保全生態学研究
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特集 鳥衝突を未然に防ぐセンシティビティマップの普及に向けて
  • 関島 恒夫, 望月 翔大, 綿貫 豊, 河口 洋一
    2023 年 28 巻 2 号 p. 229-
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
    ジャーナル オープンアクセス HTML

    風力発電が生物多様性、特に鳥類やコウモリ類などの飛翔動物に負の影響をもたらすことが明らかになる中、温暖化対策を進めつつ生物多様性を保全するための情報の一つとして、鳥類センシティビティマップの重要性が高まっている。本特集号は、2018年日本生態学会第65回大会において、企画シンポジウムS03「鳥衝突を未然に防ぐセンシティビティマップの普及に向けて」が開催されたことを受け、特集号として企画された。本特集号では、鳥類に対する風力発電の環境影響に関し最前線で取り組む7人の識者が、鳥類のセンシティビティマップの有用性と課題について、それぞれの立場から解説する。

  • 関島 恒夫, 浦 達也, 赤坂 卓美, 風間 健太郎, 河口 洋一, 綿貫 豊
    2023 年 28 巻 2 号 p. 233-
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
    ジャーナル オープンアクセス

    日本政府は、 2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを表明した。その実現に向けて、今、太陽光、風力、水力、地熱発電などのエネルギー源を利用した再生可能エネルギーが注目されている。その中でも風力発電については、北海道、東北、九州を中心に好風況地域が存在し将来的に高い導入ポテンシャルが期待されることから、今後、陸域および海域において大きく推進される可能性が高い。一方、風力発電の導入が全国各地で進むにつれて、計画段階における環境紛争も顕在化してきた。主たる紛争論点は、騒音・低周波音、土砂災害・水質汚濁、景観、自然、鳥類であり、特に鳥類については、オジロワシ Haliaeetus albicilla、クマタカ Nisaetus nipalensis、イヌワシ Aquila chrysaetosなど希少猛禽類の生息地における風車建設が鳥衝突や生息地放棄を引き起こす可能性が危惧され、紛争発生の大きな要因となっている。 2050年目標の達成に向けて、陸域および海域において、大規模な風力発電事業が全国的に展開されていくことになれば、環境紛争はより深刻化していく可能性も否めない。そこで、風力発電事業による環境影響を未然に防ぐために必要な情報を提供するのがセンシティビティマップである。センシティビティマップとは、重要な鳥類の生息分布や保護区等の情報に基づき、鳥類が風力発電の影響を受けやすい場所を示したマップのことを指す。本総説では、はじめに、センシティビティマップの概念を説明し、その活用手段として環境アセスメントとの関わりを述べる。続いて、これまでに提案されてきた様々なセンシティビティマップの特徴を紹介するとともに、その適切な空間解像度を考察する。最後に、 2050年カーボニュートラルの目標達成に向けた再生可能エネルギー推進の今後の取り組みにおいて、センシティビティマップが果たす役割について述べる。

  • 関島 恒夫, 森口 紗千子, 向井 喜果, 佐藤 一海, 鎌田 泰斗, 佐藤 雄大, 望月 翔太, 尾崎 清明, 仲村 昇
    2021 年 28 巻 2 号 p. 251-
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    オオヒシクイが集団飛来地あるいは渡りのルートとして主に利用する北海道道北地方から本州にかけての日本海沿岸域は、良好な風況が見込まれることから、現在、多数の風力発電施設の建設が進められている。大型風車の設置は、鳥が風車に衝突するだけでなく、風車群を回避することによる迂回コストの増大などにより、中継地や越冬地利用の放棄など生息地の劣化あるいは消失に繋がる可能性があり、地域個体群に対する負の影響が懸念されている。オオヒシクイなど大型水禽類の生息地を保全しつつ、再生可能エネルギーの拡大を目指して風力事業を推進するには、鳥類への影響が大きい区域を提示したセンシティビティマップに基づき、風力発電事業の計画段階で事前に衝突リスクの高いエリアを回避する手続きが有効である。本稿では、はじめに大型水禽類を対象にしたセンシティビティマップの現状と課題を説明し、続いて、オオヒシクイを対象として、全国の主要な集団飛来地における風車回転域飛行確率を考慮したセンシティビティマップと、北海道道北地方から本州日本海沿岸域にかけての主要な渡りルートにおいて渡り中の飛行高度規定要因を考慮したセンシティビティマップの 2つのマップ作成手順を紹介する。最後に、これらセンシティビティマップを用いた風力発電施設の立地に係る検討手続きを提案する。

