人間生活文化研究
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原著論文
インドの教育現場におけるろう文化
舘井 菖
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2017 年 2017 巻 27 号 p. 319-336

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抄録

近年,聴覚障害者を言語的少数者である「ろう者」と表現し,彼らの文化体系に関する研究が盛んに行われている.しかし,途上国では医療モデルが根強く残り,ろう文化研究がほとんど行われていない.そこで本研究ではインドの学校を対象として,ろう教育が急激な変化を遂げる中,ろう者の間でどのような文化が見いだされるか明らかにすることを目的とする.
対象地域はデリーとダージリンとし,参与観察法を用いた.学校種は「ろう児が複数人在籍している」という条件に該当する学校を選出した.基本的には生徒と教員のやり取りを観察していたが,必要に応じて聞き取り調査を行った.観察したデータの中で,ろう者と聴者との交流で顕著に見られた特徴や,ろう者同士の特有のやり取りが見られたものを抽出し,それらを「ろう文化」と捉えた.
フィールド調査の結果,①学校において少数の教員が多数の生徒を支配し,管理する状態,②聴者とろう者の相互作用,③ろう児が築く遊びの世界が見られ,④徹底した口話教育が行われた学校においては,ろう児集団における相互作用が見られないことが分かった.また,口話教育を経験した成人の語りから,彼らの帰属集団の不明確さが明らかになった.
調査の結果から,多くの学校において口話主義が支配的になっていることが分かった.聴者がろう者に対して,直接的な権力よりも,権力関係を維持するイデオロギーを発展させることによって,支配を広げている点が植民地主義と類似している.また,聴能主義下では,ろう児集団の相互作用が形成されにくく,成人後も帰属集団が曖昧になることが分かった.早期からの帰属集団の確立が必要とされるとともに,従来の「ろう者」の概念には括られない,多様なろう者の存在を認めることによって,ろう文化をまた新たな視点から捉えることができる.
今回の調査では,調査期間の短さや言語上の障壁から,ろう者へのインタビュー調査が不十分だった点が課題となった.そのため,今後の研究においては,インド手話を習熟した上で,より長期的な期間で,インタビューを中心とした質的な調査をさらに重ねることが求められる.

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© 2017 大妻女子大学人間生活文化研究所
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