論文ID: 2417
若狭湾沿岸の世久見沖(福井県若狭町)の烏辺島周辺において、2020年10月に人工藻場が造成され、直後と2年後、3年後に、人工藻場および対照区である天然藻場における海藻の植被率および種組成を調査した。また、2年半後にはヤツマタモクを入れたスポアバッグを設置し、海藻の増加の促進を試みた。海藻の植被率は、スポアバッグ設置前後で変化が見られなかった。海藻の種組成は、スポアバッグ設置前後ともにノコギリモクが優占し、ヤツマタモクの増加は確認されなかった。これらの原因として、本地点のように水深が比較的深いところでは、ノコギリモクが生育するのに適しており、ヤツマタモクが生育するのに適していないと考えられる。今後スポアバッグを設置する際は、事前に設置場所の環境条件および優占種を十分調査してから実施することが重要である。
In October 2020, an artificial reef was constructed in Wakasa Bay, around Ubejima Island off Sekumi Beach, Wakasa Town, Fukui Prefecture, Japan. Monitoring was conducted during three periods, immediately after construction and 2 and 3 years later. We surveyed seaweed species composition and coverage on the artificial reef, and on a natural reef as a control. At 2.5 years after artificial reef construction, spore bags containing the brown alga Sargassum patens were installed to increase seaweed coverage on the artificial reef. There was no change in seaweed species composition or vegetation coverage on the artificial reef before or after spore bag installation, with Sargassum macrocarpum remaining the dominant species, likely because deep-water areas such as our study site are suitable for S. macrocarpum growth, but not S. patens growth. Future spore bag installation projects must involve preliminary investigations of the environmental conditions and dominant species to ensure successful seaweed establishment.
日本沿岸海域にはガラモ場と呼ばれるホンダワラ科褐藻群落を中心とした藻場が形成されている。このホンダワラ科褐藻群落は沿岸性有用水産生物の生息場、摂餌場、産卵場など水産資源の再生産の場として重要な役割を果たしている(Steneck et al. 2002; Harley et al. 2012)。このため、ホンダワラ科褐藻群落の造成やその維持・管理に関する技術の確立は、水産分野において重要な課題である(吉川 1987)。
上述のように重要な役割を果たす藻場の面積は、1978年から1991年の間に、日本沿岸では6,400 haの海草・海藻藻場が失われ、そのうちホンダワラ属は22%を占めた(Terawaki et al. 2003)。また、環境省が1988–1992年度に実施した第4回自然環境保全基礎調査の結果、201,212 haの藻場が確認された。しかし、水産庁が2006–2008年度に実施した藻場調査の結果、第4回自然環境保全基礎調査のうち41.6%の藻場について情報が得られ、83,798 haから65,260 ha(77.9%)に減少した(秋本ほか 2009; 水産庁 2009)。このような藻場減少の危機はわが国だけでなく、世界中から報告されている(Frederick and Sandy 1996; Krumhansl et al. 2016; Wernberg et al. 2019; Smale 2020)。これらの原因として、温暖化に伴う高水温が藻場衰退の引き金になっていると考えられる(馬場 2021; 八谷 2022)。
