抄録
近年わが国では,社会福祉サービスの再編が議論されている。その方向性は利用者とサービス供給者との直接契約制を導入すること福祉分野への競争原理を根付かせるというものである。再編論のひとつの根拠となっているのが,福祉サービスの普遍化であり,ナショナルミニマムが多くの分野で達成され福祉サービスが本来の救貧的役割を終えたという論調である。しかしそういった意見の一方で,いまだ福祉サービスの質・内容および供給量の向上が求められており,更なるサービスの充実が求められているという見解もみられる。この論調の対立にみられるように,どこまでが国民の生活上必要最低限のサービスであるかというミニマムに関する議論は今後社会福祉サービスの再編を論じる上で必要不可欠であると考えられる。
こうした議論に対する回答のひとつの基礎となるのが,既存の公的社会福祉サービス以外の,同内容のサービスの存在である。こうしたサービスが公的福祉サービスと同様のミニマムレベルの生活を求めるニーズに基づいて存立しているか否かは,社会福祉サービスの更なる拡大の必要性の有無に直結する。またこうしたサービスは公的規制・財政的援助なしに運営されているものが多く,その存立形態を明らかにすることは供給体制の再編方法の模索するのにも役立つ。
本発表では,保育の分野を例にとり話を進める。保育サービスは,公的社会福祉サービスとして児童福祉法に基づき,国・自治体が運営する公営保育所と主に社会福祉法人が運営する私営保育所によって供給されてきた。これら認可保育所対して,主に都市部に個人および企業などによって運営される認可外の保育施設が存在する。認可外保育施設の存立状況およびその利用者特性を明らかすることにより,地理学の立場から保育における上記のような議論に対する基礎的資料を提供する。
広島市には2001年6月現在,76の認可外保育施設が立地している。施設数は近年増加傾向にある。1990年代に入る前は,市中心部に立地しているのみであった。この時期は保育サービスの供給量が充足されていた時期であり,夜間主のベビーホテルが特定地域に立地しているのが目立つ程度である。1990年代に入ると,郊外地域でも立地が見られるようになった。1990年代前半は,その数はそれほど多くなく,設立が見られる一方廃園も少なからずみられる。この時期はまだ郊外地域よりも市中心部での設立が顕著である。1990年代後半になると,広島市でも全国の大都市と同様に保育需要の数的拡大がみられる。この時期から郊外地域で数多くの施設立地が多く見られるようになった。
今回,26の認可外保育施設に対して調査を行った。うち企業によって運営されているものが11,個人運営が15であった。1995年以降に設立した施設が10施設あったが,20年以上存続している施設が6施設あった。その多くが夜間主のベビーホテルで,昨今保育ニーズの多様化が指摘されている中,夜間からの保育ニーズは古くからあったことを示している。入所児童は,認可保育所の定員が少ない3歳未満児が多く,保育時間も昼間主の施設でも認可保育所よりも長い傾向にあり,認可保育所の保育サービスで満たされないニーズに対応していると考えられる。保育時間に応じた保育料体系や,保育や教育内容を売りにしている施設も多い。
認可外保育施設の運営者は,多かれ少なかれボランティア・社会貢献的考えを持っている。運営者は,不動産業者などが遊休スペースを活用したケースと,保育士免許を持つものが,その資格と経験を生かして開設するケースにおおまかに二分される。前者の場合は施設運営の最も大きな負担となる家賃を支払う必要がないためやや運営状態が良い。後者は,自分の子育てが終わった後の生きがいとしての社会貢献として開設する場合,以前認可保育所に勤めていた者が,保育方針などの食い違いなどにより退職し開設する場合がほとんどである。
認可外施設への入所理由は,保育時間の長さを挙げた世帯が目立つが,待機児童が多い安佐南区や安佐北区の施設では認可保育所へ入所できなかったことを理由として挙げている世帯もみられる。その他,保育方針や保育士との相性,保育料の安さ,急なニーズの発生,手続きの簡便さなど,単にサービスの量・内容の充実だけでは語れないニーズも数多く存在している。