人間科学
Online ISSN : 2434-4753
研究論文
日韓における保育カリキュラムの現状と課題―「保育所保育指針」の領域「環境」・「表現」と韓国「標準保育課程」の「自然探究」・「芸術経験」の比較を中心に―
清水 陽子石川 ますみ古野 愛子
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2020 年 2 巻 p. 46-53

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抄録

持続可能な社会づくりのためには,乳幼児期の教育が重要であり,OECDが指摘している「保育の質改革」は日韓共通の課題である。

韓国では,2012年3月に,幼稚園と保育施設(オリニジップ)の5歳児を対象に,幼保統合カリキュラムを制定した。翌年の2013年には,5歳児だけでなく3~5歳児のカリキュラムを統合し,「3~5歳児年齢別ヌリ課程」を制定した。日本では,2017年3月の改定によって,幼保統合カリキュラムが実現された。本稿では,日韓の保育カリキュラムが改定された方向性を視野に入れ,「保育の質」の捉え方について比較検討する。

研究の方法として,日本と韓国の3歳未満児の幼保統合カリキュラムの2領域「自然探究」と「環境」,「芸術経験」と「表現」を比較する。

日本の「保育所保育指針」と韓国「標準保育課程」との比較を通して,保育実践の質を保障するための3歳未満児の保育カリキュラムの在り方について考察することを,本研究の目的とする。

Abstract

Early childhood education is important for creating a sustainable society. The Organization for Economic Co-operation and Development (OECD) has pointed out that “childcare quality reform” is a common issue in Japan and Korea. In South Korea, an integrated nursery curriculum was introduced in March 2012 for 5-year-olds in kindergartens and childcare facilities (orinizippu). In 2013, the curriculum was expanded to include children aged 3 to 5 using the “Nuri Curriculum” for ages 3 to 5. In March 2017, a revised integrated curriculum was introduced in Japan. This article will address the issue of how to evaluate the quality of childcare education by analyzing the revised daycare curriculum in Japan and South Korea. For our research, we will compare the following two areas of the integrated curriculum for children under the age of three in Japan and Korea: “Nature exploration and Environment”, and “Art experience and Expression”. The purpose of this paper is to examine the way childcare curriculum for children under the age of three is implemented to ensure the quality of childcare practices through a comparison between Japan’s Nursery Center Childcare Guidelines and the Korean Standard Nursery Course.

1. 問題と目的

持続可能な社会づくりのためには,乳幼児期の教育が重要であり,OECDが指摘している「保育の質改革」は日韓共通の課題である。教育は計画的に行われるべきものであり,子ども一人一人を育てる教育は質の高い保育カリキュラム1)から生まれる。これまでのカリキュラム研究から,乳幼児期のカリキュラムは,他の教育段階のカリキュラムとは異なる独自の特性を持っていることが明らかになっている。そして,カリキュラムの枠組み(ガイドライン)とは,子どものケアと学びの内容と,それに対するアプローチを導くツールである2)

日本では,2017年3月に「幼稚園教育要領」や「保育所保育指針」等の改定によって,幼保統合カリキュラムが提示され,全ての幼児教育・保育施設において就学前の共通した内容が実施されることとなった。本研究は,「幼稚園教育要領」や「幼保連携型認定子ども園教育保育要領」と,「3~5歳年齢別ヌリ課程」を比較した先行研究の中でも,特に日本と韓国の保育カリキュラムについて様々な視点から考察を試み,OECDが提示した質の高い幼児教育のためのカリキュラム編成のための「重要な学びの8領域」を視点として考察した研究(金京和,2018)3)から,示唆を受けた。

日本でこの度改定された「保育所保育指針」(2017)には「幼児教育を行う施設として共有すべき事項」に,「育みたい資質・能力」の3つの柱と並んで「幼児期の終りまでに育ってほしい姿」の10項目が評価軸として設定されている4)。この3つの柱の「学びに向かう力,人間性等」は,これまでの保育内容のねらいである「心情・意欲・態度」の育成と共通点があるが,「知識及び技能の基礎」「思考力・判断力・表現力などの基礎」は,新しく加えられたねらいである。