このような藻場減少の対策として、世界中で藻場造成が試みられている。例えば、日本では1980年代から始まった(冨山 1981; Yamauchi 1984; Ohno et al. 1990; Watanuki and Yamamoto 1990; Ohno 1993; Choi et al. 2000, 2002, 2006; Terawaki et al. 2003)。アメリカ(Reed and Foster 1984; Arkema et al. 2009; Benes and Carpenter 2015; Schroeter et al. 2015)や韓国(Jung et al. 2020)でも行われている。このような藻場造成は、日本海側の若狭湾周辺でも実施されている(道家ほか 2004; 八谷ほか 2007, 2008; Endo et al. 2019; Matsui et al. 2024, 2025)。福井県は、2020年10月に日本海中部海域に位置する若狭湾沿岸の世久見沖(福井県若狭町)の烏辺島周辺において藻場造成を行った。
藻場造成では、海藻の幼胚を効率的に供給するため、成熟した海藻を入れたスポアバッグを設置する方法がある(水産庁 2021)。スポアバッグを用いた藻場造成の試みは、スポアバッグが低予算で、簡便に施工可能であることから(Ohno et al. 1990)、土佐湾(Choi et al. 2000; 芹澤ほか 2005)、伊豆大島(駒澤ほか 2007; 高瀬ほか 2012)、大阪湾(阪上ほか 2003)、若狭湾(京都府立海洋センター 2009)など多くの地域で行われ、成果を上げている。
スポアバッグ法は、一般に生活史初期の減耗を考慮することが重要と考えられる(高瀬ほか 2012)。なぜなら、海中に懸濁または堆積した微細粒子が藻場枯渇の主な原因になっており、特に遊走子および配偶体において、その影響が大きいからである(荒川・松生 1990, 1992)。Choi et al.(2002)によると、クロメEcklonia kurome Okamuraの定着は乱流による砂被覆の減少によって促進されたことから、基質に大きな裸面があることが初期定着後の海藻群落の維持に重要である可能性が考えられる。
本報では、前述した福井県の鳥辺島周辺の人工藻場造成後に実施したモニタリング調査およびスポアバッグ設置の試みの結果を報告する。モニタリング調査は人工藻場造成直後と2年後、3年後に実施し、人工藻場および対照区である天然藻場における海藻の植被率および種組成を調査した。また、2年半後にはヤツマタモクSargassum patens C. Agardhを入れたスポアバッグを設置し、海藻の増加の促進を試みた。そのため、スポアバッグ設置によるヤツマタモクの増加促進の効果の検証結果についても報告する。
本藻場造成の事業主体は福井県である(福井県嶺南振興局林業水産部 2016)。事業の目的は、沿岸漁場の漁獲量増大を目指し、堆砂や浮泥の少ない箇所に着底基質を設置することにより、海藻類、ウニ類、サザエTurbo cornutusなどの磯根資源の生育・生息場およびメバル属Sebastes spp.、クロダイAcanthopagrus schlegelii、イシダイOplegnathus fasciatusなどの仔稚魚の育成場を整備することである(布施 1981; 木下・石川 1988)。
本研究対象地は、若狭湾沿岸の世久見沖(福井県若狭町)の烏辺島周辺において、2018年11月に工事着手し、2020年10月に竣工された(図1)。本漁場の開発規模は0.76 haである。本藻場造成地の水深は7–12 m、底質は砂であった。人工藻場から陸側に向かって天然藻場が存在し、底質は泥質混在岩であった(中江ほか 2002)。天然藻場の優占種はヤツマタモクであった。調査地点は、造成された人工藻場内に処理区として2地点(Stns. A-1、A-2)、対照区として近傍にある天然藻場内に1地点(Stn. B-1)を設定した。人工藻場の構造は、海底に敷石(自然石50–200 kg)、その上に捨石(自然石1,000 kg)を置いた(図2)。敷石および捨石の種類は、島根県松江市および隠岐の島町産の安山岩である。捨石は10 m間隔に配置された。各地点の座標を表1に示す。
Fig. 1. Map of the survey sites. Filled and unfilled black circles indicate artificial and natural reef sites, respectively, in Wakasa Bay, Japan. Red circles (hatching) indicate artificial reef construction unites. Green line (dashed line) indicates the extent of the natural reef.
Fig. 2. Design of the artificial reef in (a) plan and (b) lateral view. The construction materials included paving stones (50–200 kg) and rubble stones (1,000 kg). The rubble stones were placed at 10-m intervals.
Table 1. Geographic coordinates of each survey site.