  • 風間 健太郎, 綿貫 豊
    2021 年 28 巻 2 号 p. 265-
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    洋上風力発電(洋上風発)の健全な運用のためには、建設時に海鳥への影響が大きい場所を事前に予測する必要がある。本総説では、こうした洋上風発センシティビティマップの作成事例を紹介し、その作成手法や活用における課題について解説する。センシティビティマップには、船舶や航空機により取得した長期広域の洋上海鳥分布データをもとに通年にわたる広域のリスク感受性を予測したマップ(大スケールマップ)と、繁殖個体群を対象とした海鳥のトラッキングデータを用いて繁殖期間のリスク感受性を予測したマップ(小スケールマップ)がある。これらのマップは海鳥の分布に種ごとの飛行高度などリスクに関した指標と絶滅リスクなど保全に関した指標を勘案して作られている。海鳥の長期広域的な分布データの蓄積がある場合は大スケールマップが作成できる。小スケールマップは洋上風発建設にともなう対象個体群へのリスクをより詳細に示すことができる。技術的制約から現状では対象種が限られるが、トラッキング手法の進展により今後小スケールマップはより多くの種で作成されることが期待される。小スケールマップにハビタットモデルの手法を応用することで別の年や場所における採食場所や飛行経路を予測できるので、汎用性の高い手法を確立することが可能である。いずれの手法においても、生息地改変によるリスクと風車との衝突リスクは個別に評価されるので、これらの合理的な統合方法の確立が今後の課題である。

  • 藪原 佑樹, 赤坂 卓美, 山田 芳樹, 原 拓史, 奥田 篤志, 河口 洋一
    2022 年 28 巻 2 号 p. 281-
    発行日: 2022/04/15
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2022/04/15
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    風力発電は、風車への衝突や生息地放棄により、野生生物に対して負の影響を及ぼす例が知られる。風力発電と野生生物の保全を両立させるためには、風力発電の影響に脆弱な種の生息に配慮して風力発電の立地を検討する必要がある。対象種の広域生息情報に基づくセンシティビティマップは、風力発電の戦略的な立地選定を支援する有効なツールであるが、広域を網羅する生物の生息情報は入手困難な場合が多い。そこで、既知の生息地点における環境条件から生息適地モデルを構築し、潜在的な生息適地を広域で推定する手法が活用できる。本研究では、国内での風車衝突事故が多いオジロワシを対象として、営巣木の確認地点を基に営巣適地モデルを構築し、北海道北部地域における潜在営巣適地図を作成した。野外調査と既存情報から 55つがいの営巣木を特定し、日本海側の 43地点を基に Maxentを用いて営巣適地モデルを構築し、オホーツク海側の 12地点を用いてモデルの予測精度を評価した。環境要因については、土地被覆と地形に関する 6種類の指標を様々な空間スケールで集計し、オジロワシの営巣と最も関係する空間スケールを特定した上で、モデル構築に使用した。モデルの過剰適合を防ぐために Maxentのパラメータを調整し、クロスバリデーションにより予測力の高いモデルを選択した。営巣適地モデルの結果から、オジロワシの営巣適地は広域スケールでの土地被覆および局所スケールでの地形要因と強い関係があり、複数の空間スケールで営巣地を選択していることが示唆された。特に、森林面積、林縁密度、水域面積、平均標高が寄与率の大部分を占め、森林と水域が中程度に存在する低標高の場所で適地指数が高かった。営巣適地モデルの評価指標である AUCや CBIの値は 0.783 -0.886であり、おおむね高い精度でオジロワシの営巣適地を推定できていると考えられる。オジロワシに対する風力発電の影響を未然に回避するためには、本研究で作成した潜在営巣適地図を活用しながら、風力発電施設がオジロワシの主要な生息場所と重複しないよう、慎重に立地を選定する必要があるだろう。