本稿では,この新しく加えられた資質・能力に関係の深い保育内容の2領域「環境」と「表現」を選び,韓国「標準保育課程」の「自然探究」と「芸術体験」の各領域と比較する。韓国の幼保統合カリキュラムの取り組みは,日本より約5年早い2012年3月に,認可施設の幼稚園と保育施設(オリニジップ)の5歳児を対象に実施された。現在,このヌリ課程は,「標準保育課程」(2013)の一部となっていることから,本研究では3歳未満児の保育カリキュラムの日韓比較を通して,多くの示唆を得ることが期待できると考えた。

また,日本の「保育所保育指針」と韓国「標準保育課程」との比較を通して,保育の質を保障するための保育カリキュラムの在り方について考察することを,研究の目的とする。

2. 研究の方法

最初に,「保育所保育指針」の領域別保育内容「環境」と韓国「標準保育課程」の「自然探究」,「保育所保育指針」の「表現」と韓国「標準保育課程」の「芸術体験」の2領域の3歳未満児の保育のねらい・内容の対照表を作成し,それぞれの特徴を明らかにする。

次に,以下の2つの視点から両者を比較する。

①「保育所保育指針」(2017)に記されている「育みたい資質・能力」の3つの資質・能力「学びに向かう力,人間性等」「知識及び技能の基礎」「思考力・判断力・表現力などの基礎」の視点。

②OECDが提示した「重要な学びの8領域の読み書き(語彙と聞く能力を増やすこと,言語的な発達と読解能力の基礎となる文字の理解),基礎的計算(空間や時間,数量の理解,問題解決につながる倫理的推論や表現の能力の獲得),情報通信技術(パソコンを使った学びの諸活動によって想像力や好奇心などを刺激),自然科学(科学に関する学びの経験により,読み書きや推理能力や問題解決能力を高める),芸術と音楽(形状等の理解をすることで,興味関心の増加・認知的能力の向上,想像力の刺激),身体と健康の開発(体を動かす遊びや諸活動は社会的スキルの開発を促進),遊び(ロールプレイングや子ども主導型遊びなど,冒険,遊び,仲間との相互作用などの諸活動により協同,自己決定力,対人能力を高める),選択・自己決定・子ども間の相互作用」の視点5)

3. 韓国「標準保育課程」と日本「保育所保育指針」にみる保育カリキュラムの特徴

(1) 「標準保育課程」にみる韓国の保育カリキュラムの特徴

「標準保育課程」は「乳幼児保育法」第29条に規定されているもので,保育施設における乳幼児の保育の目的及び目標を達成するための国家基準の保育課程である。「標準保育課程」は,乳幼児の身体・情緒・言語・社会性及び認知的発達を企図する内容を含むものである。その内容構成は,0~1歳,2歳,3~5歳の年齢区分に従って,水準別に構成されている6)

「3~5歳児年齢別ヌリ課程」(2013)は,統合されて,現在は5領域(身体運動・健康,意思疎通,社会関係,芸術経験,自然探究)となっている。韓国の保育方法の特徴は,生活主題(テーマ)が設定され,テーマ中心型の大・小集団活動(プロジェクト活動)と,領域別のコーナーを設定する「自由選択活動」が実施されていることである7)

(2) 「保育所保育指針」にみる日本の保育カリキュラムの特徴

「保育所保育指針」は,児童福祉施設の設備及び運営に関する基準第35条の規定に基づき,保育所における保育の内容や運営に関する事項を定めたものである。各保育所は,この指針を基に規定される保育の内容にかかる基本原則に関する事項等を踏まえ,各保育所の実情に応じて創意工夫を図り,保育所の機能及び質の向上に努めている。

2017年の改定により,前述した「幼児教育を行う施設として共有すべき事項」に,「育みたい資質・能力」の3つの柱と「幼児期の終りまでに育ってほしい姿」の10項目が保育内容の5領域「健康,人間関係,環境,言葉,表現」とねらい・内容と関連して設定された。「保育所保育指針」の第1章総則には,「保育の方法」として「子どもが自発的・意欲的に関われるような環境を構成し,子どもの主体的な活動や子ども相互の関わりを大切にすること」8)として,環境を通して保育する際の具体的な留意事項を示し,乳児(0歳児),1歳以上3歳未満児,3歳以上児に分けて,保育内容のねらいと内容等が記されている。

