保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
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原著論文
  • 大平 まどか, 平田 瑞穂, 赤坂 卓美, 久保 雄広
    2022 年 27 巻 2 号 論文ID: 2103
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス

    持続的な生態系サービスの享受には生物多様性の保全が必要である。なかでも普通種の保全は、生態系の健全性や生物多様性の維持において大きな意味をもつ。しかし、生物多様性の保全に関する議論の多くは、これまで希少種ばかりが着目されてきた。特に、人の生活する環境にも豊富に存在する普通種の保全には、地域住民による保全行動が重要であるが、地域住民における普通種への意識や保全意欲についてはその多くが未だ不明である。そこで本研究は、地域住民による生物多様性の保全行動を促進することを目的に、北海道十勝管内の地域住民を対象に、鳥類の普通種に対する保全意欲(保全への支払意志額)と普通種に対する知識(種判別に関する知識)、認識(生活の中で認知)、および関心の関係を、鳥類に関するアンケート調査により明らかにした。この際、普通種の構成は地域によって異なることを考慮し、十勝管内において鳥類の定点観察を実施し、その結果から本調査地域の普通種を特定した。また、鳥類への認識や知識は、鳴き声によるもの、姿を目視することによるものに違いがある可能性を考慮し、十勝管内の多くの場所でさえずりが確認できる種を聴覚的普通種、姿を確認できる種を視覚的普通種として定義した。結果、普通種に対する保全意欲は、聴覚的普通種と視覚的普通種では異なる因子が関係しており、聴覚的普通種への保全意欲は聴覚的普通種に対する認識が、視覚的普通種への保全意欲は視覚的普通種に対する知識の程度が関係していることが明らかになった。また、本研究において種同定能力は両タイプの普通種で低かったが、平均支払意志額は 500円を超えていた。さらに種を同定できた被験者は、その知識を家庭教師や家族などの他者から得ていた。そのことを考慮すると、今後、地域での普通種の保全を推し進めるためには、環境教育をはじめとした効果的な情報提供、また外来種等の実情に関する情報共有などが求められるだろう。

  • 鬼頭 健介
    2022 年 27 巻 2 号 論文ID: 2125
    発行日: 2022/08/03
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/08/03
    ジャーナル フリー
    電子付録

    生態系サービスを持続的に享受するためには、その定量的評価が重要であるが、文化的サービスの評価は他の生態系サービスと比べて進んでいない。文化的サービスの 1つである、芸術にインスピレーションを与えるサービスは、生態系を対象にした芸術作品の数を用いて評価されつつある。しかし、一般市民が作った現代の芸術作品を評価した国内の事例はない。そこで本研究では、鳥類を対象にした現代俳句を題材に、本サービスの定量的な評価を試みた。朝日新聞の投句欄である朝日俳壇に掲載された俳句の中から、鳥類を対象にした俳句を収集し、 2014 -2019年に掲載された鳥類の各科の俳句数と生息環境の関係を調べた。さらに、 1996 -2019年に掲載された鳥類を対象にした俳句数の年変化を調べ、本サービスの増減傾向を調べた。解析の結果、農地、湖沼河川に生息している鳥類の科の俳句数が多いことが分かった。両環境では人と鳥類が生活空間を共有しているため、本サービスが提供されやすいと考えられた。俳句数の変化を調べた結果、鳥類を対象にした俳句の総数は変化していなかった。しかしその内訳を調べると、特定の科に限定されない鳥綱全体を対象とした俳句は増加しており、特定の各科を対象とした俳句は減少していた。この傾向の理由として、特定の科を対象とする俳句を詠むのに必要な、種の識別や生態に関する知識レベルや、詳細な観察意欲が低下していることが影響している可能性が考えられた。これらの結果を踏まえて、農地と湖沼河川を中心とした生態系の保全や、生態に関する知識の教育などが、本サービスの維持にとって重要である可能性が考えられた。本研究は、日本の現代の芸術を対象にインスピレーションサービスを定量的に評価した貴重な事例である。この結果を他の生態系サービスの定量的評価に統合することで、よりバランスの取れた保全に関わる意思決定につながるだろう。

