人文地理学会大会 研究発表要旨
2002年 人文地理学会大会 研究発表要旨
セッションID: 212
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第2会場
新しい公営住宅にみる空間とジェンダー
岐阜県営住宅・ハイタウン北方を事例に
*村田 陽平
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抄録


  今日の日本の学際的な空間論(地理学・都市社会学・建築学など)において,ジェンダーの視点は,「新しい」視点として注目されつつある。1970年代の女性解放運動を受けて誕生したジェンダーという概念は,自然とされてきた性差が社会文化的なものであるという認識変革をもたらした。ただしこの概念が,日本の空間論で一般的に認識されるようになったのは1990年代後半になってからである。そのため関連研究は十分ではなく,空間論においてジェンダー概念が適確に理解されているかは疑問である。そこで本研究では,ジェンダーの視点を取り入れたとされる岐阜県営住宅・ハイタウン北方を事例に,その問題を検討したい。空間のなかでも居住空間はフェミニズムが重要視してきた日常生活の場所の一つであるが,今日の居住空間において,ジェンダーの視点のコンテクストや意味などは的確に認識されているであろうか。
  岐阜県南西部・本巣郡北方町にある岐阜県営住宅・ハイタウン北方は,1960年代に建設された県営長谷川団地の老朽化に伴う建て替えとして建設された。このプロジェクトの総合コーディネーターとして選ばれた建築家・磯崎新氏は,南地区をジェンダーの視点による空間の創出と位置付け,すべて女性の設計者を起用した。
  まず日本の建築ジャーナリズムにおけるこの公営住宅の評価を検討した結果,この公営住宅は概ね好意的な評価を得ていることがわかった。一方,2002年6月から9月に実施した住民へのヒアリングを通じて,この住居空間は「新しさ」や「明るさ」といった点では一定の評価が得られているものの,いくつかの問題点があることが明らかとなった。住居空間の大きな問題としては,そこで暮らす生活者の視点が十分には組み込まれていない点である。また非住居空間の大きな問題としては,海外の女性設計者による中庭が住民によって身近なものと認識されておらず積極的には使用されていない点である。そこで設計者の言説などを検討した結果,女性設計者たちが生活者の視点よりも外観などのデザインを重要視する傾向が明らかになった。この空間に対する彼女たちの「まなざし」は,(住居部・非住居部ともに)「外側」の場所から主に向けられており,「内側」で暮らす住民たちの立場を必ずしも反映したものではないのである。
  次にこの空間を岐阜県という場所の意味から検討すると,ハイタウン北方のような公共住宅は全国どこでもみられるものではなく岐阜県に特有の事例といえる。その背景として県知事の強いリーダーシップによる岐阜県政があげられ,この住宅の他にも県内には多くの公共建築がつくられている。その一方で,岐阜県には女性センターと呼ばれる建物が存在しない。地域のジェンダー活動の拠点となる女性センターは,ジェンダーの視点に特徴的な空間であり,男女共同参画基本法が制定された今日では全国のほとんどの都道府県に存在するようになっている。ところが,岐阜県にこのような空間がないのは県政がジェンダーに関わる政策を必ずしも積極的に進めているわけではなく,岐阜県という場所は必ずしもジェンダーの視点の先進地域ではない。すなわちハイタウン北方は,ジェンダーの視点というよりも,主にこのような岐阜県のコンテクストのなかでつくられた側面が強いのである。
  以上から,このハイタウン北方という空間はジェンダーの視点との関連性は低く,むしろ「男性」県知事や「男性」建築家などを頂点とする旧来の男性論理のなかで生産されたものといえよう。ジェンダーの視点を重視するならば,岐阜在住ではない有名な女性設計家のみに依頼することや女性に限定すること自体再検討すべきことであった。このようにジェンダーの視点という名目で生産される空間が,必ずしもその視点と関連しているわけではないことは,まさしく空間論においてジェンダー概念が適確には理解されていない一つの表象といえる。空間論に対するジェンダーの視点の核心は,単に女性の視点を強調することではなく,自己の性別をめぐる空間的な諸現象を主体的に自省することにある。一方,女性設計者たちが「女性=生活者」という与えられた役割を(意識的でなくとも)結果的に果たさなかったことは,旧来の女性観に対する一つの「反逆」と積極的な意味でとらえることも可能である。しかし,その行為がそこで暮らす生活者の軽視に繋がるのなら,必ずしも有意義なことではないだろう。

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