2025 年 45 巻 1 号 p. 1-10
左視床出血に伴い類音的錯読を認めた失語症例を経験した。類音的錯読は,語義失語の特徴として知られており,類音的な誤りに関して本例と語義失語の報告例を比較検討した。症例は75歳,右利き男性。頭部MRIで左視床前方・内側を中心に広がる出血を認め,音読,書字で類音的な誤りがみられた。音読,書字,呼称障害の誤反応を精査した。類音的な誤りは軽度の語の意味理解障害の影響が示唆された。呼称では誤反応に浮動性があり,語頭音ヒントに対する反応が軽度の語義失語に類似していた。
The patient showed phonologically-related paralexia with aphasia caused by left thalamic hemorrhage. Phonologically-related paralexia is a salient feature of word-meaning aphasia (Gogi aphasia);thus, we compared phonologically-related errors in our patient with those of previously reported cases of Gogi-aphasia. The patient was a 75-year-old right-handed man. Head MRI showed hemorrhage mainly involving the anterior and medial parts of the left thalamus. He exhibited phonologically-related errors in reading and writing. We evaluated errors in reading, writing, and naming. Phonologically-related errors may be influenced by mild impairment of semantic word comprehension. He made fluctuating error responses in the naming task, while the initial phoneme cue was effective to some degree, as seen in cases of mild Gogi aphasia.
左視床損傷に伴う言語症状について過去の報告例を渉猟すると,理解障害は軽度であり,発話量の低下や声量低下,喚語の障害や語性錯語に加え,音韻性錯語が目立たないといった特徴が挙げられている(濱中ら 1983,峰松ら 1983,須山ら 1988,Crosson 2013,櫻井 2013,中島 2018)。保続(櫻井 2013)や症状の変動(Mohrら 1975),失語症状が発症早期に回復する(佐野ら 2000)といった点も指摘されている。我々は,左視床出血で失語症を呈し,音読で従来あまり指摘されていない類音的錯読を認めた症例を経験した。類音的錯読は,語義失語の特徴として知られている。音読で認めた類音的な誤りに関して,本例と語義失語の報告例を比較検討した。また,音読以外に書字でみられた類音的な誤りと呼称障害を合わせて精査し,その障害機序について考察した。
男性,75歳,右利き,教育歴12年,元会社員。
【主訴】自発的な訴えはなかったが,問えば「言葉が出にくい」と発話の不全感を述べた。
【既往歴・併存疾患】2型糖尿病。
【現病歴】妻と2人暮らし,ADLは自立していたが,数日前に急に活気が乏しくなり,家族が「ハサミとって」と頼むとみかんをとったり,LINEやメール操作ができなくなるなどの症状が生じ,近医で当院を紹介され受診した。高血圧性脳出血と診断され入院し,入院3日目から言語療法が開始された。
【脳画像所見】頭部MRI(FLAIR)(図1)で左視床前方・内側を中心に上下に広がる不均一な高信号域を認めた。

上段:頭部CT
下段:頭部MRI(FLAIR)で,左視床前方内側を中心に上下に広がる不均一な高信号域を認めた。