  • 野中 貴文, 土屋 一彬, 大黒 俊哉
    2022 年 27 巻 2 号 p. 169-
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    自然環境とふれあう機会の乏しい都市域において、生物の鳴き声は、能動的に緑地を訪れる機会の少ない人々を含めた都市住民に自然を体験する機会を提供する。こうした日常的な自然の体験は、保全活動全般に対する人々の態度にも影響しうる。日本国内においては、セミ科の昆虫(セミ類)の鳴き声は古くから人々によって広く親しまれており、都市域においては緑地のみならず住宅地の中でも体験することが可能である。他方で、生物に関する体験や知識の喪失が、保全に向けた取り組みを社会の中で推進する上での課題として指摘されており、都市住民が近隣環境における鳴き声の存在を認識できていない可能性もある。本研究は、都市域におけるセミ類の生息状況と、住民が鳴き声を聞いた頻度に関する認識の関係を、鳴き声に対する知識を含めた多様な社会属性の影響もあわせて検証することで、鳴き声の体験についての基礎的知見を得ることを目的とした。対象地は東京都文京区とし、セミ類を対象とした鳴き声による生息状況調査と、鳴き声の知識や聞いた頻度の認識に関する質問票調査を夏季の同じ期間に実施した。生息状況調査の結果、 5種の鳴き声が確認され、確認された調査地点の割合は、多い順にアブラゼミ、ミンミンゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシであった。他方で、より多くの質問票調査の回答者が鳴き声の体験を認識していた種は、順にミンミンゼミ、ツクツクボウシ、アブラゼミ、ニイニイゼミ、ヒグラシであり、近隣での鳴き声が多い種が都市住民によって必ずしも認識されていない傾向がみられた。また、生息状況調査から把握した近隣環境における鳴き声の有無に加えて、鳴き声による種名の正答、幼少時および現在の野外環境体験頻度、自然に感じる親しみの程度が鳴き声を聞いた頻度の認識と正に関係していた。これらの結果は、生物の生息状況に加えて、生物の知識をはじめとする多様な社会属性に影響されて都市住民の自然体験が形成されていることを示唆していた。

  • 桜井 良, 上原 拓郎, 近藤 賢, 藤田 孝志
    2022 年 27 巻 2 号 p. 181-
    発行日: 2022/10/25
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/25
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    海洋や海洋資源の保全及び持続可能な利用は世界共通の目標であり、そのためには海洋について理解や関心を深めるための一般市民への教育が重要である。また人口が減少しつつある地域では、都市などに住みながらも当該地域に愛着を持つ関係人口の育成が課題である。本研究では、全国に先駆けて 1980年代から地元の漁師がアマモ場の再生に取り組んできた岡山県備前市立日生地区にあり、総合的な学習の時間を使い海洋学習を行ってきた市立日生中学校を対象に、全校生徒へのアンケート調査( n = 131)より、生徒の海への態度や保全意欲などを明らかにした。本研究ではアンケート調査のリッカート尺度による項目の分析とともに、自由記述のテキストマイニングや絵の解析も行った。リッカート尺度項目の解析では地域への愛着や地元の海を保全することへの意欲など 9つの項目において、海洋学習を受けた期間を意味する学年ごとの平均値に差が見られなかった。一方、自由回答の分析により 2、3年生は 1年生より海洋学習で学ぶ内容に関する記述(例:再生活動、アマモ)が増えること、また絵の分析より 3年生は 1, 2年生と比較して海の中の生物の豊かさについて描写する生徒が多いことが明らかになり、自由記述のテキストマイニングや絵の解析の重要性が示唆された。なお重回帰分析により地域や地元の海への興味関心及び愛着と日生地区の海に対する保全意欲には相関があることが明らかになった。日生中学校の海洋学習は、生徒に海に関する知識を伝達するだけでなく、地元の人との交流や漁師との協働に力点を置いており、このことが生徒の地域への愛着を深め、海に対する保全意欲を高めること、更に将来にわたって地域に関わろうとする関係人口の育成に寄与していると考えられる。