(3) 3歳未満児の保育の目標と内容に関する比較

1) 3歳未満児の「自然探究」(「標準保育課程」)と「環境」(「保育所保育指針」)の比較

1-1は韓国標準保育課程「自然探究」と,日本の保育所保育指針「環境」の領域の目標,ねらい,内容を示したものである。「自然探究」(「標準保育課程」)の各年齢別保育内容は,年齢・発達・個人差によって「水準」に分け区分している。そして,「自然探究」の領域は,「探究的態度」,「数学的探究」,「科学的探究」の3種類の内容カテゴリーで構成されている。

表1-1  3歳未満児の「自然探究」(「標準保育課程」)と「環境」(「保育所保育指針」)の比較
「自然探究」(「標準保育課程」より抜粋) 「環境」(「保育所保育指針 1歳以上3歳未満児の保育に関わるねらい及び内容」より抜粋)
領域の目標  身近な事物と自然環境を知覚して好奇心を持って,持続的に探究する態度を身につけ,問題解決のための基礎能力を育てて,自然を愛する心を持つようにする。
1.身近な事物と自然環境について持続的に好奇心を持って探究する態度を身につける。
2.日常生活の様々な状況と問題を数学的に理解して解決するための基礎能力を育てる。
3.身近な事物と自然環境について基礎知識を積んで,自然を愛する心を持つ。
 周囲の様々な環境に好奇心や探究心をもって関わり,それらを生活に取り入れていこうとする力を養う。
0–1歳 2歳 1歳以上3歳未満
年齢別のねらい  身近な事物と環境について関心を持って見て,聞いて,触れて感じる等,多様な感覚と操作で知覚して繰り返し探索する。
①身近な事物と自然環境に関心を持つ。
②感覚と操作を通じて数学的経験をする。
③身近な事物と自然環境を感覚的に知覚して探索する。
 身近な事物と環境に対する好奇心を持って,多様な方法で探索して,日常生活の中で十分な数学的,科学的経験をするようにする。
①身近な事物と自然環境に好奇心を持つ。
②生活の中で数学的経験をする。
③身近な事物と自然環境を多様な方法で探索する。
①身近な環境に親しみ,触れ合う中で,様々なものに興味や関心をもつ。
②様々なものに関わる中で,発見を楽しんだり,考えたりしようとする。
③見る,聞く,触るなどの経験を通して,感覚の働きを豊かにする。
内容 【探究的態度】
・身近な事物と環境に関心を持つ
・繰り返し観察する
【数学的探究】
・数量を知覚する
・周辺空間を探索する
・比較する
・簡単な規則性を知覚する
【科学的探究】
・身近な事物を知覚する
・身近な生物に関心を持つ
・自然現象を知覚する
【探究的態度】
・身近な事物と環境に好奇心を持つ
・くり返し探索する
・問題解決に関心を持つ
【数学的探究】
・数量を認識する
・空間と図形を認識する
・比較及び順序を認識する
・簡単な規則性を認識する
・区分する
【科学的探究】
・物体と物質の特性を探索する
・身近な動植物の特性を知る
・自然現象を認識する
・生活の中の道具と機械に関心を持つ
①安全で活動しやすい環境での探索活動等を通して,見る,聞く,触れる,嗅ぐ,味わうなどの感覚の働きを豊かにする。
②玩具,絵本,遊具などに興味をもち,それらを使った遊びを楽しむ。
③身の回りの物に触れる中で,形,色,大きさ,量などの物の性質や仕組みに気付く。
④自分の物と人の物の区別や,場所的感覚など,環境を捉える感覚が育つ。
⑤身近な生き物に気付き,親しみをもつ。
⑥近隣の生活や季節の行事などに興味や関心をもつ。

出典:「標準保育課程」(2013)と「保育所保育指針」(2017)をもとに筆者作成

両者の共通点は,自然環境だけでなく幼児にとっての身近な環境にある事物との関わりも含まれている点である。従って,内容的には概ね共通しているといえる(表1-1 3歳未満児の「自然探究」(「標準保育課程」)と「環境」(「保育所保育指針」)の比較参照)。

それぞれの特徴について述べると,「保育所保育指針」のねらいは,「感覚の働きを豊かにする」,「~を楽しむ」等「生きる力」の基礎となる心情,意欲,態度を育成することを重視したもので,抽象的な表現である。