【神経学的所見】Japan Coma Scale 1。話しかけや質問にはすべて短く応じたが,反応は遅く会話は間延びし表情変化に乏しかった。脳神経,運動系,反射,感覚系は正常であった。
入院生活で問題行動はなかったが,常に自室にとどまり自ら行動を起こすことはなかった。スケジュールには忠実でリハビリテーションの予定時間にはいつも同じ姿勢でSTの訪問を待ち,ST室まで移動する際に「あっちの部屋に行きますか?」という質問から始まり,「鍵はどこだ? あ,ここだ」と毎回ほぼ同じ言動と行動を認めた。一方でいったん渡されたスケジュールの変更には対応できず,わずかな時間変更にも戸惑った。以上の所見からは発動性の低下や思考の柔軟性欠如,1回決まった行動様式や思考の転換困難,保続などが示唆された。なお,見当識障害や明らかな知的機能低下はなかった。
失行・失認,口舌顔面失行は認めなかったが,失語症を認めた。言語症状については後述する。日常生活で物品使用の障害や人物認知の障害は認めなかった。
【神経心理学的検査】Raven’s Coloured Progressive Matrices(RCPM):29/36,数唱(digit span):順唱6桁,逆唱4桁,Frontal Assessment Battery(FAB):11/18,Trail Making Test日本版(TMT-J):Part-A 59.6秒で正常,Part-B 262秒で異常,Wechsler Adult Intelligence Scale-Ⅳ(WAIS-Ⅳ)(言語理解(VCI)以外の項目を実施):知覚推理(PRI)103,ワーキングメモリー(WMI)94,処理速度(PSI)85(表1)。
RCPM:Raven’s Coloured Progressive Matrices,FAB:Frontal Assessment Battery,TMT-J:Trail Making Test日本版,WAIS-Ⅳ:Wechsler Adult Intelligence Scale - Fourth Edition,SLTA: Standard Language Test of Aphasia,SLTA-ST:Supplementary Tests for Standard Language Test of Aphasia,TLPA:Test of Lexical Processing in Aphasia,SALA失語症検査:Sophia Analysis of Language in Aphasia,改訂版標準読み書きスクリーニング検査:Standardized Test for Assessing the Reading and Writing (Spelling) Attainment of Japanese Children and Adolescents:Accuracy and Fluency (STRAW-R)
なお本例は,当院から回復期リハビリテーション病院に転院し約2ヵ月の入院加療を経て自宅退院となったが,軽度の喚語障害以外の症状は軽快したと報告されている。
【言語所見】標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia:SLTA)プロフィールを(図2)に示す。

1. 理解面 1) 聴覚理解
単語の理解障害を呈したが問診や日常会話の理解はおおむね保持されていた。
問診で「利き手はどちらですか?」の質問に「ききてっていうとなんだろう?」と応じた。SLTAの単語理解では,馬を「うま,うま」と6回反芻し図版を見回して「馬はない」と言い,ヒント呈示後も明確に「ない」とした。口頭命令では,単語の誤りが誤反応の2/3を占め,問題文を正しく復唱していても異なる物品を操作することがあった。失語症語彙検査(Test of Lexical Processing in Aphasia:TLPA)の意味カテゴリー別名詞理解検査は153/200(健常者平均199.40,SD 0.95)と大幅に低下しており語の理解障害を呈していた。