  • 脇 翔吾, 赤坂 卓美, 安藤 駿汰
    2022 年 27 巻 2 号 p. 197-
    発行日: 2022/10/25
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/25
    ジャーナル オープンアクセス
    J-STAGE Data

    今日急速に普及している風力発電は、温室効果ガスの削減に大きく貢献する一方で、コウモリ類の事故問題が顕在化してきている。しかし、近年大型風車と同様に普及が進んでいる小型風車による影響は軽視されてきた。そこで本研究では、小型風車によるコウモリ類への影響を把握することを目的に、北海道根室振興局内に存在する小型風車を対象に、小型風車の存在がコウモリ類の活動量に与える影響を明らかにした。キタクビワコウモリとヤマコウモリ属 /ヒナコウモリ属の活動量は風車直近の方が対照区(風車から 100 m以上離れた場所)よりも高かった。また、ホオヒゲコウモリ属の活動量は区間で違いはなかった。本研究の結果は、小型風車では、これまで大型風車で死亡リスクが高いといわれてきた属(キタクビワコウモリとヤマコウモリ属 /ヒナコウモリ属)だけでなく、死亡リスクが低いとされてきた属(ホオヒゲコウモリ属)も少なからず影響が受ける可能性を示唆する。このことから、今まで軽視されてきた小型風車におけるコウモリ類の保全対策は急務であると言える。

調査報告
  • 橋本 啓史, 木村 元則, 戸丸 信弘
    2022 年 27 巻 2 号 p. 209-
    発行日: 2022/08/03
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/08/03
    ジャーナル フリー
    電子付録

    暖温帯林における主要な優占樹種シイノキ類(スダジイ、コジイおよびその雑種)の林は日本各地で保護上重要な特定植物群落に指定されており、その中には孤立して残存する小面積の社寺林も多い。シイノキ類は虫媒であることが知られているが、都市に残るシイノキ林の繁殖・更新および遺伝的多様性を維持する上で重要な中・長距離の孤立林間の送粉者の候補を明らかにすることを目的に、本州中部の都市・名古屋市の都市孤立林でシイノキ類訪花昆虫相を調査した。観察のみの記録も含めると、合計 6目 33科 45属 65種以上(種までの同定に至らなかったものも 1種と数えた場合)が記録された。特に日没後も調査を行ったことで夜行性の蛾類も多種が訪花していることが確認できた。生態的特徴などから推測すると、シイノキクロカスミカメ、エグリヅマエダシャク、スズメバチ類、アシナガバチ類、コマルハナバチ、コアオハナムグリが、都市域における有力な中・長距離のシイノキ類の送粉者の候補ではないかと考えられた。

  • 荒木 友子, 藤岡 正博
    2022 年 27 巻 2 号 p. 221-
    発行日: 2022/08/03
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/08/03
    ジャーナル フリー
    電子付録

    日本の農業地帯で水域ネットワークの一部をなす小河川は、フナ類やドジョウなど私たちに馴染み深い淡水魚の生息地であるが、保全分野や行政の関心は高くなく、生物相の報告は少ない。そこで、茨城県の霞ヶ浦に注ぐ中規模河川である恋瀬川の 3支流(川又川・小川・宇治会川)に計 30箇所の調査地点を設け、電気ショッカーによる魚類採捕調査と水深や流速、植生被度などの環境調査を 2010年から 2011年にかけての冬・春・夏・秋に各 1回行った。延べ 119回の捕獲調査によって 18種、 27,086尾の魚類を捕獲した。このうちタイリクバラタナゴは国外外来種、タモロコ、カワムツ属が国内外来種だった。一方、スナヤツメ、ギバチ、ミナミメダカ、ヤリタナゴ、ドジョウ、カジカの 6種が環境省(2020)のレッドリスト掲載種であった。川又川には一年中高さが変わらない固定堰が 4個と灌漑期のみ水をせき止める可動堰が 5個、小川には可動堰 2個、宇治会川には固定堰 8個と可動堰 1個があった。堰の密度・コンクリート底面の比率・植生被度のいずれの指標からも自然度は小川でもっとも高く、宇治会川でもっとも低かった。調査当たりの種数と調査地点当たりの多様度指数は、小川でもっとも高く、宇治会川でもっとも低かった。調査地点の下流側直近に堰がある場合にはない場合と比べてオイカワ、タモロコ、ギバチ、モツゴの捕獲個体数および種数が少なく、その差は、特に固定堰との間で顕著であった。本研究の結果は、河川横断人工構造物、特に年間を通して落差が維持される固定堰は、平野部小河川に生息する多くの淡水魚に負の影響を与えることを示唆している。堰上げによって河川水を灌漑に利用する場合には、例えば、落差の小さな可動堰とするなど淡水魚への影響を小さくする対策を講じることが望ましい。

