人文地理学会大会 研究発表要旨
2011年 人文地理学会大会
セッションID: 310
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第3会場
フランスにおけるクラスター政策の広域連携
アキテーヌ、ミディ・ピレネー両地域圏における「競争力の極」
*岡部 遊志
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抄録

1,はじめに
 フランス政府はフランスの国際競争力の低下を懸念し,2005年に「競争力の極」政策を開始した.本政策は,フランス中央政府と地域圏が共同で遂行するクラスター政策である.本政策では,官民が共同でプロジェクトを実行するプラットフォームを構築し,研究開発の強化・発展をはかっている.現在71を数える「競争力の極」は通常,地域圏ごとに設定されるが,複数の地域圏にまたがるものもある.
 本報告では,こうした複数の地域圏によって運営される「競争力の極」を,地域政策の広域連携として捉えたい.本報告では,フランスにおける「競争力の極」の広域連携が,地域の競争力の強化にどのように関わっているのか,フランス政府が広域連携をなぜ推奨するのか,これらの点を検討することにしたい.
 本報告で事例としてあげるのが,フランス南西部に位置するアキテーヌ地域圏とミディ・ピレネー地域圏の両地域圏により運営される航空宇宙産業クラスター「アエロスパース・ヴァレー」である.
 本報告では,まず両地域圏における航空宇宙産業の歴史を概観し,地域特性を明らかにしたうえで,アエロスパース・ヴァレーにおける広域連携の実態を,「ビジネス戦略分野」の参加企業のデータベースの分析とヒアリングを通じて明らかにする.

2,両地域圏における航空宇宙産業の発展過程
 アキテーヌ,ミディ・ピレネーの両地域圏の集積の形成過程は両地域圏ともほぼ同じである.この地域の航空宇宙産業の集積は,第2次世界大戦前に軍需産業が疎開してきたことからはじまる.その後1960年代の産業の地方分散政策の対象地域となり,両地域圏,特に両地域圏都であるボルドーとトゥールーズにはハイテク産業や航空宇宙産業関連の教育・研究機関がパリから移転した.特にトゥールーズは1970年代にエアバスの本社がパリより移転するなどフランスの航空宇宙産業の中心地となった.
 このように発展過程は共通しているが,両地域圏の産業の地域分布は異なる様相を見せる.アキテーヌ地域圏の航空宇宙産業はダッソーが中心となる.ダッソーの製造拠点はボルドーやビアリッツに所在し,比較的,地域圏全体に分散している傾向にある.
 これに対し,ミディ・ピレネー地域圏にはエアバスの生産拠点やそのサプライヤーが集積しているほか,航空機などの搭載システム分野が著名である.なおこれらの産業はトゥールーズとその周辺の自治体に一極集中している.

3,アエロスペース・ヴァレーにおける広域連携
 アエロスパース・ヴァレーはトゥールーズを中心とし,ミディ・ピレネー,アキテーヌ両地域圏にまたがる航空宇宙産業に関するクラスターであり(図2),300社以上の企業,約65,000人の雇用者を有する.
 アエロスパース・ヴァレーでは,表に示したように,9のビジネス戦略分野が設定されている.ここでは,各ビジネス戦略分野への参加企業の地域分布を分析し,広域連携の実態を分析したい.
 ビジネス戦略分野は参加企業の地域分布によって3つの分類に分けられる.分類Aはトゥールーズへの集中が顕著な分野であり,ビジネス戦略分野の4,5,6,7が含まれる.この分野は航空機や衛星などの搭載システムといったシステム開発や,それに関連したサービスが中心である.これらの分野はトゥールーズにおいて最もポテンシャルを有する分野であるとされている.
 分類Bは両地域圏都へ集中している分野であり,ビジネス戦略分野の3と9がこれに該当する.新しい技術の開発がこの2分野では重視されており,研究機関などの参加が多くなっている.
 分類Cにおいては参加企業が両地域圏全体に分布する傾向にある.この分野はサプライヤーやメンテナンスといった分野を重視しており,中小企業の参加も多くなっている.
 これらから,アエロスパース・ヴァレーのビジネス戦略分野の特徴として,1)航空宇宙産業の中心地であるトゥールーズの支援,2)研究・開発における両地域圏都の重視,3)中小企業などの援助を通じた両地域圏全体への配慮,が挙げられる. 2)と3)は両地域圏に関わるものであり,中小企業支援と新技術開発の分野で広域連携を推進しているといえよう.

4,おわりに
 アエロスパース・ヴァレーは両地域圏を,広域連携を行うことによって結び付け,より高い競争力を発揮できる基礎を構築しようとしている.しかし,依然としてトゥールーズのみを支援するビジネス戦略分野が多く,トゥールーズとその他の地域との間の格差を招きかねないという課題が残っている.

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