抄録
本稿は,縄文時代におけるダイズ種子の形態・形質変化に関するこれまでの研究を整理した上で,山梨県堰口遺跡の検出資料をケーススタデイとして,縄文時代前期から中期の種子の大きさと表皮組織を中心とした時間的変化の分析を行った。その結果,縄文時代中期前半には種子の大型化現象が進む一方で,ブルームと呼ばれる表皮構造にはほとんど変化が見られないことが判明した。このことは,栽培化症候群の一現象である種子の大型化に比べ,光沢表現型や表皮構造の変化のタイミングが遅れることを示唆している。これまでの先行研究と今回の分析結果を整理すると,中部高地においてはダイズの種子大型化が約5500 ~ 5100 年前に顕在化しはじめ,表皮構造の変化が約5100 ~ 4900 年前以降,種子形態の多様化が約4900 ~ 4400 年前以降に進行しつつあったと捉えることができる。種子の大型化や形態分化,表皮構造などの複数の形質変化の時間差は,縄文時代におけるダイズGlycine max のドメスティケーションのプロセスを示していると考えられる。