種類 Types | 調査地点 Survey sites | 緯度 Latitude | 経度 Longitude |
---|---|---|---|
人工藻場 Artificial reef | Stn. A-1 | N35° 34′35.4″ | E135° 50′16.1″ |
Stn. A-2 | N35° 34′35.4″ | E135° 50′16.8″ | |
天然藻場 Natural reef | Stn. B-1 | N35° 34′36.7″ | E135° 50′13.5″ |
海藻のモニタリングは、1回目が造成直後の2020年10月26日、2回目が2年後の2022年10月16日に実施した。人工藻場の海藻群落の植生が天然藻場のそれにどの程度近づくかを明らかにするため、海藻の植被率および種組成を調査した。海藻の植被率は、潜水士による目視観察によって記録した。調査範囲は、人工藻場では捨石がある1辺が3.0 mの正方形(9.00 m2)、天然藻場でも同様に1辺が3.0 mの正方形(9.00 m2)とした。海藻調査では種を同定し、種ごとに植被率を記録した。併せて、正方形全体の植被率も記録した。なお、種は現存するが、まとまりを形成しない場合は+と表示し、データ解析に供する際は植被率を1%とした。
2)スポアバッグ調査人工藻場造成後2年経過したにもかかわらず、造成地における海藻の生育状況がよくなかったため、2年半後にヤツマタモクを入れたスポアバッグ(図3)をStn. A-2に設置し、その効果を検証した(Stn. A-1には設置していない)。スポアバッグは、縦1.0 m×横0.8 m、目合い5 mmのポリエチレン製ネットを使用し、ヤツマタモクをネットの5割程度入れた。ヤツマタモクの重量は約3 kgであった。ネットのなかには、水を満たした500 mLペットボトル2、3本を用意し、水中でレギュレータから空気を入れて浮力を確保した。ネットは土嚢に括り付け、Stn. A-2を取り囲むように10個配置した。
Fig. 3. Photograph of a spore bag (1.0 m ×0.8 m) made from polyethylene netting with a 5-mm mesh size. For installation, two or three 500-mL plastic bottles were placed in each spore bag to ensure buoyancy, and then the bag was tied to a sandbag. Ten bags were installed around Stn. A-2.
烏辺島周辺の岩礁域では、ホンダワラ科褐藻のヤツマタモクが優占している。ヤツマタモクには食用海藻であるモズクNemacystus decipiens(Surigar)Kuckuckが絡まって生育することから、地元の漁業者からヤツマタモクの増殖を希望する意見があった。そこで、地元の漁業者の意見も踏まえて、スポアバッグに入れる母藻としてヤツマタモクを選定した。
ヤツマタモクの幼胚を効率的に供給するためには、ヤツマタモクの成熟時期を把握し、藻体から幼胚が放出される時期にスポアバッグを設置する必要がある。京都府では、ヤツマタモクの成熟期は海水温が17–20°Cの水温上昇期としている(道家ほか 1995)。長崎県では、ヤツマタモクの成熟期は海水温が18–20°Cの水温上昇期としている(四井ほか 1984)。福井県沿岸では、5月頃にこの水温帯になることが多い。しかし、水温の推移には年変動があり、海藻の成熟には個体差もあると考えられることから、2023年4–5月にかけて、福井県若狭町世久見の海岸で、母藻として用いるヤツマタモクを定期的に採集し、成熟状況を確認しながら、スポアバッグの設置時期を検討した。2023年4月19日、5月2日および5月22日にフリーダイビングによりヤツマタモクの繁茂状況および生殖器床を水中で観察し、写真を撮影した。雌雄数株のヤツマタモクを採集し、実験室に持ち帰り、拡大鏡および実体顕微鏡下で生殖器床を観察した。また、一部の生殖器床については、ステンレスカミソリを使って切片を作製し、ウェットマウントにより、生物顕微鏡で観察した。
スポアバッグの設置は2023年5月12日に行った。Stn. A-1およびA-2において、スポアバッグ設置前(2023年5月12日)および設置後(2023年10月13日)に海藻の植被率および種組成をモニタリング調査した。調査方法は上述のモニタリング調査と同様である。なお、5月12日に採集したヤツマタモクの一部を福井県水産試験場内の海水をかけ流した水槽(常温)で管理し、5月22日に再び観察した。
3)海藻の生育環境調査モニタリング調査およびスポアバッグ調査時には、調査地点における海藻の生育環境を測定した。測定項目は、水深、水温、水素イオン濃度(以下pHと称す)、溶存酸素濃度(以下DOと称す)、塩分濃度、濁度である。水質はポータブル多項目水質計(WQC-24、東亜DKK株式会社製)を用いた。各項目とも1地点につき1回計測した。特に、水温については、2021年12月から2024年5月までの2年半の間、自記水温計(HOBO Water Temperature Pro v2 Data Logger、Onset Computer Corporation製)を烏辺島周辺の海底に設置し、1時間間隔で連続観測した。
Stn. A-1、A-2およびB-1における人工藻場造成後のホンダワラ科褐藻の種組成および植被率を図4aおよび4bに示す。各地点で確認された海藻データを付録1として掲載した。
Fig. 4. Seaweed species composition and Sargassaceae species coverage on the artificial reefs at Stns. A-1 and A-2, and the natural reef at Stn. B-1 on (a) October 26, 2020 (immediately after reef construction), (b) October 16, 2022 (2 years after construction), (c) May 12, 2023 (before spore bag installation), (d) October 13, 2023. The nearest spore bag was installed at Stn. A-2.