2) 文字理解読解でも単語の理解に困難を示した。SLTAは,漢字単語の理解で9/10,②自動車で図版を1つずつ見て確認した末に「なし」と回答した。書字命令は3/10で,問題文を正しく音読しながらも,①歯ブラシと鉛筆を持ってください,に「歯ブラシってどれだっけ」と言いながら櫛をとる,②鍵をマッチの上に置いてください,に「マッチ,マッチ」と呟きながら鏡の上に置くなど単語の誤りによる段階4(不完全)が5問となった。
2. 表出面 1) 発話構音の障害やプロソディ異常はなかったが,声量低下があった。自ら話しだすことは少なく自発話量は乏しかった。STの質問や話しかけにはすべて応じたが,応答までの間は長くテンポは遅かった。まんがの説明は「風が吹く」を「風がきました」と誤ったが,基本4語をすべて表出し内容の整合性も保持され,自発話よりスムーズであった。会話で錯語は少なかったが,呼称では意味性錯語が多く,次いで保続があり,新造語や記号素性錯語(実在語である2つ以上の記号素が組み合わさって生じる錯語)などもあった。
音読はSLTAに加えSALA失語症検査(Sophia Analysis of Language in Aphasia)および改訂版標準読み書きスクリーニング検査(Standardized Test for Assessing the Reading and Writing (Spelling) Attainment of Japanese Children and Adolescents:Accuracy and Fluency:STRAW-R,宇野 2017)を施行した結果(表1),類音的錯読,意味性錯読,無関連錯読,視覚性錯読,分類困難など,多彩な誤反応を認めた。
復唱は,SLTAで単語・文とも失点なし,WAB失語症検査日本語版(以下,WAB)は9.8/10と良好であった。検査時には反響・反問的な復唱がたびたびみられた。
2) 書字SLTAとWAB,STRAW-Rの小2~5年を施行した。結果は漢字の誤りを多く認め,類音的,意味性,無関連,形態類似性,新造文字,混合性の誤りがあった。
3. 言語症状のまとめ口頭言語の症状をまとめると,発話量は乏しいが構音の障害はなく,音の歪みや連結不良,発語開始困難はみられなかった。復唱能力は保持された。特徴的な所見は,語の理解障害と喚語障害であった。
文字言語の症状をまとめると,読解は単語レベルで低下があり聴覚的理解障害と対応した症状であった。音読は類音的錯読と意味性,無関連,視覚性などの誤りを呈した。書字は,文字想起困難と錯書があり,錯書は類音的錯書,意味性,無関連,形態類似性などがあった。本例で特徴的であった類音的な誤りに注目し,音読,書字,呼称の掘り下げ検査を行った。
SALA失語症検査およびSTRAW-Rと過去の報告(小森 2009など)で使われていた課題から抜粋した熟字訓を用いて,漢字語総数282語,かな(ひらがな・カタカナ)語総数60語の音読を施行した(表2)。漢字語の誤りは28語で全体の9.9%であった。誤反応は表2に詳細を示す。ひらがな語・カタカナ語はすべて正答した。
類音的錯読のなかには,湯気→「ゆき」のように無関連錯読に分類できる回答もあったがイントネーションで語意を判断し分類した。語頭音ヒントの効果は乏しかった。類音的錯読14語を仔細にみると,8語は土足→「どあし」,神社→「かんじゃ」,湯気→「ゆき」のように構成文字の一部は正しく音読できていた。構成文字すべて誤った単語が6語で,今朝→「こんちょう」,火傷→「かしょ」,麦酒→「むぎしゅ」等であった。構成字に存在しない音価で読み誤ることはなかった。
誤って音読した際に自ら気づき修正することはほとんどなく不全感を示すことは少なかった。これは後述する呼称での誤反応時の不全感とは対照的であった。また,STが指摘し修正を求めた際も正答できる語は少なかった。
2. 書字SLTA,WAB,STRAW-R(小2~5年)の書字を用いた。結果を表1に,錯書内容を図3に示す。全97語の漢字単語のうち33語(34%)に,全34語のひらがな語のうち5語(15%)に誤りを認めた。検査数に差はあるが,漢字優位に失書がみられた。

施行検査:SLTA・WAB・読み書きスクリーニング小2~5