  • 渡辺 恵, 嶌本 樹, 渡辺 義昭, 内田 健太
    2022 年 27 巻 2 号 p. 237-
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス

    近年、野生動物への餌付けは、個体の行動や生物間相互作用の変化を引き起こすなど、生態系への影響が危惧され始めた。そのため、生物多様性保全の観点から、一部の地方自治体では、餌付け行為を規制する動きが見られる。しかし、国内において餌付けが与える影響を調べた研究は、大型の哺乳類を始めとした一部の生物に限られているなど、未だ限定的である。本調査報告では、滑空性の哺乳類であるエゾモモンガへの餌付けの捕食リスクへの影響を明らかにすることを目的に、北海道網走市の餌台が設置された都市近郊林におけるルートセンサスにより、 1.餌台の利用頻度と、 2.自然由来の餌と人為由来の餌を利用する場合の行動の比較(採食中の滞在高さと一か所の滞在時間)、 3.聞き取り調査も加えてイエネコやキタキツネなどの捕食者の出現と捕食事例について調査を行った。調査の結果、エゾモモンガは餌台を頻繁に利用していた。人為由来の餌を利用する場合は、自然由来の食物を利用する場合よりも、採食中の滞在高さが有意に低く、一か所の滞在時間が有意に長かった。また、聞き取りから調査した冬に餌台周辺でイエネコによる捕食があったことがわかった。餌台を介した餌付けは、エゾモモンガの採食行動を変化させ、捕食リスクを高めることに繋がると考えられる。今後は、餌付けによる生態系への影響を評価するために、餌台のある地域とない地域での比較など、更なるモニタリングが必要だろう。

  • 喜多村 鷹也, 岩井 俊治, 重松 佑依, 三浦 智恵美, 三浦 猛
    2022 年 27 巻 2 号 p. 247-
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス

    有藻性イシサンゴ類(以下:サンゴ)は、細胞内に褐虫藻が共生するイシサンゴ目に分類される生物であり、熱帯から温帯域にかけての浅海に広く分布する。サンゴは、浅海性生物の種の多様性を支える基盤であり、重要な地域資源でもあるため、保全の対象とされている。サンゴ保全活動の中で問題視されるものの一つに食害生物による食害がある。食害生物として知られるサンゴ食巻貝は、稀に高密度集団を形成してサンゴを食害することで世界各地のサンゴ群集に被害をもたらしてきた。日本におけるサンゴ食巻貝の高密度集団の発生は、 1976年に三宅島で初めて記録された。その後、沖縄県を起点として、黒潮流域に位置する各地で連続的に発生が確認された。四国西南部では、サンゴ食巻貝の一種であるヒメシロレイシダマシ Drupella fragumの高密度集団による食害が確認されて以降、駆除活動が継続的に実施されている。本研究では、四国西南部にて実施されてきた駆除活動にて得られた資料を元にこれまでのサンゴ食巻貝の駆除状況をとりまとめると共に、近年におけるサンゴ食巻貝の発生状況を評価する。また、近年の駆除活動にて採取されたサンゴ食巻貝を種同定し、四国西南部における近年のサンゴ食巻貝の種構成を明らかにすることを目的とした。本海域におけるサンゴ食巻貝の年間駆除個体数は、 2000年頃まで減少の傾向がみられず、高密度集団における食害が継続していたと推察された。 2014年に環境省によって実施された調査にて目立ったサンゴ食巻貝の集団が確認されたのは、足摺地域 63地点中 1地点のみであり大発生の収束が示唆された。また、本研究にて 2014年以降のサンゴ食巻貝の年間駆除個体数および、努力量あたり駆除個体数をとりまとめた結果、共に低い値で推移しており、 2020年におけるサンゴ食巻貝の発生状況は平常と評価された。これらのことから、海域全体を通した大発生は収束したと言える。愛南町で 2015から 2017年に駆除されたサンゴ食巻貝の種組成を調査した結果、ヒメシロレイシダマシの駆除数が全ての年で最も多かった。近年のヒメシロレイシダマシの駆除数の割合は、愛南町で 1991年に本種の高密度集団が記録された際と比べると低下しているが、本種の駆除数は現在もその多くを占めることから、本海域のサンゴ群集保全のためには本種の増減に注視していく必要がある。