人工藻場造成直後(2020年10月26日)のStn. A-1およびA-2における種組成および植被率は、ともに0種、0%であった。Stn. B-1におけるそれらは、ヤツマタモク70%、ノコギリモクS. macrocarpum C. Agardh 10%およびヨレモクS. siliquastrum(Turner)C. Agardh 1%の3種、81%であった(図4a)。
2年後(2022年10月16日)のStn. A-1およびA-2における種組成および植被率は、ともにヤツマタモク1%、マメタワラS. piluliferum(Turner)C. Agardh 1%、ノコギリモク1%およびフシスジモクS. confusum C. Agardh 1%の4種、4%であった。Stn. B-1におけるそれらは、ヤツマタモク80%、マメタワラ1%、ノコギリモク1%およびヨレモク1%の4種、83%であった(図4b)。
以上のことから、天然藻場のStn. B-1における海藻の優占種はヤツマタモクであった。植被率も大きいことから、極相に達していると推察される。一方、人工藻場のStn. A-1およびA-2の植被率は極めて小さいことから、遷移の途中であり、特定の優占種は確認されなかった。
スポアバッグ調査ヤツマタモクの観察結果を図5に示す。2023年4月19日は、ヤツマタモクの側枝の先端の生殖器床が白く色づいている様子を観察した(図5a)。生殖器床は小さく、未熟な状態だった。2023年5月2日の観察では、生殖器床に膨らみと表面に凹凸がある個体を確認した(図5b)。2023年5月12日にスポアバッグに使用した母藻の観察では、5月2日の観察時に比べて藻体全体の生殖器床に膨らみがあった(図5c)。生殖器床の切片を作製して生物顕微鏡で観察したところ、大きさから判断して未熟と思われる幼胚を確認した。2023年5月22日の観察では、藻体全体に膨らみのある生殖器床を確認した(図5d)。また、一部の生殖器床の表面には幼胚を確認した(図5e)。スポアバッグを設置した5月12日には成熟したヤツマタモクを確認できなかったが、そのときに採集したヤツマタモクの一部を5月22日に再び観察した結果、生殖器床の表面に褐色の幼胚を確認した(図5f)。また、藻体の腐敗は確認されなかった。
Fig. 5. Sargassum patens observations taken on (a) April 19, 2023, (b) May 2, 2023, (c) May 12, 2023, and (d) May 22, 2023. (e, f) Young embryos sampled May 22, 2023, from (e) the natural reef and (f) an aquarium.
Stn. A-1、A-2およびB-1におけるスポアバッグ設置前後のホンダワラ科褐藻の種組成および植被率を図4cおよび4dに示す。各地点で確認された海藻データを付録2として掲載した。
スポアバッグ設置前(2023年5月12日)のStn. A-1における種組成および植被率は、ヤツマタモク1%、アカモクS. horneri(Turner)C. Agardh 1%、マメタワラ1%、ノコギリモク5%およびフシスジモク1%の5種、9%であった。Stn. A-2におけるそれらは、ヤツマタモク1%、アカモク1%、ノコギリモク5%およびフシスジモク1%の4種、8%であった。Stn. B-1におけるそれらは、ヤツマタモク40%、マメタワラ1%、ノコギリモク1%、ウスバノコギリモクS. serratifolium(C. Agardh)C. Agardh 1%およびヨレモク1%の5種、44%であった(図4c)。
スポアバッグ設置後(2023年10月13日)のStn. A-2における種組成および植被率は、ヤツマタモク1%、ノコギリモク5%およびフシスジモク1%の3種、7%であった。一方、スポアバッグを設置していないStn. A-1におけるそれらは、ヤツマタモク5%、ノコギリモク10%、フシスジモク1%およびジョロモクMyagropsis myagroides(Mertens ex Turner)Fensholt1%の4種、17%であった。同様に、スポアバッグを設置していないStn. B-1におけるそれらは、ヤツマタモク70%、ノコギリモク1%およびヨレモク1%の3種、72%であった(図4d)。
海藻の生育環境調査2020年10月、2022年10月および2023年10月における、各地点の水深、水温、pH、DO、塩分、濁度の平均値および標準偏差を表2に示す。Wilcoxonの順位和検定を実施した結果、人工藻場と天然藻場の間に統計的な有意差が確認されたのは、水深およびDOであった(p=0.0256および0.0238)。天然藻場のDOが人工藻場のそれより大きかった原因として、海藻による光合成が盛んであったためと推定される。
Table 2. Water depth, temperature, and quality measurements for each survey site. Data are means, with standard deviation in parentheses.
