2023 年 85 巻 3 号 p. 231-273
本稿は,人傷一括払について判示した令和4年最判(最判令和4・3・24民集76巻3号350頁)に関して,理論的な検討を行うものである。令和4年最判(全額控除否定説)の判示内容と異なる全額控除肯定説に立つためには,人傷社が自賠責保険に対して精算請求する法的根拠が16条請求権の請求権代位であるという点を崩さなければならない。そのためには,アマウント範囲内の人傷一括払においても,自賠責支払額相当部分は人傷保険金として支払われたわけではないということを,①人傷保険の約款解釈として導くか,②人傷社と被害者との間で約款規定とは異なる処理をする旨の合意をしたと見ることにより導くかのいずれかのルートが考えられる。この2つのルートの是非について検討を行う。その結果,いずれのルートもうまくいかず,全額控除否定説を支持すべきことを示す。その上で,人傷一括払が今後たどる可能性のある方向性を4つ挙げて,それぞれ若干の検討を加える。