  • 浦 達也, 長谷部 真, 吉崎 真司, 北村 亘
    2021 年 28 巻 2 号 p. 293-
    発行日: 2021/04/20
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2021/04/20
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    風力発電の導入が進むにつれ、日本でも風力発電施設の存在がバードストライクや生息地放棄など鳥類へ影響を与えることが注目されている。欧州では風力発電施設の建設により影響を受ける鳥類の生息地が示された脆弱性マップが自然保護団体を中心に作成され、その活用により計画段階において影響が回避されるようになってきた。日本では風力発電施設の建設が集中する地域があらかじめ分かっているため、まずはそういった場所で地域的な脆弱性マップの作成が試みられるべきである。そこで(公財)日本野鳥の会は、風力発電の建設計画が集中し、かつ希少鳥類の生息地や渡り鳥が多い北海道の宗谷振興局西部地域で脆弱性マップの作成を試みた。脆弱性マップの作成方法について、まずは国内外の情報を収集し、次いで検討会を開催して作成方法等を決定し、検討会での決定事項に現地鳥類調査の結果を当てはめる形で作成した。脆弱性マップの作成開始時点では国内情報はなかったが、海外事例ではイングランド、スコットランド、アイルランド、ギリシャ、スロベニアのものを参考にして、作成方法を検討した。検討会では、脆弱性マップのあり方、衝突確率・回避率の取り扱い、鳥獣保護区等の取り扱い、渡り経路の取り扱い、作成対象となる鳥の種の選定方法、マップ上での脆弱性の表現、バッファーゾーンの取り扱い、脆弱性マップの更新などについて議論した。脆弱性マップ作成の対象となった鳥類は種脆弱性指標が高い種や地域重要種を中心に 23種となった。脆弱性マップは 84個の 5 kmメッシュ(面積約 2100 km2)で表現することとなり、対象鳥類の分布と一つのメッシュ上での重なり具合を考慮して脆弱性を 10段階に分け、それを 4色で表現した。その結果、希少な鳥類の生息地およびガン・ハクチョウ類の渡りが多い対象地域の西部、ハクチョウ類や海ワシ類の渡りが多い対象地域の北部が、風力発電施設による鳥類への脆弱性の高い場所であることが分かった。

  • 福田 真
    2023 年 28 巻 2 号 p. 313-
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/07/05
    ジャーナル オープンアクセス

    日本は、 2050年までに温室効果ガスの総排出量をゼロにすることを宣言し、再生可能エネルギーの導入など、脱炭素社会に向けた取り組みを加速している。一方で、風力発電施設の設置には、希少な猛禽類などが風車のブレードに衝突して死亡するバードストライクなどの問題があり、生物多様性保全と脱炭素社会の両立が求められている。このような背景から、環境省では、鳥類への影響が高い地域を事前に把握できるよう、センシティビティマップを作成した。細かな要因を組み込んだバードストライクのリスク評価には多大な時間が必要であり評価手法も研究レベルにあるが、再生可能エネルギー発電施設の建設はすでに推進されてきており、リスク評価手法の熟成を待って作成したのでは社会的な意義を果たせない。このため、新たな調査を行わず現時点で利用可能な情報のみを利用しながら実現可能なセンシティビティマップを作成することをめざし、精度の向上についてはリスク評価手法の熟成とデータの蓄積を待って高精度のものに置き換えてゆくアプローチを採用した。

  • 畦地 啓太
    2020 年 28 巻 2 号 p. 323-
    発行日: 2020/08/31
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2020/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    2018年 3月の第 65回日本生態学会大会において開催されたシンポジウム「鳥衝突を未然に防ぐセンシティビティマップの普及に向けて」にコメンテーターとして参加したことを踏まえ、事業者の観点からセンシティビティマップの普及について 3つの課題を述べる。第一は、マップの理解のしやすさついてである。具体的には、シンポジウムにおいても、 MaxEnt等のモデルを用いたメッシュで示されるマップが紹介されていたが、このようなマップは作成したモデルを用いた外挿により広範なマップが作成可能であるというメリットがある一方で、結果に影響を与える変数が多く、事業者を含む利害関係者にとってはより理解がしにくい(ひいては理解を得にくい)。単純なマップの例としてドイツの事例を説明した。第二に、マップの細かさ(メッシュの細かさ)について述べる。事業者が初期段階で実施する立地選定においては 100~ 200 m単位で判断をしている一方で、従来から公開されているイヌワシ・クマタカの生息分布マップは 10 kmメッシュで示されており、両者に大きな差がある。マップ普及のためには事業者が立地選定で取り扱う空間スケールと同様の細かい解像度のマップ作成することが必要である。第三に、マップを利用することによる事業者へのインセンティブとディスインセンティブを如何に明示するか、という点を述べる。具体的には、リスクが低いエリア(鳥類の観点からみた適地)に立地する風力発電事業に対してどのようなインセンティブを、リスクが高いエリア(鳥類の観点から見た不適地)に立地する風力発電事業に対してどのようなディスインセンティブを、それぞれどのように設定するかという課題がある。