項目 Items | Stn. A-1 | Stn. A-2 | Stn. B-1 |
---|---|---|---|
水深 Water depth(m) | 7.7(0.1) | 7.4(0.3) | 3.9(0.6) |
水温 Water temperature(°C) | 23.0(1.2) | 23.0(1.2) | 23.1(1.2) |
水素イオン濃度 pH | 8.22(0.02) | 8.21(0.03) | 8.26(0.02) |
溶存酸素濃度 DO concentration(mg/L) | 8.43(0.29) | 8.38(0.34) | 9.31(0.07) |
塩分濃度 Salinity(‰) | 31.1(0.2) | 31.1(0.2) | 31.1(0.1) |
濁度 Turbidity(Nephelometric Turbidity Unit) | 0.9(0.3) | 1.0(0.4) | 0.9(0.2) |
本調査地区における4月1日から5月31日までの水温(2022、2023、2024年)の季節変化を図6に示す。烏辺島周辺では、2022、2023年は5月4日、2024年は4月30日に17°Cを超えた。また、2022、2023年は5月下旬に20°Cを超えた。
Fig. 6. Seasonal changes in water temperature from April 1 to May 31 in the study area in 2022, 2023, and 2024.
本調査において、肉眼でヤツマタモクの幼胚を確認できたのは5月22日であったことから(図5e)、5月12日に設置したスポアバッグのなかで成熟が進行し、5月22日にはスポアバッグから幼胚が放出されたと推定される。このときの水温は20°Cに達しており(図6)、成熟期の最高温度が20°Cという点においては京都府(道家ほか 1995)や長崎県(四井ほか 1984)の知見と一致した。
一方、成熟期の最低温度に関しては、長崎県と京都府の間で1°Cの差がある。これは、ヤツマタモクの生殖器床のどのような変化をもとに判断するかによって変わる。たとえば、白く色づく、膨らむなどである。本報では、藻体全体の生殖器床に膨らみがあった時点で成熟が始まったと判断すると、本地区における成熟期の水温は18–20°Cになる。ただし、成熟期の水温の上限値については今後の研究課題である。
その他の種の生態1)アカモクEndo et al.(2019)は、若狭湾において1年生のアカモクが多年生のヤツマタモクおよびマメタワラに与える影響が促進・耐性・抑制モデルの3パターン(Connell and Slatyer 1977)のどのモデルかを明らかにするために、それらの間の競争関係を相互除去実験によって検証した。その結果、1年生のアカモクは多年生のヤツマタモクおよびマメタワラが少しでも生えていれば生長できない。しかし、多年生のヤツマタモクおよびマメタワラは1年生のアカモクがいてもいなくても繁茂できることを明らかにした。
本調査によると、人工藻場造成後2年半が経過し、ヤツマタモクおよびマメタワラが生育するにもかかわらず、2023年5月にはアカモクが確認された。以上のことから、本調査結果はEndo et al.(2019)と一致しなかった。
2)フシスジモク本調査によると、人工藻場ではフシスジモクが確認されたのに対し、天然藻場では確認されなかった。フシスジモクは、藻場造成などで新しい基質を設置するとホンダワラ科褐藻のなかで最初に入植することが多い種である。また、新しい基質に固着しやすかったり、幼体なども植食動物に食べられにくいなど、他のホンダワラ科海藻にはない特徴が報告されている(京都府農林水産技術センター海洋センターn.d.a)。つまり、フシスジモクの特徴として、他の海藻が生育しにくい不安定な環境に適応できる種といえる。しかし、時間が経過するとフシスジモク以外の種が優勢になり、フシスジモクは少なくなってくることから(道家ほか 2004)、天然藻場ではフシスジモクが確認されなかったと推定される。この変化は遷移の一過程と考えられる。
