抄録
水に浮かべられたコオロギは遊泳を開始する。遊泳中は左右の対をなす肢が同位相で前後するが, 多くの場合, しばらくすると遊泳が停止する。そのようなコオロギに空気流刺激や接触刺激を与えると, 再び遊泳が解発される。遊泳は孵化後間も無い1齢幼虫で観察されることから, 生得的な行動であることがわかる。水にメチルセルロースを添加して粘性を増加させると, 空気流刺激に対する遊泳の発現率が減少し, 逆に歩行の発現率が増加する。また, 肢を切除された個体では, 遊泳の発現率が減少し, 水上でも飛翔の発現率が増加するようになる。このような空気流刺激に対する行動の切替えは, その感覚情報が, 他の感覚入力によって修飾を受け, 異なる運動プログラム(パターンジェネレター)の活動を引き起こすためと考えられる。本稿では, われわれが行動学的および神経生理学的研究によって明らかにしてきたコオロギの行動切替えのメカニズムについて概説する。特に, コオロギの遊泳の発現と肢に存在する水受容器との関係, あるいはこの行動発現における巨大介在ニューロンの役割について述べる。また, 遊泳の発現に必要な食道下神経節内に存在する遊泳解発ニューロンについても紹介する。