漢字の錯書は,指→「旨」,灰皿→「灰血」など形態類似性錯書(19%),雨→「雪」,海→「湖」など意味性錯書(15%),算数→「三数」,兄弟→「教代」といった類音的錯書(15%)があった。他にも新造文字(18%)や混合性錯書(9%)の誤反応を認めた。運筆の障害はなく,文字形態の乱れや空間配置の誤りは目立たなかった。
類音的錯書の内容を仔細にみると,3語は,「三数(算数)」「平動(平等)」「理化(理科)」のように構成文字の一部は正しく書けていた。構成文字すべて誤ったのが「教代(兄弟)」,「野戸(宿)」の2語であった。
3. 呼称SLTAと標準失語症検査補助テスト(Supplementary Tests for Standard Language Test of Aphasia:SLTA-ST),およびTLPAからカテゴリー別名詞呼称検査の前半100語の合計200語で調べた(表3)。採点は,SLTAの評価に準じTLPAの呼称も6段階で採点した。
段階6(完全正答),5(遅延完全正答)は130語(65%)であった。そのうち,段階5は17語あった。誤反応分析は,段階5以下87語のうち,ヒント前に表出された錯語92語を対象とした。1語につき複数出された反応も含めている。SLTAとSLTA-STで正答できなかった28語中5語(18%)で語頭音効果を認めた。語頭音ヒントにより新たな錯語が誘発されることも多かった。例えば,パトカーに対し「自動車,大阪府警」と呼称し,「パ」のヒントで「パーマ,パーマネント」,くるみを「れんこんのみ」と呼称し,「ク」のヒントで「クレヨン」などの反応があった。また「これを見たことありますか?」「使いますか?」「どこにいますか?」など,対象の概念が保たれているかどうかを確認する質問に対する返答はおおむね的確であった。誤反応の内容は,意味性錯語が多く,次いで無関連錯語や保続,他に新造語や記号素性錯語があった。音韻性錯語は1語だった。誤反応時は,考え込んだ末の遅延回答が多く,錯語表出後に「〇〇じゃない」という直後否定や,修正の試みが多かった。
本例の漢字語音読の類音的錯読に注目し,書字,呼称での反応と合わせて検討しその機序を考察する。
1. 類音的錯読語義失語は,漢字語の読み書きで音価の混同による類音的な誤りが多いことで知られており,類音的錯読や類音的錯書がみられる。この理由について,田辺ら(1992)は語の辞書的な意味障害が表意文字である漢字に反映されたものと述べている。
過去の語義失語の報告から類音的錯読の具体例を挙げると,土産を「どさん」(小森ら 2007),三味線を「さんみせん」,海老を「かいろう」(小森 2009),妻楊枝を「つまようこ」(小森ら 2020),仲人「なかびと」,七夕「しちゆう」,(船山ら 2008)などがある。いずれの錯読も構成漢字それぞれの読みを機械的にあてはめており,語の意味理解は伴っていないと考えられる。本例にも,今朝「こんちょう」,麦酒「むぎしゅ」,悪戯「あくぎ」のように語義失語と類似の誤反応が類音的錯読14語のうち6語あった。残りの8語(すべて2字熟語)は1字を正しい音価で読み,1字を誤って読んだ。1字を誤って読んだうち,土足「どあし」の足(あし),逆手「ぎゃくて」の逆(ぎゃく)という構成漢字それぞれの読み誤りは,文字の意味が容易に想起される読み方であった。これは過去の語義失語の報告例ではあまり指摘されていないが,文字の意味理解を一部伴った反応と思われる。つまり本例の錯読は意味理解を伴わない反応と,一部意味理解を想起させる反応が混在しており,語の意味理解障害が軽度であったことの影響が考えられる。
2. 類音的錯書過去の語義失語の報告から,類音的錯書の具体例を挙げると,よぎりを「横儀利」(越賀 1969),しんぶんを「新文」(小森ら 2007),ふうとうを「不当」,きものを「靴物」(小森 2009),やまを「矢間」,けんこうを「健行」(船山ら 2008)などがある。
本例の類音的錯書は7語あったが,そのうち4語は過去の報告と類似していた(兄弟→教代,宿→野戸,など)。他の錯書を仔細に検証すると,「三数(算数)」については,「三」は漢数字であり「算数」と近い意味の文字に置換している。「理化(理科)」は,熟語として存在するため検者が「別の書き方がないか」と再考を促したが出てこなかった。しかし「理化」と「理科」の上位語は「学問」で共通しており意味処理が部分的に行われた誤りのように思われる。井村(1943)は語義失語の書字障害について,意味がわからずに漢字を逐次的ないし他の音価を用いて当て字のような文字で対応すると指摘しているが,完全ではないが語の意味処理が行われていることが示唆される。以上より本例の類音的錯書の背景にも類音的錯読と同様に軽度の意味理解障害が想定される。
