の溶存マンガン(Mn)濃度は海水の溶存酸素濃度と負の相関がみられた。また、海底付近に垂下した個体の殻をLA-ICPMSで分析した結果、夏季にMn濃度の上昇がみられた。このような結果から、貧酸素下で堆積物から溶出したMnが貝殻に取り込まれたことが示唆され、貝殻のMnは貧酸素の指標として期待される。