韓国「標準保育課程」のねらいは「比較する」「知覚する」等育成する乳幼児の資質や能力が明確であり,具体的に記されている。また,0~1歳児の内容に,量だけでなく数の知覚が記されているのは,韓国「標準保育課程」の特徴である。そして,その内容は「0~1歳児水準別内容」には,さらに具体的に,「ある」と「ない」という状況を知覚する,「ひとつ」と「たくさん」を区別する等,子どもとの関わりが保育者にイメージしやすいように記されている(「表1-2 0~1歳児水準別内容」参照)。前述した数の知覚に関する2歳児の内容を,「2歳児水準別内容 数学的探究」から見てみる。「空間と図形に興味を持つ」は,「水準」の項目には「自分を中心として慣れている位置と場所を認識する」と記載されているため,具体的な保育場面での子どもへの関わり方が理解しやすいと考える(表1-3 2歳児水準別内容参照)。また,「育みたい資質・能力」の視点から見ると,これは「知識及び技能の基礎」を育てる内容である。

表1-2  0~1歳児水準別内容
内容カテゴリー 内容 1水準 2水準 3水準 4水準
探究的態度 まわりの事物に興味を持つ まわりの事物に興味を持つ
試みる 自分とまわりの物を感覚で探索する まわりの物に対して意図的な探索を試みる
数学的探究 知覚する 「ある」と「ない」状況を知覚する 「ある」と「ない」を区別する 「ひとつ」と「たくさん」を区別する
まわりの空間を探索する 保育者に援助されて,まわりの空間を探索する
まわりの物の形を知覚する
違いを知覚する まわりの物の違いを知覚する
簡単な規則を知覚する 日常と遊びから簡単な規則を経験する
科学的探究 物体と物質を探索する 日常生活のまわりのいくつかの親しまれた物を保育者と一緒に探索する
動植物に興味を持つ まわりの動植物の形,声,動きに興味を持つ
まわりの自然に興味を持つ 生活のまわりの自然物を感覚で感じてみる
風,日差し,雨など自然現象を感覚で感じてみる
生活道具を探索する 保育者の助けを借りて生活道具を探索する

出典:「標準保育課程」(2013)より抜粋したもので,筆者の意訳が含まれている。

 

表1-3  2歳児水準別内容
内容のカテゴリー 内容 1水準 2水準
探究的態度 身近な事物と環境について好奇心を持つ 身近な物と自然に好奇心を持つ
探索の繰り返しを楽しむ 興味あるものを繰り返して主導的に探索を楽しむ
数学的探究 認識する 多少を区別する
2つ程度の数の名前を言ってみる 3つ程度の具体物を言いながら数えてみる
具体物を1対1で対応してみる
空間と図形に興味を持つ 自分を中心として慣れている位置と場所を認識する
まわりの物の形に興味を持つ
違いに興味を持つ まわりの物の大きさ(性質の違い)に興味を持つ
単純な規則に興味を持つ まわりから単純に繰り返される規則に興味を持つ
区分けをする まわりの物が同じで,異なることによって区別する
科学的探究 物体と物質を探索する 親しみのある物体と物質を能動的に探索する
まわりの動植物に興味を持つ 身近な動植物の形,声,動きに興味を持つ
自然を探索する 石,水,砂などの自然物を探索する
天気を感覚で感じる
生活道具を使う 生活の中で簡単な道具に興味を持つ
簡単な道具を使う

出典:「標準保育課程」(2013)より抜粋したもので,筆者の意訳が含まれている。

次に,OECDの学びの8領域の視点から日韓のカリキュラムの比較を試みる。「基礎的計算(空間や時間,数量の理解)」と「自然科学(科学に関する学びの経験)」の領域の要素が,「自然探究」(韓国)には「探究的態度」,「数学的探究」,「科学的探究」と年齢に即した内容が,保育者に理解しやすいように整理して記されている。

