本稿は明治初期に英国から導入された水準測量について導入過程を述べ,現地で水準点の残存調査を行い,さらに英国の水準点の実態調査により,形状の差異を確認したものである.当時の水準点は日本では内務省により設置され「几号高低標」と呼ばれ,主として構築物の垂直面に「不」の文字の形が刻されたものであった.これらの几号高低標は一部残存しており,東京,東北地方をはじめ154ヵ所で確認することができた.そのうち東京中心部を例にとると43ヵ所が残存しているが,もとは166ヵ所の設置が推定され,残存状況がよくない.一方,几号高低標と同等の英国測量局のカットマークと呼ばれる水準点については約50ヵ所の調査を行ったが,日英の形状を比較すると英国の方が多様である.英国は設置数も多く,構築物の残存状況にも大きな差がある.日本の近代化に貢献した測量に用いられた几号高低標の保存は急がれる課題である.