  • 丸山 康司
    2021 年 28 巻 2 号 p. 327-
    発行日: 2021/02/10
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2021/02/10
    ジャーナル オープンアクセス

    本稿の目的は、科学の不定性を踏まえたリスク管理のあり方を検討することである。対象として風力発電による鳥類への影響を扱い、これを科学だけでは答えられないトランス・サイエンス問題としたうえで、知見の不確実性のあり方を結果についての知見と確率についての知見という尺度で類型化し、それぞれに応じた対応方法を提示した。また価値判断におけるステークホルダの認識枠組みについても検討し、環境影響を単に低減するだけではなく能動的に自然再生などに貢献することによって前提条件が変わりうるとした。

原著論文
  • 小粥 淳史, 八柳 哲, 神戸 崇, 井上 頌子, 荒木 仁志
    2023 年 28 巻 2 号 p. 333-
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/01
    ジャーナル オープンアクセス HTML
    電子付録

    日本に生息する汽水・淡水魚のうち、約4割が環境省レッドリストにおいて絶滅危惧種に指定されており、なかでもタナゴ類の減少は顕著である。その一要因として外来種の影響が挙げられ、国内の溜池に広く見られるオオクチバスやカムルチーによる捕食、タイリクバラタナゴによる競合のほか、産卵母貝の生活史に必須なハゼ類の減少による間接的影響が懸念されている。既存生態系保全のためにはこれら外来種による生物群集への影響を正しく評価し、優先順位に基づく管理を行う必要がある。しかし、外来種の影響を総合的に評価するのは技術的に難しく、研究事例は限られている。そこで本研究では、上記三種の外来魚と在来タナゴ類が生息している秋田県雄物川流域の溜池に注目し、35地点から採集した水サンプルおよび魚類ユニバーサルプライマー MiFishを用いて環境DNAメタバーコーディング解析を行い、外来種が在来タナゴ類、ハゼ類をはじめとする溜池の魚類群集に与える影響を複合的に評価した。その結果、非計量多次元尺度法を用いた群集解析においてはオオクチバスの強い影響が示され、本種のDNAが検出された溜池では平均検出在来種数・Shannon-Wienerの多様度指数が共に約4割も減少するなど、在来群集構造を大きく改変している可能性が示された。またタイリクバラタナゴは在来タナゴ類と同所的に生息し、タイリクバラタナゴDNAの検出地点では在来タナゴ類の平均DNA濃度がタイリクバラタナゴDNA非検出地点平均のわずか2.4%と有意に低い傾向が確認された(p =0.0070)。一方、オオクチバスは在来タナゴとは共存しない傾向があり、オオクチバスとカムルチーのDNA検出地点では有意差はないものの共に在来タナゴ類の平均DNA濃度が低い傾向がみられた(外来種DNA非検出地点平均のそれぞれ6.6%、8.0%)。これらの結果から、オオクチバスは高い捕食圧によって溜池の魚種群集構造全体に大きな影響を与える一方、タイリクバラタナゴは在来タナゴ類と競合することで後者の生物量に強い負の影響を与えている可能性が示唆された。北日本における溜池の既存生態系保全のためにはオオクチバスの迅速な駆除と拡散防止が最優先となる一方、在来タナゴ類が生息する場所ではタイリクバラタナゴやカムルチーの個体数管理も併せて重要となるものと考えられる。

  • 崎尾 均, 上村 こころ, 中野 陽介
    2023 年 28 巻 2 号 p. 347-357
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
    ジャーナル オープンアクセス HTML

