人文地理学会大会 研究発表要旨
2009年 人文地理学会大会
セッションID: 202
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第2会場
成田国際空港建設に伴う畑作農業の変容
―成田市十余三地区を事例として―
*大石  貴之横山  貴史市村 卓司飯島 智史伊藤 文彬深瀬 浩三田林 明
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抄録

I はじめに
 千葉県成田市は千葉県北部に位置し,西側は下利根平野における稲作農業,東側は下総台地における畑作農業が卓越する地域である。1950年代から1960年代にかけて,成田市を含む下総台地の東部は,後進農業地域(白浜 1958),あるいは近郊農業圏外(菊池 1966)と位置づけられていた。しかしその後,1980年代には交通網の進展等によって野菜や工芸作物の主産地が形成され,中郊農業地帯(斉藤ほか 1985)や近郊農業地帯と中郊農業地帯との間に位置する,中位の近郊農業地帯と位置付けられている。
 1980年代における交通網の進展は,主として1978年に開港した成田国際空港(以下,成田空港)の建設によるところが大きい。成田空港の建設は,交通網の進展による市場近接性が向上するといった利点をもたらした一方で,空港用地の買収に伴う農地の減少や,空港産業への雇用機会が拡大することに伴う農家の兼業化などの側面も生じた。
 空港建設が当該地域の農業を変容させうる様々なインパクトを秘めていることは明白であるが,それらのインパクトが農家にいかに受容されているのだろうか。そこで本報告では,成田空港の第二滑走路建設によって大きな影響を受けた千葉県成田市十余三地区を事例として,成田空港の建設が当該地域の農業に与えた影響を明らかにすることを目的とする。

II 十余三地区における農業の展開
1.農業と空港のかかわり
 十余三地区は成田市のほぼ中央,下総台地上に位置する畑作農業集落である。多くの農地が空港用地あるいは騒音用地1)に転用された。第二滑走路が建設され,暫定的な運用が開始されるのは2000年であるが,用地買収は1970年代に開始されており,1970年から1975年にかけて作付面積がおよそ半分に減少した。その後,1979年に空港所有の騒音用地の多くが農地として十余三地区内の農家に貸し付けられることとなった。この頃,サツマイモの作付面積が徐々に増加し,十余三地区における作付面積の大部分を占めるようになった。

2.十余三地区における農業経営
 サツマイモは成田市において古くから栽培されている作物であり,1960年代まではデンプン採取用として,1970年代ごろからは生食用として品種を変えながら生産が行われてきた。成田市では農協共販が開始される以前から地区ごとの任意出荷組合が組織されており,そのため組合が農協の傘下となった現在においても出荷組合単位での集出荷が行われている。十余三地区のサツマイモ生産農家はマルナリ出荷組合と新生出荷組合のいずれかに加盟しており,組合独自の規格や選別方法のもと,異なる市場へ出荷している。その他の作物として,サツマイモの輪作用作物として栽培されるラッカセイやゴボウは商人を通じて,ナシは任意組合を組織しての市場出荷や,個人による産直販売が行われている。さらに,近年では十余三産直組合を組織し,地区内で直売所を開設している。

III 第二滑走路建設に伴う畑作農業の変容
 空港用地の借地を利用する農家の多くはサツマイモを主体とする農家が多い。個々の農家経営の変遷を見ると,空港用地の貸付に前後して経営の主力をサツマイモに転換する農家が多くみられた。これには空港用地の貸付が開始された時期が,サツマイモの堀取り機などサツマイモ生産の省力化が期待できる農機具が導入され始めた時期や,サツマイモの価格が高かった時期と重なっていたことが大きい。また,空港用地は3年周期で更新されるため,特別な技術を要せず,スケールメリットの効くサツマイモ生産が借地での栽培に合っていたといえる。しかし,近年はサツマイモ価格が下がってきたことからサツマイモの経営規模を減らし,経営の主力を米やスイカなどの他作物に求める農家も現れている。
 果樹・観光型の農家では,十余三地区で1950年代から続けられているナシ栽培を主力としている。これらの農家は小規模に借地を利用してサツマイモを家計の補強としている。また,トランジット客を見込んでの観光農園経営や,空港内の売店にイチゴなどの農産物を出荷するなど,空港への近接性を最大限に利用する経営体もみられる。
 一方で,兼業型の農家では空港開港に伴い空港内で雇用される清掃業や消防業などの職種に就きつつも農業は継続し,小規模なナシ生産を行ったり,耕土や収穫期のみの補助的労働力となったりする経営体がみられた。
 このように,十余三地区では主穀農業からサツマイモ主体の農業地域に変容しながらも,個々の農家はそれぞれの経営状況に合わせて空港というインパクトを様々に受容していることが明らかとなった。

1)空港用地の周辺に設けられる緩衝帯であり,基本的に宅地として利用することのできない土地である。

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