本稿では「手づかみで食べるのは失行のため?」という質問に答え,手づかみで食べる行為について考察した。手づかみで食べる患者ができていること,できていないことを整理すると,食べ物を見て確認し,手が食べ物に到達し,把持することはできている。できていないことは道具の使用で,道具の代わりに食べ物をつかんでしまう。できていないことの病態機序としてはいくつかの可能性が考えられるが,4つの病態機序仮説を提案した。1つ目は,道具使用ができないことからの混乱,道具の代償手段としての手の使用が考えられる。2つ目は,道具使用は可能だが,脱抑制や行動規範の障害により直接食べ物に向かうこともありうる。3つ目は,食事時の道具の逸脱や手の道具化としてとらえることも可能かもしれない。4つ目は,脳変性に伴う発達の逆行が考えられる。このような仮説をもとに個々の患者の背景疾患,併存症候と合わせて考える必要があると思われる。
This study was aimed to answer the question:“Is hand-eating caused by apraxia?”, and assess associated pathogeneses. Regarding abilities of patients, I categorized them based on what they could/could not do. Hand-eaters were able to see and recognize food, reach for, and grasp it;they were not able to use utensils or grasped for food instead of them. Although several pathogenetic mechanisms can be considered, I propose four potential pathogeneses:The first hypothesis is that tool-use disturbance makes patients perplexed or use their hands as alternatives to utensils;Secondly, patients can use utensils, but a direct approach to food might be taken, caused by disinhibition or behavior deviating from social norms;Thirdly, sequential actions while eating might change to specific actions such as deviation from the use of utensils at mealtimes (tool slip) or using a hand as a utensil;Fourthly, there may be a reversal of development due to cerebral degeneration. Based on these proposed mechanisms, each case should be assessed according to the individual neurological disease and symptoms.
本稿は「いまさら聞けない認知症の諸症状」というテーマのミニレクチャーシリーズの1つである,「手づかみで食べるのは『失行』のため?」という質問に答えた講演をもとに執筆した。たしかに,認知症患者で「手づかみで食べる行為」がみられることがある。この行為に関する経験症例の報告は目にするが,まとまった研究論文はあまりみられない。
そのなかで渉猟したものを挙げると,Ciprianiら(2016)が,認知症患者の食行動と食事摂取の変化に関するレヴューを報告している。そのなかで食行動や食事摂取の問題は認知症の進行期にみられ,認知機能障害や失行症から二次的に生じている可能性を指摘している。また,食習慣の変化として食器の不使用を取り上げている。また,Tullyら(1997)が報告している,アルツハイマー病患者の食事能力を評価するEating Behavior Scaleには,「食器を適切に使用しているか」という項目がある。
何か日常的な動作ができなくなった患者に遭遇すると,その原因を短絡的に「失行」としていることが少なくない。今回の質問は,この問題意識から提示されたものではないかと思われる。では,手づかみで食べる行為の病態機序としてどのような可能性が考えられるのか。本稿ではこの点を少し深堀りして整理してみたいと思う。
「手づかみで食べるのは失行のため」ということであれば,道具が使えないことが手づかみで食べることの原因になっていると考えられるだろう。これはどのような状況なのか。
手づかみで食べているのであれば,手づかみはできている。食べ物をつかむまでの過程を考えてみると,食べ物を見て食べ物であることを確認(視認)し,手が食べ物に到達し(到達動作),食べ物を把持すること(把持動作)ができている。これができていることである(図1)。つかむまでの動作は可能だが,道具が使用できない,あるいは本来は箸やスプーンといった道具を手にしないといけないのに食べ物をつかんでいることに問題がある。これができていないことである。

食べ物をつかむまでの動作(視認,到達動作,把握動作)はできている。
ここで症例を呈示して,できていない状態が手でつかむ行為につながる機序について考えてみたい。
【症例】60歳代,男性,右利き。数年前から物忘れが徐々に進行し,物の名前が出にくいことに家族が気づいた。その頃から日常物品の使用に問題がみられるようになった。茶の淹れ方や電気ポットの使い方がわからなくなり,パンを箸で食べることがあった。また,テーブルの上にこぼしたものを拭くように言うと,こぼしたものを手で広げたり,床に落ちているものを足でこすったりした(近藤ら 2011a)。
【MRI画像】左側頭葉前部の著明な萎縮,左前頭葉,頭頂葉の萎縮を認めた(近藤ら 2011a)。
この症例の病態をどのように考えたらよいか。まず本例では背景に道具使用障害があった。そして,道具の使い方がわからないために動揺し,戸惑った結果,手が出てしまったように思われる。顕著な状況として,「こぼしたものを手で広げる」という場面があった。通常はこぼしたものを布巾やティッシュペーパーで拭き取る。しかし,布巾やティッシュペーパーのような道具の使用を動員できなかったため,どうしたらよいかわからず,手を出して広げてしまったのではないかと推測される。このように道具使用ができないことから,混乱したり,道具の代償的手段として手を使ったりする場合が考えられる。
道具使用障害以外にも背景となりうる病態機序がいくつか想定される。つかむ対象を誤る,つまり道具でなく対象物に向かう(箸やスプーンでなく食べ物をつかんでしまう)ことが考えられる。この理由として,抑制障害や行動規範の障害などがありうる。また,手が道具を握るときに道具を抜かして,道具の対象物に直接手が向かうといった病態機序も想定されるかもしれない。以下,各々の病態機序について,順に考えていきたい。
道具使用障害の場合,箸,フォーク,スプーンのような道具を使いたいと思っているが,道具が使えないために手づかみで食べることが考えられる(図2)。

