人文地理学会大会 研究発表要旨
2009年 人文地理学会大会
セッションID: 204
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第2会場
飼料米の利用による耕畜連携の可能性
*淡野 寧彦
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抄録

_I_.はじめに
 増大する安価な輸入畜産物の影響によって,日本の畜産物産地は収益の減少や生産量の縮小を余儀なくされている。さらに近年,飼料用として海外から輸入されるトウモロコシや大豆の価格が高騰したことで,産地はさらに大きな打撃を受けた。一方,日本の食料自給率は40%前後にまで低下している。畜産物の自給率は50%強を維持しているものの,飼料の多くを海外原料に依存しているため,カロリーベースでの自給率は極めて低い。このようななかで,休耕地や耕作放棄地を利用した飼料用の米(以下,飼料米)の生産が広まりつつあり,2008年の飼料米作付面積は全国で1,611haに達した。
 本発表では,飼料米生産がどのように拡大しているのか,また飼料米を用いた畜産物生産(本発表は養豚を対象とする)がどのように行われているのかについて,後述する事例の現地調査をもとに検討する。そのうえで,飼料米の利用を通じた耕畜連携が,地域農業や日本の食料供給体制の進化に寄与する可能性について考察する。
_II_.飼料米の供給
 飼料米として栽培されるのは,通常の食用に適さない多収量品種である。飼料米は一般的な稲作と同様の方法で栽培することができ,農機械などを新たに購入する必要もない。大豆や麦などへの転作に不向きな農地であっても栽培できることも利点である。飼料米の生産によって,2009年度では,水田等有効活用促進交付金による55,000円/10aと,需要即応型水田農業確立推進事業による25,000円/10aで,生産者は計80,000円/10aの補助を受けることができる。飼料米生産による10aあたりの収入は104,500円であり,主食米の同99,000円を上回る。
_III_.飼料米を利用した耕畜連携 -「日本のこめ豚」の事例-
 飼料米を利用した畜産物供給の事例として,本発表では首都圏を中心に展開するP生協が販売している「日本のこめ豚」を取り上げる。この商品は2008年2月より販売が開始された。日本のこめ豚は,岩手県軽米町や秋田県鹿角市などでつくられた飼料米を秋田県小坂町の養豚グループが利用して生産されている。日本のこめ豚となる肉豚は,出荷の60日前から,飼料米を10%含む飼料を与えられる。2008年には,11haの農地で収穫された60tの飼料米を用いて2,800頭の肉豚が生産された。日本のこめ豚はP生協の扱う国産豚肉よりも100gあたり10円ほど割高であるが,組合員からは高い評価を受けており,2009年には当初の計画を上回る5,000頭の販売が見込まれている。そのためP生協は,2010年には20,000頭の販売を実現するべく,少なくとも55haの農地で生産された飼料米を2009年に確保する予定である。
_IV_.飼料米利用の課題と展望
 飼料米生産は急速に拡大しつつあるが,同時に多くの課題も抱えている。たとえば,飼料米の販売単価は主食米の価格よりもはるかに低いため,経費や労力を削減しつつ収量増加を実現する必要がある。また飼料米の価格も,安すぎては飼料米生産者の収入が減少し,高すぎては畜産物生産者のコストが増加する。そして,飼料米生産による収入の大部分を補助金が占めるという事実は否めない。
 こうした課題の克服が飼料米生産の定着には急務であるものの,飼料米生産やそれによる耕畜連携には次のような意義を見出すことができる。まず飼料米生産者にとっては,農地の荒廃を防ぐという効果だけでなく,飼料米生産がたとえ大きな収入に結びつかなくとも,営農意欲が高まることがある。また,家畜糞尿を肥料として飼料米の農地に還元することによって,飼料米の収量増加も見込まれる。食料自給率の向上という観点からも,輸入飼料への依存体質を改善しうる試金石となろう。
 これらに加えて強調すべき点として,消費者に対する明快なイメージ提示が可能となることが挙げられる。食肉は,生体時とは全く異なる状態で消費者に供給され,その過程では処理解体など容易に公開できない作業も含まれる。一方,消費者には現在もなお,農村=水田が広がるというイメージが強く根付いている。したがって,飼料米の利用による耕畜連携を通じて,「飼料米を利用してつくった肉は美味しいだけでなく,それを食べることで,耕作放棄地が水田によみがえる」という,わかりやすく明快なメッセージやイメージを消費者に伝えることができる。すなわち,飼料米の利用による耕畜連携は,「見える」農業から「見せる」農業への進化の方法として位置づけられるものと考えられる。

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© 2009 人文地理学会
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