日本地質学会学術大会講演要旨
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第130年学術大会(2023京都)
セッションID: T10-O-8
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T10.文化地質学
国産建築石材の原石調査とカタログ作成
*乾 睦子西本 昌司梅村 綾子中澤 努
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抄録

明治維新後の日本において盛んに建てられた西洋式の建築物に使われた石材の中には,国内で採掘されていたものも多いことはあまり知られていない。実際には明治時代後半から昭和中期にかけて国内で数多くの採石場が開発され産業的に採掘・出荷されていた。全国で石材資源の探索・開発を進める契機になったとされているのは,1936(昭和11)年に完成した国会議事堂の建設工事がすべて国産材を用いる方針を取ったことである(大蔵省営繕管財局編纂,1938)。しかし,今ではそのほとんどが閉山し石材が入手不可能となっているために忘れられている。これらの国産石材が実際にはどのような石材で,どのように建築物に使用されたのかは,日本の地質資源がどのように近代日本の社会基盤形成に貢献したかということでもあり,分かる限り記録しておくことが重要であると考えている。石材の出自は建築物の文化財としての評価にも関係する重要な資料でもある。ところが,個々の建物の石材を見ていくと詳しい産地の記録がないことが多く,そのような石材の産地推定は関係者の証言や目視観察に頼るしかなく科学的とは言い難い。さらに,現在既に入手不可能でどのような色・柄だったのかが不明な石材もある。そこで,より科学的な石材産地の同定を可能にするための基礎的なカタログを作成することが本研究の目的である。そのためには産地が正確に分かっている石材を用いて,岩石薄片観察やX線分析顕微鏡観察,ラマン分光分析等を行い石材の見た目の模様と鉱物分布の関係を明らかにすることが第一歩である。  今回,産地と石材名が確実なサンプルを,矢橋大理石株式会社(本社:岐阜県大垣市)が保管している当時の国産石材の原石から入手することができた。矢橋大理石株式会社は明治時代後期から現在まで多くの建築物において石工事を請け負ってきた石材会社であり(長谷川,1986),実際に近代建築物に用いられたものと完全に同等なサンプルであると言える。今回入手した石材は石灰岩(結晶質石灰岩を含む)27種類,蛇紋岩3種類,深成岩5種類の計35石種である。近代建築物に実際に使われた事例が多い石材と,名前は知られているが色柄が不明な石材を主に選定した。これらの石材について板材の研磨サンプルの目視観察を行い,色や柄を確認した。次にそれらの一部について偏光顕微鏡による薄片観察,X線分析顕微鏡観察,ラマン分光分析を行い鉱物記載を進めたのでこれまでに得られた知見を報告する。  国産の白大理石石材としては,白地に暗緑色の筋が入る柄を特徴とするものがいくつか知られており,肉眼での区別が困難であることがある。そのうち「白雲」(岩手県産,今回入手)と「渓流」(高知県産,今回入手)および「水戸寒水」(茨城県産)を上記の手段で観察したところ,暗緑色の筋をつくっている鉱物組成に違いがあることが分かった。多様な有色鉱物(緑泥石,緑泥石,蛇紋石,磁鉄鉱など)を含む薄層を挟んでいることによる筋の他に,炭酸塩鉱物の粒度の違いによって暗色に見えている筋もあった。挟まれている薄層と方解石主体の母岩の部分の境界の明瞭度にも違いが見られた。一方,肉眼では白く見える炭酸塩鉱物層中に含まれるケイ酸塩鉱物の割合も石材によって異なっていることが分かった。これらの観察は,全岩化学組成分析では得られない化学的なばらつきであることから,化学組成の非破壊分析が同定に使える可能性を示している。今後は近代建築物に使われている各石材の岩石学的データを積み上げていくことによって,建築物中の石材をその場で非破壊分析して同定する可能性を探りたいと考えている。  本研究は科学研究費補助金(課題番号22H01674)の助成を受けて実施されている。 〈引用文献〉長谷川 進(1986):『石材 本邦産』133ページ,矢橋大理石株式会社(社内資料)。大蔵省営繕管財局編纂(1938):『帝国議会議事堂建築報告書』710ページ,営繕管財局,東京市。

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