日本老年医学会雑誌
Print ISSN : 0300-9173
痛みの分子医学
その到達点と今後の展望
仙波 恵美子
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2005 年 42 巻 4 号 p. 392-398

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抄録

痛みは,“生体警告系”として我々の身体を傷害や危害から護るためになくてはならないシステムである. しかし, 持続する痛みは, 中枢神経系の可塑的変化を起こして慢性痛に移行し, 日常生活のQOLを著しく低下させる. 特に神経損傷による痛み (神経因性疼痛) は極めて難治性である. 神経系の可塑的変化の基盤となるのは, 受容体とその下流のシグナル伝達系の活性化, 遺伝子発現を介した新たな蛋白合成であるが, 中でもMAP kinase (ERK, p38) の活性化が重要な役割を演じている. MAP kinase の活性化を阻害することによる新たな鎮痛薬の開発が期待される. これまでの疼痛研究は一次知覚伝達系~脊髄後角を中心に進められてきたが, 最近さらに上位の脳の関与が注目されている. これまで, 下行性疼痛抑制系と考えられていた経路が疼痛の増強や慢性痛の維持にも働くことが指摘されている. さらに痛みの中枢回路については, 脳イメージングを用いた研究の進展により多くの知見が得られているが, 特に慢性痛の患者においては前帯状回と島皮質の活性化が見られるのが特徴的である. これらの領域の興奮は, 下行性疼痛調節系を介して痛みを強めることが動物実験により示されていることから, 慢性痛の維持・増強に働くことが示唆される. 上位脳をターゲットにした疼痛治療も今後の課題である. 老齢ラットでは, 痛みに対する感受性が増し, 病的な痛みが慢性化しやすいことが示されているが, これは加齢に伴う末梢および中枢神経系の変化, 中でも下行性抑制系の減弱が原因ではないかと考えられている. 高齢者の痛みの特徴・メカニズムを明らかにすることが, 治療戦略として不可欠である.

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