抄録
同一種類の鉱物結晶であっても、産地や生成条件の違いによって多様な外形(晶相変化)を示すことが知られている。古くからこれらの外形に基づいて結晶の対称性(点群)の決定が行われてきた。一方、結晶の点群を満足する複数個の外形が出現可能である。そのため点群の制約の範囲内で、成長環境の違いに依存して形が異なったり、成長に伴って一つの形から他の形へと変化する。
対称性の制約に加えて、熱力学的平衡時には界面の自由エネルギーを最小にするという熱力学的制約によって、また結晶成長時には法線成長速度の遅い面で囲まれるという幾何学的制約によって結晶の外形が決まる。鉱物の形の大半は成長時に与えられた外形である。したがって、晶相変化を理解するためには、法線成長速度の方位依存性の成長条件による変化の原因を明らかにする必要がある。晶相変化に関する実験的研究は多く行われてきたが、理論的には未解決の問題として残されてきた。
晶相変化の代表的な例は多面体間での変化である。たとえば、等軸晶系に属する結晶の正六面体と正八面体との変化などである。これらの多面体を構成する各面の成長は、らせん転位による成長が支配的な場合が多い。以下では、多面体間の晶相変化の一般的な場合と考えられる、らせん成長機構によって成長する多面体間の晶相変化を取り上げる。
らせん成長機構による法線成長速度の方位依存性の研究例はHartman and Bennema (1980) など少数しかない。彼らは、結晶表面のエネルギー状態が低くなる程、法線成長速度が速くなるという一般的な結果を得た。しかしながら、面方位の変化に対して法線成長速度が単一にしか変化しないという結果であり、晶相変化の説明は出来できないものであった。
結晶成長は母相にある成長単元を結晶(キンク)に取り込む過程である。その過程では並列にある複数の経路を経ることが可能であり、最も速い経路が全体の速度を律する。先に我々は高速輸送経路の存在を提示した(Kitamura and Nishioka, 2000)。この高速輸送経路とは、表面上の各種のサイト間の活性化エネルギーの増加に伴って、直接的にキンクに取り込まれる経路より複数のサイトを経由する経路の方がより速い輸送が可能となるために生じる特殊な経路である。今回、高速輸送経路の観点から、らせん成長する多面体間の晶相変化を明らかにすることを試みた。
理論的解析の結果、全体の活性化エネルギーを増加させると各成長面の法線成長速度が相対的に変化し、多面体間の晶相変化が期待できることが分かった。特に単純立方格子を持つ結晶について、表面上の各サイト間の輸送に伴う活性化エネルギーが当該のサイト間のエネルギー差に比例するという簡単な仮定を置いて法線成長速度の方位依存性を求めた。その結果、過飽和度の上昇、温度の低下、活性化エネルギーを増加させるような成長環境の変化などによって、正六面体から正八面体へと晶相変化することが明らかとなった。