人文地理学会大会 研究発表要旨
2009年 人文地理学会大会
セッションID: 203
会議情報

第2会場
淡路島三原平野における重層的農業者ネットワークからみた農業生産活動の展開
*吉田 国光
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

 日本の農政において低迷する食料自給率の問題は,長らく政策的課題として掲げられ,国内での食料の増産が求められている。その対応策の一つとして,農地の流動化による遊休農地の有効活用が挙げられているものの,農地流動は円滑に進んでいない。平野部において農地流動の停滞する多くの地域は,小規模な稲作兼業農家が離農後も農地を手放すことなく保有する場合や,専業農家が施設園芸などの商品価値の高い作物生産に傾倒し,水田に十分な労働力を投下していないところである。また,このような地域では,耕地1枚当たりの面積は小さく,農地の受け手にとって条件が悪いことも農地移動の障害となっている。これらの地域では,稲作が経済活動として機能しておらず,兼業農家は農外就業,専業農家はその他の作物の生産によって世帯収入を支えている。 しかしながら,このように小規模兼業農家が多く,稲作以外の農業生産や農外就業により世帯収入を支えている農家が多い地域においても,農地が有効に利用されている事例も存在する。このような地域では,耕地1枚当たりの面積は小さいものの,農業生産の形態や段階に応じて,農業者の農地への関わり方を変化させている。これは,農業生産活動の場は農地で共通しているものの,その形態や段階によって,農地の果す経済的な役割が異なることに起因している。
農地が経済的な役割を果す段階においては,各農業者は最大限の利益を得られるように,個々の経営方針に則して農業生産を行っている。この場合,自身の耕作地での農業生産活動を,他の周辺農業者から干渉されることはなく,農地が私的な空間として,個々の農家が支配力を有している。
 一方で,農地は公的な側面も持ち合わせている。農地は各イエ(農家)に私有されるものであると同時に,各農家により構成されたムラ(集落)に属するものでもある。例えば,自身の農地を耕作放棄することは他の農家にとって迷惑行為となり,農地の継続的な利用を求められる場合などが挙げられる。これは,私有地である農地が,農家間の社会関係から形成される集落やその他の社会集団などの共同体によって,「共有」されるものであることを示している。集落営農や集団転作,「農地の景観保全」などは,この延長線上にある現象といえ,農業者個人の意向で農地の利用形態を決定できない側面をもつ。
このように農地の主たる利用形態である農業生産活動は,経済的行為として一様に扱うことはできない。多様な農業生産活動の形態や段階は,ムラ(集落)における農地の社会的・経済的役割を変化させている。農業者の社会生活上,農地は管理しなければならないものとなり,主体が「私有」と「共有」の間を変化するなかで,積極的にあるいは消極的に農業生産活動が展開している。
 これまで農村をフィールドにした研究においては,村落社会そのものや農業の経済的役割が,それぞれ個別の研究対象として扱われてきた。とくに農業を産業としてのみ扱う傾向が強かったため,農業がもつ社会的役割については,経済的役割と混同される傾向にあり,両者の役割に留意して議論されることは多くない。例えば集落営農は,ある地域の経済的役割のみならず農地管理という社会的役割も担っている。このような場合,農業生産を経済活動としてのみ扱うことは困難であり,私有の農地が集落などの社会集団内で,いかなる社会的役割を果しているのかを検討する必要があるといえる。
 農業の社会的役割について扱った研究では,個別もしくは複数の社会集団による共有地の管理について検討したものが多かった。これらの研究での主たる命題は,集落内部の主体間がもつ社会関係から,共有地である農地や林地,漁場の利用形態を明らかにするものであった。しかしながら現在の日本の農業において,農業生産活動をめぐる農業者間の社会関係は,集落内外に展開することは自明のものとなっている。そして近年では,このような農業者間の社会関係をネットワークとみなし,社会的ネットワーク分析を援用して,ネットワークが特定の農業生産活動に果たす役割を分析する実証研究が進められつつある。さらに,こうした社会関係が重層的に存在することによって構築される社会関係資本が,農業生産活動やそれに付随する諸現象に果たす役割を分析する必要性も,次なる課題として提示されている。
 そこで本発表では,大規模化とは異なるで,集約的に農地の有効的利用を行う地域として,三毛作農業が卓越する淡路島三原平野を事例にし,農業生産活動の形態や段階に応じて展開する重層的な農業者のネットワークを分析することから,個々の農業経営におけるそれぞれの農業生産活動にいかなる役割を果しているのかを明らかにする。

著者関連情報
© 2009 人文地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top