3. 呼称障害本例の呼称障害は,語健忘が呼称に顕著であることや語性錯語が多いこと,語の再認障害があることなどは語義失語の特徴(山鳥 2011)と合致する。しかし本例では典型的な語義失語例と比べて呼称時に特徴的な反応があった。
1点目の特徴として,誤反応の回答は,即答ではなく考えた末の遅延回答が多かったことである。また,錯語を表出したものの直後に「〇〇じゃない」と否定したり,言い直しや修正の試みをすることが多かった。遅延回答は56%,直後否定や言い直しは74%であった。これは,確信がもてない状態で錯語が表出されていたため,表出後に誤りに気づいたり,不全感をもっていたことを示唆する。櫻井ら(1991)が呼称で自信がない,確信がもてないといった反応を示し,後に語義失語と臨床診断された(Sakuraiら 2006)症例を報告しており,本例と類似した反応と思われる。
2点目は,語頭音ヒントに対する反応であるが,本例には約18%に認めた。意味性認知症の語義失語の呼称では,語頭音ヒントが奏功しにくいことが指摘されているが,語頭音効果がみられた語義失語例(櫻井ら 1991,中川ら 1996)の報告もあり,意味記憶障害が軽度の場合は語頭音効果もある程度有効であることが推測されている。
3点目は,反応に浮動性があったことである。本例は呼称で誤った目標語について,検者が正答を示した24語のうち,20語(83%)を再認できなかった。「そう見えない」と言ったのが半数程度あり,他に「ピンとこない」と言ったり,首をかしげたりするなどの態度を示した。ただし再認できない目標語について,検査で使用したのとは別の描画を見せると「そう見える」と反応したり,また「そう見えない」と言った描画も日が変わると正答できるなど,変動がみられた。語義失語では,語義理解障害を示す単語は呼称も障害され,再検査によっても変動しないことが特徴であるとされている(小森ら 2020)。しかし,これはおそらく進行例での典型的な症状であり,発症初期や軽度の意味理解障害の段階であれば,語義失語であっても日内あるいは日間変動がありえると推測される。本例の症状もこれに類似したものと思われる。
以上の呼称における本例の特徴は,軽度の語義失語の既報告例と類似しており,語義失語と類似の障害構造が推測される。したがって著者が「1.類音的錯読」,「2.類音的錯書」で想定した背景同様に,軽度の語の意味理解障害が関与したと考える。
4. 類音的誤反応の病態機序についての考察音読,書字で認めた類音的誤反応と,呼称での誤反応の背景に軽度の意味理解障害が想定されたが,音読でみられた類音的誤反応を中心にさらに考察を進める。以下,Whitworthら(2005)の単語の情報処理モデルを参考に作成した音読の情報処理モデル(図4)に則り考察する。なお図4は,音読の考察に関連した部分だけを限定して示した。図中の破線は機能低下した過程を表現した。

意味システム自体の障害は軽度だが,意味システムから音韻出力レキシコンへのアクセスの低下と,文字認知過程の障害が考えられた。
呼称では,意味性錯語や無関連錯語,新造語があったが,復唱は保持されていた。このことから,音韻出力配列は保たれており,意味システムから音韻出力レキシコンへの出力や,音韻出力レキシコンそのものの障害が想定される。また意味システムは,前述のように軽度とはいえ障害されており不安定であったと考えられる。
漢字単語の音読には,①文字入力レキシコンから意味システムを経由し音韻出力レキシコンへと意味情報から音韻情報を引き出す経路と,②文字入力レキシコンから音韻出力レキシコンへの経路,③文字-音韻変換から直接音韻出力配列へと文字の音韻情報が直接引き出される経路の3つが想定される。
