地理学評論
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阿賀野川中流域の地形発達史
柳田 誠
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1979 年 52 巻 12 号 p. 689-705

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抄録

阿賀野川中流域における河成段丘の区分を行ない,会津盆地西部の河成低地と対比し,峡谷部から盆地部にかけての古地理を復元し,河成段丘の形成要因について考察した.
調査地域の河成段丘は古いものから,西平面・柴崎面・徳沢面・野沢面・坂下面・沼沢面・三津合面・山都面群に区分される.一方,会津盆地西部の河成低地は6面に区分され,それぞれ野沢面・坂下面・沼沢面・三津合面・青木面(山都面群に相当)および現在の氾濫原となる.会津盆地西縁の丘陵は,鮮新世末期~更新世中期初めまで,隆起傾向にあったが,現在のように只見川の河谷と会津盆地とを分離してはいなかった.おそらく,会津盆地西縁の活構造の影響を受けて,この丘陵はさらに隆起を続け,只見川の河谷を分離した.会津盆地西縁の活構造を境として,会津盆地では更新世中期初め以降に,厚さ150~200mの地層が堆積し,峡谷部では段丘群を形成しながら,約100~140mの下刻が行なわれている.このような大きなオーダーの地層の堆積や下刻は,おもに地殻変動に由来すると考えられる.
野沢面形成期には峡谷部・盆地部で共通して堆積作用が卓越した.野沢面の形成は約2.1~2.2万年前に終了し,その後は下刻作用が卓越した.約5,000年前の沼沢火砕流の流下に関連して,沼沢面・三津合面が形成され,その侵食過程で存在した局地的侵食基準面に対応して,何段かの山都面群と青木面が形成された.現在も河川は下刻傾向にある.

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