人文地理学会大会 研究発表要旨
2009年 人文地理学会大会
セッションID: 306
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第3会場
空間的マイクロシミュレーションを用いた小地域単位での所得分布推定
*花岡 和聖
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抄録

はじめに
 これまでに地理学においても,所得の地理的分布パターンが明らかにされてきた。しかし,他分野と比較して,所得を扱った地理学の研究論文数は限定的である。その背景として,住宅・土地統計調査や所得再分配調査,国民生活基礎調査などの公的な統計資料では,全国単位か都道府県単位での集計結果しか公開されていない点が指摘できる。
 そこで本研究では,空間的マイクロシミュレーション(以下,空間的MS)と呼ばれる手法を用いて小地域(町丁・字等)単位での就業者の所得分布の推定方法を提案する。これによって,詳細な地理情報と個人属性の組合せ情報を考慮した精緻な方法で,都市内部における所得の地理的分布を把握できると考える。なお,本研究の対象地域は京都市に設定する。

データ
 合成ミクロデータの作成には,平成12年度京阪神都市圏パーソントリップ調査(以下,PT調査)の個票データと平成17年国勢調査小地域集計の統計表を使用する。PT調査の調査項目との整合性を考え,国勢調査の小地域集計から5つの統計表を選定する。

分析・結果
 本研究では,合成ミクロデータの生成に焼きなまし法を用いる。焼きなまし法を用いてPT調査の個票データを繰り返し交換することで,制約条件とする国勢調査の統計表にほぼ整合する新たな個票データの組合せ(=合成ミクロデータ)が得られる。合成ミクロデータと国勢調査の整合性は,国勢調査の統計表と同じ表を合成ミクロデータから作成し,両者のセル度数ごとの絶対差の和(TAE: Total Absolute Error)を求め判断する。
 焼きなまし法の最大反復回数を10万回と設定し,計5回の試行を町丁目毎に実施した。最終的に5回の試行のうちTAEが最も低い試行結果を採用した。その結果, TAEが20未満の町丁目が70%以上を占め,国勢調査と高い精度で整合する合成ミクロデータを得られた。ただし,一定値以上のTAEを示す地区について,最大反復回数を100万回に設定し,計3回の試行をさらに実行した。1回目と同様に,計3回の試行のうちTAEが最も低い試行結果を採用した。
 次に,就業者(農林漁業を除く)の年間所得を推定する。使用するデータは,平成17年度賃金構造基本統計調査である。
 所得推定の手順は,まず賃金構造基本統計調査の性別年齢別職業別の調査結果をPT調査の個人属性に当てはめて所得を推定する。次に,役職や生産労働者による賃金差を考慮するため,性別や年齢を調整した上で,役職と生産労働者の補正係数を求めた。最後に,京都府の性別年齢別賃金に一致するよう推定結果を比率調整した。
 平均所得は,京都市左京区と右京区,西京区の一部で高い平均所得を示す地区が確認できる。また上京区と中京区,下京区では高い平均所得と低い平均所得を示す地区が混在してみられる。直接,比較できる統計資料はないが,概ね現実的に妥当な所得分布が得られた。

まとめ
 本研究では,空間的MSを用いて,小地域単位での所得分布を推定する手法を提案した。同手法のメリットを提示し,本研究のまとめとする。
 第一に,所得推定において,個人属性の組合せ情報を活用できる点にある。そのため集計データのみを利用した所得推定よりも精緻な推定が可能になる。  第二に,複数の統計資料を組合わせることで,既存のミクロデータの地理情報を細分化でき,単独のデータでは把握困難であった都市内部の所得の地理的分布を推定できる。
 第三に,推定結果は個票データの形式で得られるため,所得と交通手段とのクロス集計を作成するなど,分析目的に応じて新たな集計や地図作成が可能になる。また世帯単位で個票データを集計することで,世帯所得や世帯人員所得を考慮した分析を実施できる。
 今後の課題として,小地域単位での所得推定精度をより高めるためには,職業別や地域別の所得分布を組み込んだ高度な統計モデルの採用が考えられる。さらに,就業者以外の所得を推定することで,交通行動や購買行動,地震防災などの都市空間分析において,所得の地理的差異を踏まえた分析が可能になるであろう。

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© 2009 人文地理学会
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