①の経路では単語の意味へアクセスするので機能低下を生じた場合は語性錯読を呈する可能性があり,本例でも意味性錯読や無関連錯読があった。前述したように漢字の意味処理はある程度行われているが不完全であり,意味システム自体の機能低下や音韻出力レキシコンへの出力障害が想定される。
②の経路では意味システムを介在せず音韻出力レキシコンにアクセスするので,文字の一部,音の一部を拾っただけの語の意味理解が不十分な音読(例:消印→しょういん,麦酒→むぎしゅ)が出現したと考えられる。
③の経路では漢字の音に頼っただけの読みになり,類音的錯読や音韻性錯読を呈する可能性がある。
音読でみられた類音的誤反応は,①の経路の不全により通常より多く②③の経路に依存したことが想定される。したがって,軽度の意味理解障害を背景に,利用する音読経路に偏りが生じ,文字入力レキシコンから音韻出力レキシコン,文字-音韻変換から直接音韻出力配列への経路に過度に依存したことになる。また,視覚性の誤りも散見されており,文字認知過程の障害もある程度関与していたかもしれない(図4)。
語義失語との比較では,本例では,文字入力レキシコンから意味システムを介した対象概念を経て音韻出力レキシコンに向かう流れが軽度に障害されている。ただし,この障害は語義失語ほどには重篤なものではない。語義失語では,側頭葉における大脳皮質の意味ネットワークが障害されることにより,意味を介する音読においての中核構造である意味システムが障害される。視床出血である本例では,視床は大脳皮質ネットワークの支持的役割をしているため,意味を介する音読において意味システムから音韻出力レキシコンへのアクセスを強化しているサポート構造が破綻を来したのかもしれない(図4)。
一方,呼称と音読では意味システムへの依存度が異なり,前述した誤反応時の不全感の乖離に関与していた可能性がある。呼称は,音価を伴う文字が提示される音読より意味システムへの依存度が高いことが想定され,本例では意味システムがある程度機能していたが十分でなかったために呼称で不全感を示したと推定する。
5. 左視床損傷と失語症状本例の呈した類音的誤りと左視床損傷との関係について考えていく。本邦での報告を「高次脳機能研究(失語症研究)」,「神経心理学」の2誌と,医中誌Webにて「視床」「失語」「音読」「類音」「錯読」のキーワードとそれらの組み合わせで検索し,視床損傷症例での類音的誤り,特に類音的錯読の記載について調べた。結果,今回検索しえた左視床損傷例で本例と同様の類音的誤反応の記載は確認されなかった。視床損傷で読み書き障害を呈した症例もあったが(相場ら 1991,岡本ら 2002,Osawaら 2013,内山ら 1992など),いずれも類音的誤反応の記載はなかった。
視床損傷による失語症の報告は超皮質性失語が多く,発話量の減少,錯語,声量低下などの言語表出面,言語理解および書字に重点がおかれた報告が多かったが,音読の詳細に言及している報告は少なかった。一方で皮質下の損傷により,皮質病巣に伴う高次脳機能障害に類似した症候が失語を含めて複数報告されている(林 2003,猪野 1985,中野 2002,田中 1993,山本 2023など)。
本例は,脳血流検査等の機能画像の評価はできていないが,前述した症状が数ヵ月で軽快したことから,血腫,浮腫の消退とともにmass effectの緩和や,急性期における視床と大脳皮質相互の線維連絡で遠隔効果が作用し,局所大脳皮質機能の障害が一過性に生じ軽快した可能性が考えられる。あるいは,両方の複合的な要因が本例の症状の経過に関与したかもしれない。
最後に,本例の呈した類音的な誤り,特に類音的錯読が視床性失語一般に敷行できる症状か否かについては過去の報告の記載が十分でなく,本例の検討のみで結論は出せない。今後,視床性失語例の音読,書字障害における類音的誤り,類音的錯読が注目され報告が蓄積されることにより,視床性失語における頻度が明らかになることが期待される。
本稿の要旨は第47回日本高次脳機能障害学会学術総会において報告した。
なお,発表についてはその意義を患者に口頭と書面において説明し,書面による同意を得た。
また,本論文に関して,開示すべきCOIはない。
本稿の執筆にあたり,貴重なご示唆をいただきました大阪公立大学医学部附属病院の水田秀子先生に深謝いたします。