2) 3歳未満児の「芸術経験」(「標準保育課程」)と「表現」(「保育所保育指針」)の比較

2-1は韓国標準保育課程「芸術経験」の目標,ねらい,内容と,日本の保育所保育指針「表現」の目標,ねらい,内容を示したものである。

表2-1  3歳未満児の「芸術経験」(「標準保育課程」)と「表現」(「保育所保育指針」)の比較
「芸術経験」(「標準保育課程」より抜粋) 「表現」(「保育所保育指針 1歳以上3歳未満児の保育に関わるねらい及び内容」より抜粋)
領域の目標  身近な環境との関わりや生活において,芸術的な要素に関心を持ち,興味深く経験して楽しむことで,感性と創造性を育てる。
①身近な生活の中で発見した単純な芸術的要素から,多様な要素までの美しさに関心を持ち,探索する。
②自分の考えたこと,感じたことを,音楽,動作と踊り,劇遊び,美術活動によって表現することを楽しみ,多様な形で想像的に表現するようになる。
③生活の中で,自然と事物及び芸術作品を見て楽しむ。
 感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して,豊かな感性や表現する力を養い,創造性を豊かにする。
年齢別のねらい 0–1歳児 2歳児 1歳以上3歳未満児
 自分の身体と感覚刺激に好奇心を持ち,音や簡単な歌を楽しんで聞き,声や身体の動作,なぐり書き等の複雑な表現を楽しむようになる。
①自分の身体と身近な感覚刺激に好奇心を持つ。
②模倣行動を楽しんで声と動作で表し,簡単な美術経験をする。
③親しみのある音や歌を楽しんで聞き,事物の形態に目を向ける。
 身近な事物,環境,自然の美しさを発見して楽しむ経験をして,創造性と感性が豊かに発達する基礎を準備する。
①身近な生活において芸術的要素を発見して,興味深く探索する。
②模倣や単純な創造遊びを楽しんで,簡単なリズムや歌,及び身体の動き,美術活動を自由に楽しむ。
③身近な環境と自然において,芸術的要素に関心を持ち,見て楽しむ。
①身体の緒感覚の経験を豊かにし,様々な感覚を味わう。
②感じたことや考えたことなどを自分なりに表現しようとする。
③生活や遊びの様々な体験を通して,イメージや感性が豊かになる。
内容 【審美的探索】
・音,動き,視覚資料に好奇心を持つ
【芸術的表現】
・リズムのある音で表現する
・動作で表現する
・模倣行動を楽しむ
・単純な美術経験をしてみる
【芸術鑑賞】
・美しい音や歌を聴く
・身近な美しさを経験する
【審美的探索】
・身近な環境の芸術的要素を探索する。
【芸術的表現】
・リズムのある音,歌,踊りで表現する。
・模倣と単純なごっこ遊びを楽しむ
・身体の動作で表現する
・リズムや歌で表現する
・単純な美術活動を楽しむ
【芸術鑑賞】
・身近な環境の芸術的要素に関心を持ち,鑑賞を楽しむ。
①水,砂,土,紙,粘土など様々な素材に触れて楽しむ。
②音楽,リズムやそれに合わせた体の動きを楽しむ。
③生活の中で様々な音,形,色,手触り,動き,味,香りなどに気付いたり,感じたりして楽しむ。
④歌を歌ったり,簡単な手遊びや全身を使う遊びを楽しんだりする。
⑤保育士等からの話や,生活や遊びの中での出来事を通して,イメージを豊かにする。
⑥生活や遊びの中で,興味のあることや経験したことなどを自分なりに表現する。

出典:「標準保育課程」(2013)と「保育所保育指針」(2017)をもとに筆者作成

両者の共通点としては次のようなものがある。まず,領域の名称は異なるものの,それぞれの目標や内容が「感じること」と「感じたことを表現すること」,「表現を通して創造性を育てること」の3つから成り立っていることである。また,表現には,身体,歌や音など多様な表現が含まれていることも共通している。しかし,韓国「標準保育課程」には美術表現が明示されているが,「保育所保育指針」では「自分なりに表現する」という記述にとどまり,描く,作るなどのいわゆる美術表現が含まれるかどうかについては明確でない。したがって,日本の「保育所保育指針」に記載されている感覚には,視覚,聴覚,味覚,嗅覚,触覚など5感のすべてを対象としているのに対して,韓国では美しいものに触れ,美しいものを美しいと感じる感覚が重要視される。

このことは,表現にも当てはまる。「保育所保育指針」が求める表現は「自由な自分なりの表現」であるのに対して,韓国「標準保育課程」では芸術的表現の涵養を目指していると考えられる。それ以外にも,韓国「標準保育課程」では,自然や芸術的なものへの探索が示されているのに対し,「保育所保育指針」にはこのような記述がほとんどないことも違いの一つである。

さらに,韓国「標準保育課程」には,審美的探索,芸術的表現,芸術鑑賞のカテゴリーごとに水準(2歳児は2つの水準)に分けて,「歌やリズムに合わせて体で表現(ダンス)を楽しむ」など,幼児が経験する具体的な活動が示されている(表2-2,表2-3)。

