人文地理学会大会 研究発表要旨
2009年 人文地理学会大会
セッションID: 209
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第2会場
土地台帳を用いた水害被災地域の復原
―明治29年琵琶湖大水害を例として―
*赤石 直美
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抄録

 本研究は、土地台帳とその付属地図である地籍図を用いて、近代における災害被災地域を復原することである。明治初期作成の土地台帳と地籍図を用いた景観の復原は、歴史地理学において多く用いられてきた手法である。土地台帳には土地一筆毎に地目や地価、所有者などが記されていることから、過去の土地利用に加え、地域の社会構造などを把握できるためである。〈BR〉  さて、自然災害によって土地が何らかの被害を受けた場合、一定の期間に限り、土地に課せられた地租が免除されていた。それは荒地免租と呼ばれ、地租条例や地租法によって定められていた。それらの記録がこの土地台帳に残されている。本研究は土地台帳に記された荒地免租の記録に着目し、土地一筆毎という詳細なレベルで自然災害による被災地域の復原を試みる。〈BR〉    本研究が着目する「荒地免租」とは、有租地が荒地になった場合、一定の期間に限って地租を免除する際に使われた用語とされる。その際の荒地とは、「荒地トハ山崩川欠押堀石砂入川成海成湖成水成等ノ天災ニ罹リタル土地ヲ云フ」と、1884(明治17)年3月15日制定された地租条例第3条で定義されている。すなわち、自然災害の被害で荒地となってしまった土地のことである。有租地が自然災害によって荒地となった場合、土地所有者からの免租年期の願出に基づき実地検査され、損害の程度、復旧の難易度などから、長・中・短の年期が認定され、荒地免租の取り扱いとされた。ただし、自然災害で被害を受ければ、いかなる土地でも免租の対象となったのかというと、そうではなかった。免租の対象となるか否かは、自然災害によって地形が変えられたことが条件となっていたのである。洪水によって家屋が破壊され流された、あるいは浸水のため作物が腐敗してしまっても、土地が原型をとどめていれば、免租の対象とはならなかった。したがって、荒地免租を認められた土地は、自然災害によって何らかの被害を受けた土地であることを意味するといえる。そこで本研究は、土地台帳の荒地免租の記録に着目し、自然災害での被災地域を土地一筆毎に把握し、その復原を試みる。荒地免租地は水害や地震、津波の被災地で散見されるが、本報告では自然災害のなかでも水害に注目し、水害常襲地である琵琶湖における明治29(1896)年の大水害を取り上げた。〈BR〉  その結果、明治29年の大水害により、琵琶湖沿岸地域では荒地免租の対象となった土地がいくつか見られた。例えば湖西の大津市下阪本地域では、荒地免租地が湖岸に点在し、土地台帳の沿革欄に「三十年一月七日許可二十九年ヨリ迄三十一年迄二ヶ年荒地免租年期」と記されていた。すなわち、1897(明治30)年の1月7日に免租が許可されたこと、災害のあった明治29年から免租されたことが読み取れた。免租が許可された日は共通していたが、免租の期間に関しては土地ごとに異なっていた。免租の期間は1年~3年までみられ、被害の程度で免租期間が設定されていたことから、年期の違いは被災程度の違いを示すものと推察される。ただし、大津市史によれば、この洪水で当該地域のほとんどの家屋が浸水したと記録されているにも関らず、荒地免租の対象となったのは一部の土地のみであった。浸水だけでは荒地免租の対象とはならないことから、浸水はしたものの、被災地の多くは地形が変わるほどの被害を受けなかった可能性がある。このように、土地台帳における荒地免租の記録から、水害による浸水被害でも、その程度の違いを一筆毎に検討することができるのである。〈BR〉  土地台帳に記された荒地免租の記録を基に、今後は荒地免租地と地形との関係、免租期間から復旧期間の分析、さらに被災地域の災害後の土地利用変化の有無、所有者の状況などについても検討する必要があろう。また、土地台帳の内容を分析する一方で、可能な限り聞き取り調査を実施し、現在のように人々がどのように災害に対応していたのか、その実態を知らなければならない。文書資料とそれら経験談が統合されてこそ、近代の災害史が明示されてくると考える。

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