  • 水谷 晃, 藤吉 正明, 河野 裕美
    2022 年 27 巻 2 号 p. 257-
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス

    タイワンハマサジは、日本国内において沖縄県八重山諸島の仲ノ神島にしか生育していない絶滅危惧種である。その保全に資する情報提供のため、 2017年から 2021年までの 5年間の写真記録をもとに、島内での詳細な分布や開花期間等の生育状況を取りまとめた。タイワンハマサジは、東側の北海岸に複数の集団を形成しており、また南海岸や島の中央部にも分布していた。特に、海岸付近の砂礫堆積地では比較的高い密度で生育し、岩棚等の岩上及び土壌が形成された急傾斜地で疎らであった。また、 2月頃から花茎が出現し、開花期間は 3月から 7月までの 5ヶ月間と長期間であるが、その最盛期は 4月であることが明らかになった。

  • 田村 淳, 中西 のりこ, 赤谷 美穂, 石川 信吾, 伊藤 一誠, 町田 直樹, 永井 広野, 野辺 陽子, 長澤 展子
    2022 年 27 巻 2 号 p. 263-
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    シカの累積的な採食圧により絶滅が危惧される多年草の回復を評価するには、設置年の異なる植生保護柵を用いて長期にわたり継続調査することが有効である。本研究では、 1980年代後半からシカの強い採食圧を受けてきた丹沢山地のブナ林に 1997年に設置された 3基の柵( 1997年柵)と 2003年に設置された 4基の柵( 2003年柵)、2010年に設置された 3基の柵( 2010年柵)を用いて、シカの個体数管理が行われている柵外も加えて、神奈川県絶滅危惧種の多年草の種数と個体数を継続して調べた(ただし、柵により不定期調査)。1997年柵では 5年目に 6種が出現して、それ以降種数は減少した。一方、 2010年柵では、時間の経過につれて出現種数が増加して 10年目には最大の 5種が出現した。個体数では、 1997年柵ではハルナユキザサとレンゲショウマを除き減少し、 2010年柵では時間の経過に伴い増加する種が多かった。 1997年柵と 2003年柵、 2010年柵の 5年目の比較では、 1997年柵で個体数の多い種が 2種あった。これらの結果は、シカの累積的な採食圧を長く受けた後に設置された柵では、先に設置された柵よりも回復までに時間はかかるものの、柵を長く維持することで新たな種が出現したり個体数が増加したりする可能性があることを示している。一方、柵外ではヒカゲミツバの 1種のみが継続して出現し、 8年目にはクルマユリやハルナユキザサなど 4種が初めて出現したがクルマユリを除いてその年のみの出現であった。また、個体数は柵内と比較して少なかった。このように丹沢山地では、シカの採食圧を 20年以上受けた後に設置された柵内で 5年以上かけて回復した絶滅危惧種が存在することを確認した。一方、柵外では絶滅危惧種の回復は限られていた。これら柵内外の結果は本調査地に特有の可能性もあるため、他地域においても柵の設置と個体数管理の有効性を検証することが望まれる。

