本稿ではアルコール依存症者のライフヒストリーを通じて依存症者の場所の変容を明らかにする.人文地理学の「癒しの景観」研究では,依存症からの回復には安定した場所の確立が重要であるとされてきた.本稿では,場所概念を再検討した上で「癒しの場所」概念を提起する.場所を日常的に繰り返し経験される社会関係の中で変化する出来事ととらえ,それを生成するリズムに着目する.依存症者は当初,飲酒のリズムにおいて「癒しの場所」を得るが,それは規範的な社会生活のリズムとの不一致によって損なわれる.依存症者は回復のための会合である自助グループや,非公式的な集まりにおいて,社会生活のリズムに準拠しながら主体的に社会関係を構築することで「癒しの場所」を生起する.さらに,祈りのような身ぶりの反復から生じる自他の生への肯定からも,場所が生成される.このような「癒しの場所」の創出は,喪失感や恐れを受容する過程を伴うものでもあった.