人文地理学会大会 研究発表要旨
2010年 人文地理学会大会
セッションID: 303
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第3会場
岩手県北部における野菜産地の形成とその歴史的基盤
*清水 克志
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抄録

_I_.はじめに  岩手県北部の農村地帯は、畑地の卓越や雑穀生産地帯であったことから、かつては、低生産地域と位置づけられてきた。ところが、現在では、冷涼な気候を活かした夏秋季の野菜主産地へと変貌した。本発表では、岩手県北部の野菜産地化の歴史的基盤について、戦前から昭和30年代にかけて日本一の出荷量を誇った「南部甘(かん)藍(らん)」(キャベツの意)生産の展開と、その主要な担い手であった産地仲買人の動向に着目しながら考察することを目的とする。

_II_.「南部甘藍」の産地形成  岩手県においてキャベツは、冬季に貯蔵可能な野菜として、明治前期の導入当初から盛岡近郊の民間育種家を中心に積極的に受容され、明治30年代には「南部甘藍」が育成された。また大正期頃からは、盛岡近郊で生産されたキャベツが東京市場へ出荷され始め、都市需要の増大とともに、岩手県北部 の沼宮内駅や奥中山駅、平館駅の周辺地域へ産地が拡大した。とりわけ沼宮内駅を中心とする一帯では、産地仲買人が、農家に対して、種苗や肥料を提供し、青田買いによる買い取り方式が一般的であったが、農家にとっては、唯一とも言える換金作物であるだけでなく、お盆や秋祭りの前に現金収入を得られる等、様々なメリットがあった。結球が緊密で長距離輸送が可能な南部甘藍は、その特性を活かし、京浜市場をはじめ、関西、九州市場にまで移出された。
 しかしながら、連作障害によるゴマ病の発生や長野・群馬両県における軟らかく生食向きのキャベツ主産地の台頭によって、南部甘藍の産地は、昭和38年(1963)頃を境に急激に衰退した。

_III_.青果販売会社による産地の再編  「南部甘藍」産地の衰退後の岩手県北部畑作地帯では、行政や系統農協が陸稲やビート等の安定作物の生産を加工作物を奨励された。そのような状況の中、当該地域の野菜産地の立て直しを推進したのは、かつての「南部甘藍」の産地仲買人らが設立した青果販売会社(I社)であった。
 I社では、キャベツの後継作物について、都市市場の取引業者と情報交換を図りながら、当時需要が急増し始めたレタスや短根ニンジンなどに着目し、栽培指導を実施しながら、その産地化を推進した。_I_社では、かつての「南部甘藍」産地を拠点として、集配場や予冷施設を充実させ、鉄道駅から遠く、従来野菜産地化が難しいとされた安代町(現、八幡平市)や葛巻町、軽米町、沢内村、川井村(現、宮古市)など、山間部にまで野菜産地を拡大させた。
 I社では1978年当時、3,000戸を超える農家との取引があったが、年間取引金額が500万円を超える農家層も現れる一方、取引金額が少ない農家にとっても、野菜生産による現金収入の獲得は、子弟の進学費用の捻出や冬季における男性の出稼ぎ労働期間の短縮を可能にする等、様々な恩恵をもたらした。

_IV_.岩手県経済連と_I_社との合併以降  1970年代には、岩手県南部稲作地帯における減反政策の推進や東北自動車道の開通などと相俟って、系統農協においても野菜産地化の推進が強化されるようになった。このことを受け、1979年には、岩手県からの野菜販売ルートを一本化し野菜主産地化を図るべく、県の指導の下、岩手県経済連と_I_社との合併が成立した。合併後の岩手県経済連では、土壌診断や予冷設備の充実、商社の経営感覚を採り入れた販売戦略などで、野菜産地振興を推進することとなった。
 1980年代後半以降は、低利用牧野を活用し野菜産地の拡大を図る野菜販売高500億円達成運動、「いわて純情野菜」の銘柄での販売戦略等を展開し、キュウリ、トマト、ピーマン、ダイコン、キャベツ、ホウレンソウ、レタス、トウモロコシ等、多彩な品目を有する夏秋季の野菜主産地となってきた。中でも、岩手県北部の岩手町とその隣接地域は、春系キャベツである「いわて春みどり」やレタス、ダイコンなど土地利用型品目の大規模生産が行われ、岩手県内でも中核的な野菜産地となっている。

_V_.結びにかえて  以上の分析により、岩手県北部における現在の野菜産地の形成には、戦前から昭和30年代にかけて展開した南部甘藍が、歴史的な基盤として重要な役割を果たしているといえる。また、その担い手としては、南部甘藍の時代以来、野菜出荷を主導してきた産地仲買人の存在が際立つが、彼らは、旧来から培った都市市場との人的ネットワークを活用したり、技術指導を通し、産地に栽培や荷造り等の新技術を導入する等、農政における園芸振興の低迷期ともいえる間隙を埋め、現在に続く野菜産地化への橋渡し役を果たす存在であったことが指摘できる。

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© 2010 人文地理学会
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