  • 佐々木 翔哉, 大澤 剛士
    2022 年 27 巻 2 号 p. 275-
    発行日: 2022/10/25
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/25
    ジャーナル オープンアクセス

    タヌキ Nyctereutes procyonoidesは、東アジア地域に分布する食肉目イヌ科の中型哺乳類である。タヌキは人間の生活圏の近くにも生息し、農業被害や衛生上の問題等の様々な問題を引き起こすことがある。近年では、日本の様々な地域のタヌキ個体群において、疥癬症が流行している。ヒゼンダニ類が寄生することによって生じる疥癬症は、宿主の健康状態を悪化させ、活動や生態等に様々な影響を与える。疥癬症が引き起こす影響の 1つとして、夜行性の野生動物が昼間に活動するようになることが知られているが、タヌキにおけるその定量的な報告はほとんどみられない。タヌキの疥癬症を引き起こすイヌセンコウヒゼンダニはヒトやネコにほとんど寄生しないとされるが、感染したタヌキの活動が昼間に行われることで、昼に屋外に出されることが多いイヌにイヌセンコウヒゼンダニが感染する可能性が高まるほか、タヌキが持つ他の人獣共通感染症やダニ類などの寄生生物とヒトとの接触機会が増加する可能性がある。そこで本報告は、疥癬症に感染したタヌキが生息する東京都西部の 4つの都市公園において、約 1年間のカメラトラップ調査を行い、疥癬症に感染しているタヌキと健常なタヌキの活動時間を定量的に比較した。その結果、疥癬個体は健常個体よりも高率で昼間に活動していることが示された。この結果は、疥癬症が実際にタヌキの昼間の活動を引き起こしていることを示唆するものである。

  • 鈴木 紅葉, 小林 勇太, 高木 健太郎, 早柏 慎太郎, 草野 雄二, 松林 良太, 森 章
    2022 年 27 巻 2 号 p. 283-
    発行日: 2022/10/25
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/25
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    森林の再生は、気候変動や生物多様性の損失などの社会課題に対する有効な手段の一つである。北海道知床国立公園内の森林再生地では、本来の潜在植生である針広混交林の再生を目指した森林再生活動が実施されている。ここでは、科学的知見をもとに合意形成し、管理手法を実践しながら改善する適応的管理のアプローチが取り入れられている。本稿では、この森林再生活動の成果を航空機レーザ測量およびドローン写真測量を用いた林冠構造解析によって評価した。具体的には、植栽地における樹冠高と構造的多様性、代表的な森林タイプにおける 2004年から 2020年までの 16年間の森林成長量を算出した。その結果、在来種の植栽地では他の森林タイプよりも顕著な森林成長が見られたものの、構造的多様性の回復は遅いことがわかった。このことから、活動開始から約 40年が経過しても未だ構造的多様性の回復には至っていないことが示唆された。当地での適応的管理に基づく森林再生活動の内容を紹介し、森林再生のあり方を議論することで、他地域における参考情報を提供したい。

実践報告
  • 田村 淳, 赤谷 美穂
    2022 年 27 巻 2 号 p. 297-
    発行日: 2022/08/03
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/08/03
    ジャーナル フリー
    電子付録

