抄録
北海道東部に生息するタンチョウGrus japonensisの行動圏面積,採餌環境選択,行動圏内の餌資源量を,従来の繁殖環境である湿原タイプと新しい繁殖環境である農地タイプ間で比較することで,農耕地域での繁殖が可能となる要因を検討した.行動圏面積に関して,農地タイプは湿原タイプに比べて全育雛期の行動圏が広く,育雛ステージを進むにつれて拡大する傾向があった.採餌環境選択に関して,農地タイプは湿原環境のみに依存することなく,育雛ステージを進むにつれて湿原環境の利用は弱まり,代わりに耕作地や人工地を利用した.行動圏内の餌資源量に関して,総量では農地タイプは湿原タイプと大きな差はなかったが,湿原タイプの餌資源が動物類の餌のみであったのに対し農地タイプの餌資源はデントコーンといった農作物の植物類の餌が多くを占めた.従来,繁殖期を通じて湿原環境に強く依存するとされてきたタンチョウが,農耕地でも繁殖するようになったのは,採餌場を湿原に限定せず,行動圏を拡大して牛舎などの人工地を活発に利用し繁殖に必要な餌量を確保したためと考えられる.しかし人工地やデントコーン作物に対する強い選好性は,栄養分の不足や偏り,有害化学物質の摂取,人や車との接触の危険性をもっている.これらの保全対策として,道路や牛舎への移動を遮ることや,動物類の餌量が十分に確保できる湿原や水場環境を農耕地に創出することが必要であろう.