論文ID: 2332
要 約:絶滅危惧種イトウParahucho perryiの現在また過去の生息河川や捕獲履歴については比較的多くの知見が残るものの、生息数の長期変動が分かる統計データは日本にはない。そのことが本種の絶滅リスクの推定や効果的な保全策の立案や実施を困難にしている。2023年春、北海道宗谷丘陵を流れる猿払川の支流、狩別川上流で水中音響カメラを用いたモニタリングを23日間実施し、この川を遡上する魚類を合計315個体検出した。陸上に設置したビデオカメラの映像を教師データとして遡上魚の内訳を推定すると、イトウ139個体、サクラマスOncorhynchus masou 23個体、ウグイ属Pseudaspius spp. 153個体という結果が得られた。イトウのこの遡上数は、この川で過去(2013 - 2015年)に得られた観測値と比べるとそのわずか3 - 4割程度であり、10年ほどの間に生息数が著しく減少したことが示唆された。イトウ遡上数激減の直接の原因は、2021年夏に道北地方を襲った記録的な熱波によって本種が大量死したことではないかと考えられた。猿払川流域を含む宗谷丘陵南部は風力発電開発が急速に進められており、森林伐採を伴う大規模事業がイトウ個体群へ及ぼす影響を評価する観測手法の確立が急務となっている。非侵襲的かつ効率的に魚類の個体数を推定する音響カメラによる長期モニタリングが、絶滅危惧淡水魚の効果的な保全につながると期待される。