3)ノコギリモク本調査によると、人工藻場の優占種はノコギリモクと考えられる。ノコギリモクは、低潮線から水深20 m位まで生育しており、ホンダワラ科褐藻のなかでは、比較的深いほうでよく見られる。また、寿命が長く生産量が大きいという特徴があり、安定した藻場をつくることができる(京都府農林水産技術センター海洋センターn.d.b)。人工藻場は天然藻場と比較して水深が統計的に有意に大きかったため、ノコギリモクがヤツマタモクよりも生育するのに適していると考えられる。
ノコギリモクは水温最低期にもヤツマタモクのように生長の停滞が認められないことから、年間純生産量が大きい(谷口・山田 1978)。また、ノコギリモクは4月に最大現存量になるのに対し、ヤツマタモクは5月に最大現存量になることから(八谷ほか 2007)、1ヵ月早く成熟期を迎えるノコギリモクがヤツマタモクよりも優位に子孫を残すことができる可能性が考えられる。以上のことから、比較的水深が大きい人工藻場では、ノコギリモクが優占したと推定される。
今後スポアバッグを設置する際の留意点Stn. A-2では、成熟したヤツマタモクが入ったスポアバッグを設置したにもかかわらず、ヤツマタモクの増加は確認されなかった。一方、天然藻場のStn. B-1では、スポアバッグを設置していないにもかかわらず、ヤツマタモクが顕著に増加した。以上のことから、人工藻場にヤツマタモクを母藻として入れたスポアバッグ設置の効果は確認されなかったといえる。
今回はスポアバッグに入れる母藻として、ヤツマタモクを選定した。その選定根拠は、烏辺島周辺の岩礁域では、ホンダワラ科褐藻のヤツマタモクが優占していたからである。しかし、天然藻場の水深は約4 mであるのに対し、人工藻場のそれは7–8 mであり、生育環境が大きく異なった。天然藻場の優占種はヤツマタモクであったが、人工藻場のそれはノコギリモクであった。今後スポアバッグを設置する際は、事前に設置場所の環境条件および優占種を十分調査してから実施することが重要である。たとえば、潮通しがよいところでは、せっかく母藻から幼胚が供給されたとしても、砂が捨石の上に堆積するため付着できない可能性が考えられる。母藻としてヤツマタモクを使用する場合は、水温の情報だけでなく現地で事前に藻体を採集して、成熟状態を確認することも重要である。
水産庁(2021)によると、磯焼け対策手法として、(1)ウニの除去、(2)魚類の除去、(3)フェンスの設置、(4)海藻のタネの供給、(5)基質の提供、(6)基質形状の工夫、(7)栄養塩の供給、(8)流動の促進などが挙げられている。本報では捨石を投入したにもかかわらず(上述の(5)に該当)、海藻の生育状況がよくなかったため、スポアバッグ設置を試みた(上述の(4)に該当)。対策を講じる際は、海藻が生育しない要因を特定した上で行わなければならない。要因を特定できない場合は、簡易な現地実験、あるいは磯焼け域と近隣藻場を比較する現地調査を行い、要因を特定することが重要である。本実践報告が、今後同様の取り組みが行われる際の重要な知見になることを期待する。
福井県嶺南振興局林業水産部の梶村周平氏,宮永和幸氏(当時)には、調査結果の公表および既往資料の借用に同意していただきました。東京海洋大学の神谷充伸教授、サカイオーベックス株式会社水産資材事業部の青山勧氏には、ヤツマタモクの成熟時期および成熟度の確認方法について情報提供していただきました。鹿児島大学水産学部の遠藤光博士には、文献の提供および遷移について有益な助言をいただきました。福井県海浜自然センターの職員の皆様には、調査の実施に関して施設利用の便宜を図っていただきました。以上の方々に深く感謝申し上げます。
付録1 表1. Stn. A-1、A-2およびB-1における人工藻場造成後のホンダワラ科褐藻の種組成および植被率。
人工藻場造成直後は2020年10月26日、2年後は2022年10月16日、3年後は2023年10月13日に実施した。
付録2 表2. Stn. A-1、A-2およびB-1におけるスポアバッグ設置前後のホンダワラ科褐藻の種組成および植被率。
スポアバッグ設置前は2023年5月12日、設置後は2023年10月13日に実施した。
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https://doi.org/10.18960/hozen.2417