表2-2  0~1歳児水準別内容
内容カテゴリー 内容 1水準 2水準 3水準 4水準
審美的探索 芸術的な要素に好奇心を持つ 身近なものの音と動きに好奇心を持つ
身近な環境の色,形に好奇心を持つ
芸術的表現 リズムのある声で反応する リズムある音に興味を持つ 歌を部分的に歌う
リズムと歌に声で反応する リズムと音の高さに合わせて音を出す
体の動きで反応する 手足振りと体の動きで反応する
簡単な道具を使って動く
簡単な美術を経験する 感覚的に単純な美術経験をする
模倣を楽しむ 声や顔の表情,体,動きなどを模倣する 単純な模倣行動を遊びの中で楽しむ
芸術鑑賞 美しさを経験する 日常生活で繰り返される音と歌に興味を持つ 日常生活でリズムある音と歌を好んで聞く
日常生活で自然や物の美しさを経験する

出典:「標準保育課程」(2013)より抜粋したもので,筆者の意訳が含まれている。

 

表2-3  2歳児水準別内容
内容カテゴリー 内容 1水準 2水準
審美的探索 芸術的な要素を探索する 身近な環境から聞こえる色々な音と動きを探索する
身近な環境から色,形を探索する
芸術的表現 リズムある音と歌で表現する 親しみのある歌を楽しく歌う
体,物,リズム楽器などを使って簡単なリズムと音を作る
動きで表現する 歌やリズムに合わせて体で表現する
簡単な道具を使って体で表現する
自発的に美術活動をする 自発的に描いたり,作ったりする
簡単な道具と美術材料を扱う
模倣と想像遊びをする 模倣行動を遊びに取り入れ楽しむ 日常生活の経験を想像遊びとして楽しむ
芸術鑑賞 美しさを楽しむ 自然や生活の音,動き,親しい音楽やダンスを,興味を持って聞いたり見たりする
日常生活で自然と物の美しさに興味を持って楽しむ
自分と同年代が表現した歌,ダンス,美術品などに興味を持って楽しむ

出典:「標準保育課程」(2013)より抜粋したもので,筆者の意訳が含まれている。

「保育所保育指針」を含めたわが国の基準には具体的な活動は示されていないが,具体的な活動を明示することによって,保育計画を作成する際に具体的な手掛かりとなる。

「育みたい資質・能力」の「思考力,判断力,表現力」の視点から,「表現」(日本)のねらい・内容を考察した時,子どもの感性を育てるための具体的な記述がされていないため,何を基準に評価を行うのかが明確でないことが明らかになった。「芸術経験」(韓国)では,美しいものへの興味・関心や探索というねらいが設定され,年齢や育ちに即して具体的な内容が示されている。

次に,「芸術と音楽」(OECD)の視点からみると,韓国「標準保育課程」では,「芸術経験」という領域の名称からも明らかなように,“Starting Strong”(OECD, 2012)の考え方をいち早く取り入れ,認知的能力の向上や想像力の刺激につながるような芸術性の涵養に着目している。日本の「保育所保育指針」で育てようとする感覚は音,形,色,手触り,動き,味,香りを対象とした多様な感覚であるのに対して,韓国「標準保育課程」では,「身近な生活において芸術的要素を発見し,興味深く探索する」という目標を設定し,審美的探索つまり,「身近な環境の芸術的要素を探索する」内容が記述されていて,子どもの興味関心を高める意図を明確に記している。

4. まとめ及び今後の課題

「育みたい資質・能力」の点から日本の「環境」のねらい・内容を考察すると,「知識及び技能の基礎」や「判断力・表現力などの基礎」に関するねらいは見いだせないが,「発見を楽しんだり,考えたりしようとする」の記載が,「思考力の基礎」・「学びに向かう力,人間性等」に該当するねらい・内容だといえる。韓国の「自然探究」には,数量や周辺の事物を「知覚する」や「認識する」の記載があり,「表現力の基礎」以外のねらい・内容は設定されている。

OECDの学びの8領域の視点から日韓のカリキュラムの比較の結果,「基礎的計算(空間や時間,数量の理解)」と「自然科学(科学に関する学びの経験)」の領域の要素が,韓国の「自然探究」には明確に設定されているが,日本の「環境」は包括的に子どもの身近にある事物との関わりのみで,数に関する記述がないことが明らかになった。新生児から算数の能力は育ち始め,乳児期に数に関する言葉をどの程度聞いたかということと,その後の算数スキルに相関があることが研究9)で実証されている現在,日本が「自然探究」(韓国)の内容構成に学ぶことは重要であると考える。

