2016 年 2016 巻 26 号 p. 1-6
いわゆる日本人キリシタンは多言語環境の中で生きていた.著者は継続中の日本人キリシタンによるラテン語使用を記録するプロジェクトの一環として,最近2点の写本資料を調査する機会を得た.うち1点はオックスフォード大学モードリンカレッジ所蔵,もう1点は上智大学キリシタン文庫所蔵のものである.前者において,著者は今まで出版物で報告されている以上の西洋言語(ラテン語とポルトガル語)使用の痕跡,また今まで気づかれていなかった,摩擦による訂正跡も発見した.そして後者については,複写版より作成された原田による校訂テクストに,現物を見分した上で些細ではあるが訂正を加え,また原田の主張,つまりこのテクストの内容は,テクストの付随する本を日本人キリシタン荒木トマス自身が日本からイタリアに持参したことを強く示唆しているという意見に全面的に賛成するに至った.いずれにせよ,これらの文書は日本人キリシタンが生きた,そして彼等の文化的学習努力の希少な遺物が散らばっていた世界の多言語性や豊かな国際性を示している.