    神奈川県絶滅危惧Ⅰ A類のヤシャイノデについて、丹沢山地の生育地で個体数と葉サイズ、生育環境を追跡調査するとともに、胞子培養から育苗して現地に植え戻した個体の生育状況を調査した。また、丹沢山地に隣接する山梨県道志山地においても個体数と葉サイズ、生育環境を調べた。丹沢山地のヤシャイノデは 2004年に 21個体あったが、経年的に減少して 2020年には 5個体のみとなり、いずれもソーラスの無い未成熟個体であった。 1個体あたりの葉数は 6枚以下で葉サイズが 400 mm未満のものがほとんどであり、シカの採食によるものと考えられる先端の切れた葉を持つものが多かった。生育環境は傾斜 50°以上の「岩壁」や「風化した岩壁」である場合が多く、 2006年に「斜面」に生育した 3個体は 2020年には無くなった。現地に植え戻した個体は当初 3個体であったが、 5年後に 2個体となり、いずれも葉サイズは 300 mm未満の未成熟個体であった。道志山地のヤシャイノデは 16個体あり、うち 12個体はソーラスのある成熟個体であった。また 8個体にはシカの採食によるものと考えられる先端部の切れた葉があった。 1個体あたりの葉数が 5枚以上、葉サイズが 400 mmを超えるすべての個体は成熟個体であった。葉サイズは丹沢のものよりも統計的に有意に大きかった。生育環境は、丹沢山地と同様に傾斜 50°以上の「岩壁」や「風化した岩壁」である場合が 60%を占めた。以上のことから、丹沢山地のヤシャイノデは 5個体しかなく、成熟個体も無いことから、いつ絶滅してもおかしくない危機的な状況といえた。植え戻した個体は 5年が経過してもソーラスを付けるサイズに至っていないことから、植え戻した場所はヤシャイノデの生育に適した場所ではなかった可能性がある。道志山地では丹沢山地と比較して個体数が多く、葉サイズも大きく、ソーラスを付けた成熟個体も多数確認できたことから、良好な状況と判断できる。しかしながら、 20個体に満たないこと、シカの影響もあることから予断を許さない。ヤシャイノデの保全に向けて、野生個体とともに植物愛好家の栽培個体を含めて詳細な遺伝解析をしたうえで、増殖を準備する段階にきている。

保全情報
  • 冨士田 裕子, 倉 博子
    2022 年 27 巻 2 号 p. 305-
    発行日: 2022/10/25
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/25
    ジャーナル オープンアクセス

    北海道東部網走湖の南東部湖畔には樹高 30 mにも達するハンノキとヤチダモを主体とする湿性林が帯状に分布しており、そのうち長さ約 2 km、面積約 56 haの範囲は、 1972年 6月に国の天然記念物「女満別湿生植物群落」に指定されている。北海道の低地に広範囲に分布していた湿性落葉広葉樹林は、開拓の進展とともに消失し、原生の景観を残す林分はほとんど残っていない。天然記念物指定により女満別湿生植物群落が残ったことは、学術的にも北海道の自然景観を保存するという点においても非常に価値が高い。本報では学術的に重要な林が今日まで保護されるに至った天然記念物指定の経緯を、文献探索や聞き取り調査などから明らかにした。調査により、第二次世界大戦前よりこの林の価値を認め、網走湖畔の湿性林に関する 2本の学術論文を 1960年代に執筆した植物生態学研究者の舘脇操博士が、戦後、土地所有者である営林局や国鉄にも働きかけ、指定にむけ尽力したことが明らかとなった。その結果、 1972年にこの湿性林は天然記念物指定に至った。本件は、研究者らの協力と努力が天然記念物指定として結実し、自然の保護に貢献した好例といえる。近年、新たな天然記念物の指定件数が 1972年当時と比較して減少しているが、天然記念物制度の積極的な活用が望まれる。

学術提案
  • 西廣 淳, 角谷 拓, 横溝 裕行, 小出 大
    2022 年 27 巻 2 号 p. 315-
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/01/01
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス

    気候変動への適応策の推進は、国および地域レベルの重要な社会的・政策的課題である。気候変動適応策では、現在生じている問題への対処や、予測される将来の環境条件下において生態系や社会システムのパフォーマンス(農作物の収量や健康リスクの低さなどの成果)を維持するような方策が検討されることが普通である。しかし、このようなアプローチ(最適化型アプローチ)は予測通りにならなかった場合における脆弱性をもつ。本稿では、最適化型アプローチとは別の考え方による適応策として、「適応力向上型アプローチ」について解説する。適応力向上型アプローチは、突発的な環境変動や必ずしも予測通りの将来にはならないという不確実性への対応として有効なアプローチであり、システムの「変化力」「対応力」「回復力」を高めることによって実現する。これらの概念について解説するとともに、変化力・対応力・回復力を高める上で有効であると考えられる方策について、実例に則して論じる。

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