    河川上流域に導入された北アメリカ原産のハリエンジュは中下流域に分布を拡大し、自然の河畔林の群落構造や、景観、生物多様性に大きな影響を与えている。しかし、福島県只見町伊南川では上流域にハリエンジュが導入され、中流域ではハリエンジュの林分が形成されているものの、下流域ではその林分の形成はほとんど確認できず、シロヤナギやユビソヤナギなどヤナギ類が優占する河畔林が形成されている。本研究では、ハリエンジュとヤナギ類の耐水性や両種の栄養繁殖能力を実験によって明らかにすることによって、伊南川におけるハリエンジュとヤナギ類の分布特性を考察した。シロヤナギとハリエンジュの当年生実生を用いて沈水と滞水実験を行い、耐水性を比較した。また、ハリエンジュとヤナギ類など9樹種の挿し穂を用いて、水の中や土の中での発根やシュートの発生などを比較した。浸水実験の結果、沈水環境ではハリエンジュの当年生実生はわずか4日間で全て枯死したのに対して、シロヤナギの当年生実生は10日間でも60%の個体が生存していた。滞水環境では、シロヤナギの成長はほとんど影響を受けなかったのに対して、ハリエンジュの成長は大きく減少し、根粒の形成が大きく阻害された。また、ハリエンジュの挿し穂からは、水の中でも土の中でも全く発根せず、シュートの発生は土に挿した枝から見られたものの最終的には全て枯死した。一方、オノエヤナギとシロヤナギは、水の中でも土の中でも高い発根性とシュートの発生を示した。しかし、ユビソヤナギはほとんど発根せず、シュートの発生も限られていた。以上の結果から、ハリエンジュは沈水や滞水によって大きな影響を受けるとともに、枝による栄養繁殖を行う可能性が低いことが示唆された。シロヤナギは耐水性が高く、オノエヤナギとシロヤナギは枝による栄養繁殖を行うが、ユビソヤナギはその可能性の低いことが明らかになった。 伊南川下流域でハリエンジュがほとんど分布せず、ヤナギ類が優占する原因は、今回明らかになった両種の特性と、河川の自然攪乱が維持されていることが大きな原因と考えられた。

  • 山ノ内 崇志
    2023 年 28 巻 2 号 p. 359-377
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
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    J-STAGE Data

    サトイモ科の浮遊植物ボタンウキクサは侵略的外来種として外来生物法の規制対象となっているが、琉球諸島には古い分布記録があり、外来性に疑いが持たれる。文献と標本記録に基づきボタンウキクサの外来性を再検討した結果、最も古い記録として、1854年にC. Wrightによって採集された標本と水田の普通種として記録した手稿が確認された。1950年代までの複数の研究者が、ボタンウキクサが沖縄島から八重山諸島にかけて分布し、水田やその周辺で在来水生植物と共に生育することを記録していた。1950年代以前は複数の研究者がボタンウキクサを在来種として扱っており、一方で外来種とした例はなかった。外来種とした最初の見解は1951年にE. Walkerらが標本のラベル上で示したものであり、1970年代以降に外来種とする見解が一般化したが、科学的な根拠を提示した例はなかった。園芸的な栽培・流通は1930年代に始まって1950年代に盛んになり、1970年代から日本本土での野生化が記録され始めていた。根拠が不十分であるにも関わらず外来種とされた理由として、1) 当時は未発表手稿など古い情報の取得が困難だったことと、2) アフリカ原産とする説など研究者の判断を偏らせるバイアスが存在した可能性が考えられた。以上のことから、琉球諸島に古くから分布していた系統のボタンウキクサを科学的根拠に基づいて外来種と見なすことはできず、最近の分子系統地理学的な知見を踏まえると自然分布の可能性を否定できないと考えられた。この系統は現在、生育地の縮小や、導入された系統との競争や交雑といったリスクにさらされている可能性がある。外来生物法による適切な取り扱いのためにも、分類学的な検討や識別法の確立、現状の把握が必要である。

  • 前迫 ゆり, 陶山 佳久, 廣田 峻
    2023 年 28 巻 2 号 p. 379-391
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
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    国指定天然記念物滋賀県湖南市「平松のウツクシマツ自生地」のウツクシマツPinus densiflora Siebold et Zucc. 'Umbraculifera'は2000年代に入ってマツ材線虫によるマツ枯れによって大量に枯死し,1924年に450本あった成木は2019年に86本に減少した。天然記念物指定時に記録された成木の80.9%が枯死しており、ウツクシマツの保全対策が急務とされるが、基礎情報の一つであるウツクシマツ自生地集団の遺伝構造を解析する実験研究はこれまで行われていない。そこで本研究では、本種の集団遺伝学的知見を保全対策に活用することを目的として、自生地および植栽のために育苗しているウツウシマツの遺伝構造を解析した。自生地のウツクシマツ(表現型が分枝型を以後、ウツクシマツと呼ぶ)と普通アカマツ(表現型として単幹型を以後、普通マツと呼ぶ)、自生地外で播種、育苗した計236個体を対象に、MIG-seq法によって遺伝解析を行った。その結果、自生地の分枝型ウツクシマツと単幹型普通マツの間には明瞭な遺伝的分化は認められなかった。ウツクシマツが劣性遺伝で発現するとした既往研究と今回の研究を総合的に判断すると、ウツクシマツの実態は、ウツクシマツの形状をもたらす遺伝子に生じた突然変異が平松のアカマツ集団中に存在し、先行研究で明らかにされている通り、その遺伝子がホモ接合になった個体がウツクシマツとして発現していると考えられた。しかしながら自生地集団には近親交配の傾向が検出されたことから、今後、近交化を避けるために、草刈りなどの林床管理を継続しながら、自然発生した実生および稚樹個体による森林更新をはかるとともに、周囲のアカマツを含めた、地域集団全体を保全単位とする「生息域内保全」を促進することが重要と考えられた。一方、「生息域外保全」に際しては、さまざまな母樹からの種子を播種し、近交化に傾かないように十分に留意する必要があると結論づけた。

  • 向井 喜果, 布野 隆之, 石庭 寛子, 関島 恒夫
    2023 年 28 巻 2 号 p. 393-409
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
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    電子付録

    渡り鳥は過去数十年の間に世界的規模で個体数を減少させてきた生物グループの一つである。減少した理由の一つとして、いずれの種も繁殖地、越冬地、および中継地といった多様な生息環境を必要としており、そのどれか一つでも開発などにより劣化や消失が生じると、それぞれの種の生活史が保証できなくなることが挙げられる。渡り鳥のこれ以上の減少を防ぐためには、その食性を十分に理解した上で、餌資源が量的かつ質的に減少しないような生息地管理を適切に進めていく必要がある。本研究では、新潟県の福島潟で越冬する大型水禽類オオヒシクイとコハクチョウにおける越冬地の保全策を検討する一環として、2種の食性をDNAバーコーディング法と安定同位体比分析を組み合わせることにより明らかにした。その結果、オオヒシクイは越冬期間を通して水田ではイネを、潟内ではオニビシを主要な餌品目としていたのに対し、コハクチョウは11月にイネを主要な餌品目としていたものの、12月以降では、スズメノテッポウおよびスズメノカタビラなどの草本類に餌品目を切り替えていた。本研究を通し、オオヒシクイとコハクチョウの餌利用は水田環境と潟環境に分布する植物に大きく依存していることが明らかになった。2種が今後も福島潟を越冬地として利用し続ける環境を保つには、ねぐらと採餌環境としての福島潟および採餌環境としての周辺水田を一体とした保全を施していくことが望まれる。

調査報告
  • 岡田 久子, 倉本 宣, 伊東 静一
    2023 年 28 巻 2 号 p. 411-423
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
    ジャーナル オープンアクセス HTML

    河原固有植物は、洪水での裸地形成による生育可能地の創成と、流出・埋没や競合植物の繁茂による消失のバランスの中で個体群を維持している。多摩川中流域では20年にわたり市民・行政・研究者の協働による絶滅危惧植物カワラノギクの保全活動(カワラノギクプロジェクト)が実施されている。河川生態学術研究会多摩川グループ・カワラノギクプロジェクトは、2001-2002年にかつて多摩川で最大であったカワラノギクの地域個体群(通称は草花個体群、2015年に消滅)の下流に礫河原を造成し、草花個体群の種子を播種して草花個体群を補強する活動を始めた。比高が高く5年に1回の冠水頻度である工区に播種した新しい局所個体群は比高が低い工区にも拡大した。播種工区では競合植物の繁茂で個体数が減少し2006年から競合植物の除草を開始した。2007年に造成地全体が冠水する大規模な洪水が生じ、比高が低い工区では大部分が裸地となったため種子散布による実生の定着が促進され、局所個体群の範囲が拡大した。2015年以降、比高が高い播種工区では競合植物のさらなる繁茂により開花個体数は80株以下に減少し、比高が低い工区も洪水規模が小さく裸地化せず全体の個体数が減少した。その後、2019年の未曾有の大洪水により造成地の全個体が消滅した。造成地で採取した保存種子で2020年と2021年に再導入し、2021年秋に造成地で211株の開花個体を確認した。また、2017年以降は造成地以外においても好適な生育可能地に播種をおこなった。個体群の成長予測を表すロゼット/開花個体数比は裸地化後2年目に最大となり3年目には低下し始め、競合植物の除去による個体群の維持は労力的に困難であった。また極大規模な洪水により局所個体群全体が消失するイベントも存在する。このため河川の狭い範囲を人工的に裸地化して個体群を導入し除草により維持するよりも、河川全体に散在し時間とともに分布を変える好適な生育可能地に臨機応変に播種する方が現実的である可能性がある。カワラノギクプロジェクトは、行政による河川管理計画の情報提供、生育状況を判断する研究者の知見、市民ボランティアの作業力を集約し、河川環境やカワラノギクの生育状況にあわせて活動内容の修正を行ってきた。絶えず変化する河川環境では、継続性と順応性を備えたカワラノギクプロジェクトのような保全活動が有効である。

  • 兼子 伸吾, 亘 悠哉, 高木 俊人, 寺田 千里, 立澤 史郎, 永田 純子
    2023 年 28 巻 2 号 p. 425-436
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
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    マゲシカ Cervus nippon mageshimae Kuroda and Okadaは、その形態的特徴によって記載されたニホンジカ C. nipponの亜種である。しかし、2014年の環境省のレッドデータブックの改訂に当たっては、亜種としての分布域が不明瞭であり、分類学的な位置づけが明確でないとされている(環境省 2014)。その一方で、近年実施された遺伝解析の結果からはマゲシカの遺伝的独自性が示されつつある。その遺伝的特徴から、マゲシカの分布域を明らかにし、近隣に生息するヤクシカ C. n. yakushimae(屋久島および口永良部島)やキュウシュウジカC. n. nippon(九州島)との関係性を議論することが可能となってきた。そこで本研究では、マゲシカの遺伝的な特徴やその分布について、先行研究において報告されているミトコンドリアDNAのコントロール領域のデータを中心に再検討を行った。その結果、マゲシカの分布域とされる馬毛島および種子島の個体は、キュウシュウジカだけでなくヤクシカとも明確に異なる塩基配列を有していた。また核DNAやY染色体DNAに着目した先行研究には、マゲシカの生息地である種子島とヤクシカの生息地である屋久島間で対立遺伝子頻度に明確な違いがあることが示されていた。形態については、馬毛島および種子島のニホンジカと遺伝的にもっとも近いヤクシカとの間に明瞭な違いがあることが先行研究によって示されていた。一連の知見から、少なくとも馬毛島と種子島のニホンジカを九州に生息するニホンジカとは明確に異なる保全単位として認識することが適切であること、さらに2島間にもミトコンドリアハプロタイプの頻度をはじめとする集団遺伝学的な差異が存在する可能性が高いことが示唆された。

  • 坪井 潤一, 片野 修, 水本 寛基, 荒木 仁志
    2023 年 28 巻 2 号 p. 437-452
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
    ジャーナル オープンアクセス HTML
    J-STAGE Data

    オオクチバスMicropterus nigricansは水圏生態系に大きな影響を与えることからIUCNの世界の侵略的外来種ワースト100に指定されている。オオクチバスの駆除は多くの湖沼や河川で行われているが、小規模な水域における池干しを除くと、完全駆除に成功した事例は少ない。そこで本研究では、長野県の金原ダム湖において2007年からオオクチバス根絶のため、産卵床の除去、仔稚魚のすくい取り、未成魚と成魚のカゴ網、投網、刺し網、手づかみ、釣り、水中銃による捕獲を行い、シュノーケルを用いた潜水調査や環境DNAの解析により個体群のモニタリングを行った。幼魚の捕獲にはアイカゴが、大型魚を除く未成魚、成魚については岸の水深変化に対応した「かけ上がり用刺し網」が、大型魚については水中銃が効果的であった。年間捕獲個体数は2010年に1,472個体に達した。産卵床数は2012年に131箇所に達したが、その後急速に減少した。2014年には産卵床の見逃しにより約5,000個体の稚魚が生じた。しかし、陸上および水中から、たも網を用いて捕獲を行い、その大部分が捕獲された。興味深いことに、オオクチバス駆除にともなって、トウヨシノボリRhinogobius kurodaiが増加し、オオクチバスの卵を捕食するところが確認された。2016年以降産卵床は形成されず、成魚についても、2018年に1個体が捕獲されてから観察されなくなった。以上の結果から、金原ダム湖のオオクチバスは完全に駆除されたか、わずかに生息していたとしても残存個体が高齢化するなどして新たに繁殖することができず、機能的に根絶したものと考えられる。一方、オオクチバスの種特異プライマーを用いた環境DNA解析は2018年から2022年にかけての計4回全てで微量ながら陽性となっており、少なくともダム湖周辺にはオオクチバス生息の可能性が示唆された。このことから、ダム湖のオオクチバス根絶後も再導入リスクは依然残されており、今後も継続的・定期的なモニタリングが重要と考えられる。

  • 遠藤 大斗, 宇野 裕美, 岸田 治, 森田 健太郎
    2023 年 28 巻 2 号 p. 453-465
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/13
    [早期公開] 公開日: 2023/09/08
    ジャーナル オープンアクセス HTML
    電子付録

    イトウは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにCRとして掲載されている国内最大級の淡水魚であり、土地開発があまり進んでいない湿原や湿地帯をその流域に含む河川に生息する。そのため、湿地帯に形成される河川の氾濫原はイトウの生息環境に重要であると考えられてきた。しかし、本種に関するこれまでの知見は成魚に関するものが多く、幼魚に関する科学的知見は乏しい。本研究では、イトウの幼魚から成魚までの生息環境特性を明らかにするとともに、同所的に生息する同科魚類との比較を行い、本種の保全対策に寄与することを目的とした。調査は北海道大学雨龍研究林を流れるブトカマベツ川で行った。本河川には氾濫原が存在し、川筋が幾本にも分かれる網状流路が発達している。調査は網状流路が形成する分流域と本流域の2つに分けて実施し、河川規模の小さい分流域ではエレクトロフィッシャーを用いた捕獲を行い、河川規模の大きい本流域ではシュノーケリングを用いた潜水目視を行った。さらに、調査地点の物理環境と捕獲された個体の胃内容物を調べた。30地点で実施した分流域調査の結果、捕獲されたイトウは尾叉長69-137mmの幼魚であった。分流域の物理環境について主成分分析を行った結果、流速が遅く濁度が高いという止水的環境においてイトウ幼魚の生息密度が高くなる傾向が認められた。イトウ幼魚の胃内容物からは、魚類や両生類といった大型動物や動物プランクトンのミジンコ目が確認され、イワナおよびヤマメと比べて陸生落下動物の割合が少なかった。21地点で行った本流域調査の結果、目視されたイトウはいずれも体長300-800 mmの若魚・成魚であった。本流域の物理環境の主成分分析の結果、倒木などのカバー割合が高く深い淵においてイトウ若魚・成魚の生息密度が高くなる傾向が認められた。以上の結果から、イトウ幼魚は氾濫原に形成される流速が極めて遅い場所を選択的に利用するのに対し、イトウ若魚・成魚は流れのある本流で深くカバーのある環境を選択的に利用し生息していることが明らかになった。また、イトウ幼魚は成魚と同様に魚食性を示すことに加え、他のサケ科魚類が選好する陸生落下昆虫以外の餌資源を多く利用することが分かり、イトウは幼魚のときから他のサケ科魚類とは異なる摂餌行動をもつと考えられた。今後、イトウの野生個体群を保全していくためには、氾濫原環境の保全が極めて重要であると考えられた。

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