次に,「芸術と音楽」領域では,認知的能力の向上や想像力の刺激が目的とされている。イメージや感性が豊かになることを重視している点は日韓に共通した目的といえる。韓国の「芸術経験」では「周辺の事物,環境,自然の美しさを発見して楽しむ経験」を土台として「創造性と感性」を豊かにすることが明記されている。日本の「表現」においても内容には「水,砂,土,紙,粘土など様々な素材に触れる」ことが記されているため,自然との関わりや1,2歳の時期の認知的能力の育成も視野に入れていると推察される。

「選択,自己決定,子ども間の相互作用」の視点から,日韓の保育カリキュラムについて総合的に考察したい。韓国は自由選択活動の時間があることから,子どもの「選択」と「自己決定」をする時間が確保されている。日本では「環境による教育」を通して「子どもの主体的な活動や子ども相互の関わり」を尊重することを明記していることから,生活全般に渡って,子どもの自己決定や子ども間の相互作用を重視している。保育の質を決定するこれらの事項は,保育カリキュラムの内容に大きな影響を与えていると考える。

今回は保育内容の2領域の比較であったため,今後は残された3領域の比較検討をして,日韓の保育カリキュラムを総合的に考察する必要があると考える。また,保育実践とその評価方法等の比較を通して,質の高い保育を保障するための要件を,より明確にすることを今後の課題としたい。

参考文献
1)  女性家族部公示第2007-1号.標準保育課程の具体的保育内容および教師指針,2007.

2)  保健福祉部.標準保育課程,2013.

3)  田中敏明,カン・ミンジュン,貞方聖恵,松井尚子.韓国の幼稚園における国家基準としてのテーマ中心型教育.九州女子大学紀要 2018;第54号2号.

4)  金正民,加藤あや子,中橋美穂.韓国の就学前教育制度及び「年齢別ヌリ課程」と「幼稚園教育要領」の内容比較.エデュケア 2017;第38号.

5)  泉千勢(編).なぜ世界の幼児教育・保育を学ぶのか.京都:ミネルヴァ書房,2017.

6)  OECD(編著),秋田喜代美,阿部真美子,一見真理子,門田理世,北村友人,鈴木正敏,星美和子(訳).OECD保育の質向上白書.東京:明石書店,2019.

文献
  • 1)  宍戸健夫.日本における保育カリキュラム―歴史と課題―.東京都:新読書社,2017,14–16.
  • 2)  OECD編著,秋田喜代美,阿部真美子,一見真理子,門田理世,北村友人,鈴木正敏,星美和子訳.OECD保育の質向上白書.東京:明石書店,2019,113.
  • 3)  金京和.日本と韓国における幼児教育カリキュラムに関する比較考察―「幼保連携型認定こども園教育保育要領」と「3~5歳年齢別ヌリ課程」を手がかりに―.地域連携教育研究 2018;第2巻:41–53.
  • 4)  無藤隆,汐見稔幸,砂上史子.ここがポイント3法令ガイドブック.東京都:フレーベル館,2017, 78–173.
  • 5)  前掲金京和(2018)のP.43の表2「幼児教育において重要な学習領域」の邦訳を引用。原文は,OECD. Starting Strong Ⅲ: Aquality toolbox for early childhood education: 86–88, 2012.
  • 6)  泉千勢(編),白石淑江,石黒暢,豊田和子,赤星まゆみ,伊志嶺美津子,藤川史子,鈴木佐喜子,林悠子,翁麗芳,韓在煕.第9章 大韓民国.なぜ世界の幼児教育・保育を学ぶのか.京都:ミネルヴァ書房,2017, 311–313.
  • 7)  丹羽孝,キム・ヒジョン.韓国における幼・保共通の課程導入の試み.保育の研究 2012;第24巻:43–54.
  • 8)  厚生労働省:保育所保育指針.2017.
  • 9)  ダナ・サスキンド(著),掛札逸美(訳),高山静子(解説).3000万語の格差―赤ちゃんの能をつくる,親と保育者の話しかけ.東京:明石書店,2018, 81–85.
 
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