道具使用障害により混乱したり,道具の代償的手段として手を使う。
では道具が使えない原因は何か。道具や対象物を正しく認識できないために道具が使えない(視覚失認,意味記憶障害),道具や対象物を認識できているが道具の使い方がわからない(観念性失行)といった可能性が考えられる。一方で,道具を適切に使うために手がうまく動かせない場合が考えられる。動作システムのプロセスで考えると,運動系(錐体路,錐体外路,運動失調にかかわる協調運動,筋・末梢神経)の問題や感覚障害による運動調整の障害,失行症状(肢節運動失行,観念運動性失行)によって手がうまく動かせない可能性がある(図3)。

道具や対象物が認識できない,使い方がわからない,あるいは手をうまく動かせない場合が考えられる。
手・道具・対象物の関係性に注目すると,手と道具の間のaffordance,道具-対象の適合が問題になる。Affordanceおよび道具-対象の適合に関係する機械的知識,機能的知識について説明を加えると,以下のようになる。
脳内の神経システムとの関係については,Osiurakら(2017)が後方の視覚領域から前方へのシステムを3つに分け,背-背側システムとaffordance,腹-背側システムと機械的知識,腹側システムと機能的知識の関連を報告している。
道具使用は可能だが手づかみで食べる要因として,抑制障害(Santilloら 2016)や行動規範の障害(Funayamaら 2021)も考えられる(図4)。抑制障害では,食事時に手づかみで食べる行為を抑制できないことにより,手づかみで食べてしまうことになる。これは前頭葉開放徴候の一部である口唇傾向(hyperorality)との関連も考えられる(Morrowら 2022)。

道具使用は可能だが,脱抑制,行動規範の障害のために対象に向かう引力が強くなっており,手が出てしまう。
また,社会的ルールに従って行動規範を遵守できないことにより,手が出てしまう状況も考えられる。社会的ルールに従って行動規範を遵守できない場合には,行動規範の障害や社会的文脈の理解に問題がないかを考える必要がある。たとえば,異なる文化圏では,手づかみで食べることがその社会での一般的な慣習になっていることもある。我々の文化圏の行動規範,社会的文脈を理解し,遵守することに問題をきたす病態があれば,手づかみで食べることになるかもしれない。
病巣としては,前頭葉眼窩部/ 内側部の障害(船山 2023),側頭葉の障害(Funayamaら 2021),鉤状束の障害(Santilloら 2016)が注目される。
動作時に手と道具と対象物の関係性が崩れた状況として,道具が手と対象の間から逸脱して,手が直接対象に向かってしまう状況も考えられるかもしれない。この病態に名前をつけるとすれば,道具の逸脱(tool slip)となるかもしれない。action slipという症候が注目されている(Norman 1981,Nakajimaら 2020)が,action slipは動作の系列性のなかでの問題であり,道具の逸脱とは異なる病態と考える(図5)。
道具の逸脱と異なる視点として,手を道具化して使用している状況も考えられる。道具使用のパントマイムで身体物品化現象(body as object:BPO)という誤反応がみられることがある(近藤ら 2009)が,実際に道具のある状況で同様のメカニズムが働いて,手を道具として直接対象に向けてしまい,道具化した手で食べ物をつかんでいることも想定される(図5)。

道具の逸脱,あるいは手の道具化として考えることもできる。
脳の変性過程に伴う神経系の解体を成長発達の逆行から考えるという視点でも,説明可能かもしれない。食事動作の成長発達は,生後6ヵ月で口へ手を運ぶ,10ヵ月で手づかみで食事する,18ヵ月でスプーンやカップを使用する,28ヵ月でフォークを使用する,6歳でナイフを使用するというように食器を使った食事動作を獲得していく(Erhardt 1997)のであるが,これを逆回しにして,神経系の解体から手づかみで食べる行為を想定することが可能である。
失行症状に伴う道具使用障害に関しては,肢節運動失行に伴う手指の巧緻運動の拙劣,観念性失行や観念運動性失行に伴う道具の操作困難が考えられる。また,意味記憶障害により道具や物品の理解が困難になる場合がある。
認知症・変性疾患との関係では,大脳皮質基底核症候群(corticobasal degeneration:CBS)の患者は肢節運動失行(拙劣症)がみられ,アルツハイマー病の患者は観念性失行(概念失行)や観念運動性失行,意味性認知症の患者は道具の意味記憶障害がみられる(近藤 2011b)。これに伴い,道具使用障害をきたし,手づかみで食べる行為につながることもあるかもしれない。また,前頭側頭型認知症を中心として,前頭葉・側頭葉機能の障害に伴い,抑制障害,行動規範の障害がみられる(船山 2023)。抑制障害,行動規範の障害に伴い,手づかみで食べる行為につながる場合も考えられる。
4つの仮説を提示したが,個々の患者の併存症候,背景疾患などと合わせて考察していただきたい。本稿がそのための考察の材料になれば幸いである。最後に「手づかみで食べる行為」の背景となりうる病態機序について表1にまとめておく。
本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれもありません。