保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
早期公開論文
早期公開論文の4件中1~4を表示しています
  • 林 岳彦
    論文ID: 2305
    発行日: 2024年
    [早期公開] 公開日: 2024/05/01
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    要 約:近年、疫学や社会科学では一般的な研究手法の一つとして、統計的因果推論の手法が広まってきている。それらの手法の中には重回帰分析や一般化線形モデルなどを利用した比較的に生態学者が従来用いてきた手法との親和性が高いものもある。しかしその一方で、まだ生態学には本格的には導入されていない手法もある。本稿ではそうした手法のうち、疫学や社会科学系の統計的因果推論では広く使用されている、傾向スコア法、回帰不連続デザイン、操作変数法の解説を行った。傾向スコア法は、複数の背景要因から「処置が割り付けられる傾向性」を表す一つの合成変数(傾向スコア)を構成し、複数の背景要因をそのスコアでまとめて調整することによりバイアスなく因果効果を推定する方法である。保全生態学では、二値的な保全措置の因果効果を推定したい状況など、傾向スコアの使用に適した局面は比較的に多いと思われる。適用できる条件は必ずしも広いものではないが、もし目的と状況がハマる場合には、傾向スコア法は背景要因を一挙に揃えることができる強力な統計的因果推論手法である。一方、回帰不連続デザインは、処置の切り替わりの境界での回帰直線の非連続的な変化を推定することにより、因果効果の推定を行う方法である。また、操作変数法とは、システムの外部から変化をもたらす変数(操作変数)を用いて因果効果を推定する方法である。回帰不連続デザインや操作変数法については、実際に生態学で適用できる状況は比較的稀かもしれない。しかし、こうした考え方は、調査デザインの設定や統計解析方針を検討する際のアイデアの幅を広げるものであり、また実際に適用できた場合には生態学における先駆的な事例として位置づけることができるだろう。

  • 中西 康介, 横溝 裕行, 林 岳彦
    論文ID: 2304
    発行日: 2024年
    [早期公開] 公開日: 2024/03/01
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    要約:生物の野外個体群を脅かす要因を評価し、効率的な保全策を実施するためには、相関関係と因果関係を区別することは極めて重要である。しかし、保全生態学分野において、野外個体群を対象とした因果推論の枠組みによる研究はほとんどされてこなかった。本稿では、農薬による激減が疑われたアキアカネを例とし、著者らが実践してきた統合的な因果推論アプローチを解説した。1990年代後半以降、かつて全国の水田地帯で普通にみられた赤トンボの代表種、アキアカネSympetrum frequens (Selys) が各地で激減したことが報告された。その激減の主要因として疑われたのが、同時期に水稲の育苗箱施用剤として普及したネオニコチノイド系のイミダクロプリドやフェニルピラゾール系のフィプロニルなどの浸透移行性殺虫剤である。これらの殺虫剤は、室内毒性試験や模擬水田実験などによって、標的害虫以外のトンボ類の幼虫やその他の様々な無脊椎動物に対して強い毒性を示すことが明らかになってきたため、アキアカネの個体群減少との強い関連が指摘された。しかし、激減期の個体数や諸要因を記録したデータは限定的であり、これまで殺虫剤とアキアカネの個体群減少との因果関係は体系的に分析されてこなかった。そこで著者らは、(1)既存の知見の整理による因果性のレビュー、(2)殺虫剤の出荷量とアキアカネのモニタリングデータを用いた統計的因果推論、(3)実水田を用いた野外実験による殺虫剤影響のパラメータ取得、(4)殺虫剤以外の潜在的要因としての温暖化影響の評価、(5)個体群モデルを用いたシミュレーションによる諸要因の寄与度の評価、という5つのアプローチにより殺虫剤の因果的影響を統合的に分析した。その結果、1990年代後半以降のアキアカネの激減は、毒性の強い殺虫剤の使用と、圃場整備による乾田化の複合的な影響によって生じたことが示された。

  • 天野 達也
    論文ID: 2306
    発行日: 2024年
    [早期公開] 公開日: 2024/03/01
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    要約:生物多様性保全において科学的根拠を利用する「エビデンスに基づく保全」の重要性が近年益々認識されている。生物多様性に対する脅威となる要因の影響や、保全活動の効果を評価することは、保全のために重要なエビデンスとなるが、これらの評価を行うためには様々な研究デザインが用いられている。ランダム化比較試験やBACI (Before-After-Control-Impact)デザインなど、複雑な研究デザインの方が頑健なエビデンスを導けることはすでに知られているが、どのデザインがどれほど正確なのか、定量的な比較はあまり行われてこなかった。本稿では、脅威や保全活動が生物多様性に及ぼす影響を異なる研究デザインがどれだけ正確に推定できるのかについて、近年の研究成果を基に解説する。また、生態学や保全生物学で頑健な研究デザインがあまり利用されていない現状と、この問題がエビデンスに基づく保全を推進する上での障壁となっている問題について議論する。

  • 鈴木 健大
    論文ID: 2309
    発行日: 2024年
    [早期公開] 公開日: 2024/03/01
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    要旨:生態系の研究では、ランダム化比較実験や、大規模なコンピュータシミュレーションなど、他分野で因果関係の解明に使われている手法が利用できないか、有効でない場合がある。一方で、生態系モニタリングにおいては、センサーネットワークによる経時的な自動観測、衛星リモートセンシング、ドローンによる環境の走査等を通して、大規模データの利用可能性が飛躍的に向上しつつある。さらに、次世代シーケンシング技術による生物群集の網羅的観測技術の発展を通して、微生物実験系が複雑な生態学的ダイナミクスの重要な研究手段となりつつある。こうしたデータ取得技術の日進月歩の向上ととともに、因果関係をデータ駆動的に解明できる手法に寄せられる期待が高まっている。2012年にGeorge Sugiharaらによって提案されたCCM(convergent cross mapping)は、生態学者が時系列による因果推定に注目するきっかけとなった。CCMは1990年代に発展したカオス時系列の研究(非線形時系列解析)を背景としている。一方で、Granger因果や情報理論によるアプローチも、動的システムの因果推定の重要な手法として発展しており、神経科学や経済学などでは早くから利用されてきた。このように、時系列の因果推定は広範な分野を背景としており、それぞれの手法を使い分けるには、その長所と短所を正しく理解する必要がある。本稿では、情報理論によって統一的な観点を導入することで、生態学的ダイナミクスを対象にしたとき、Granger因果は各要素で生じた時間局所的な情報の不均衡を、CCMはアトラクタという大局的な時間構造における情報の不均衡を扱うことを見る。このような統一的な観点から、二つの異なるアプローチの間の技術的な相補性が認識されると同時に、生態学的ダイナミクスの研究にとって因果の多面性という新しい課題が現れてくる。生態系における因果性の解明は、学問領域の垣根を超える広い視点から新しいアプローチを生み出し、現実世界の複雑さに向き合うことによって進展していくのではないだろうか。

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