ストレス反応が高い群とそうでない群の間に生活習慣や身体組成の差があるか,その差は,心血管年齢の高い群とそうでない群の間にも認められるかを調べた。対象は某私立大学の従業員である。職場ストレスはストレスチェックを用いて評価し,ストレス反応の評価点が17点以下を高ストレス反応群,18点以上を非高ストレス反応群とした。心血管年齢は健診成績を用いてD’Agostinoらの方法によって算出し,実年齢より高い群と実年齢以下の群に分けた。多重ロジスティック回帰分析で,高ストレス反応との有意の関連が検出されたのは,男女とも睡眠による休養が不十分だという自覚であった。心血管年齢が実年齢より高い群では,男女とも肥満との関連が有意で,年齢層の影響と独立していた。ストレス反応と心血管年齢に関連する生活習慣要因は異なっており,職場ストレスは古典的な危険因子の集積とは異なる機序で心血管リスクを上げる可能性が示唆された。
In employee of a private university, I examined whether high stress reaction group has a characteristic lifestyle factor or body composition, and whether this feature, if any, is also observed in those with heart and vascular age higher than the real age. I used stress check data assessing job stress. Those with stress reaction points 17 or lower were regarded as belonging high stress reaction group. As for the heart and vascular age, I calculated this parameter by using D’Agostino’s method based on Framingham study data. Multiple logistic regression analysis revealed that, in both men and women, the high stress reaction group was characterized by awareness of insufficient sleep rest. Whereas, those with heart and vascular age higher than the real age were characterized by high rate of obesity. These results indicated that lifestyle factor or body composition differed between the high stress reaction group and the group with high heart and vascular age, suggesting that job stress increase the cardiovascular risk via mechanisms other than the accumulation of classical risk factors.
職場ストレスは,心血管病の発症や死亡のリスクを高める1)~4)。職場ストレスと心血管病発症や死亡を結び付ける機序として,肥満や喫煙,耐糖能障害,高血圧などの既知の危険因子が介在する血管内皮機能の障害や動脈硬化の進行,凝固・線溶系の異常などが挙げられている4)。したがって,高ストレス者には古典的な危険因子が集積すると期待される。
しかし,筆者がある私立大学の従業員を対象に,ストレスチェック5)6)によって評価されたストレス反応の高い従業員とそうでない者を,性別,年齢階層別に比べたところ,心血管病発症のリスクポイントやそれを基に算出された心血管年齢は,両群で同等であった7)。このリスクポイントは,年齢や喫煙,高血圧,糖尿病,脂質異常症などに基づく8)9)。筆者の成績は7),職場ストレスが心血管リスクを高めるのは,古典的な危険因子以外の要因を介している可能性を示す。
そこで,高い職場ストレスに曝されている群では,古典的な危険因子が集積して動脈硬化が進んでいる群とは異なる生活習慣の特徴をもち,それが心血管病の発症や死亡に結び付くという仮説を立て,ストレス反応と心血管年齢に関連する生活習慣や身体指標が異なるかを調べた。すなわち,職域集団を対象に,ストレスチェック5)6)で評価したストレス反応が高かった群と低かった群,心血管年齢が実年齢より高かった群と実年齢以下であった群を比べ,ストレス反応の高値や心血管年齢の高値に関連する要因を抽出した。
某私立大学で,平成29年の定期健康診断を受けたのは,男413人,女202人であった。ストレスチェックは週に29時間以上勤務する全従業員を対象に実施された。これを受検し,健康診断の問診票の記入を完成させた男336人(49.3±11.3歳),女182人(42.7±11.4歳)を対象に,ストレス反応と生活習慣の関連を調べた(図1)。東京医科大学が開発した職業性ストレス簡易調査票5)に基づき,厚生労働省が定めた方法6)によるストレスチェックを実施した。ストレス反応とストレス要因,周囲のサポートについての評価点を算出し,①ストレス反応の評価点が合計で12点以下の場合,あるいは②ストレス要因および周囲のサポート評価点の合計が26点以下で,かつ,ストレス反応の評価点が17点以下である者を高ストレス者とした。今回は②の基準を参考に,ストレス反応が17点以下(高ストレス者ではないかも知れないが,高ストレス反応)の群と18点以上(非高ストレス反応)の群に分けて,ストレス反応が高いことと関連する生活習慣や身体指標の特徴を調べた。
対象者の抽出
身体計測と採血を含む全ての健診項目を受け,自記式の問診票も完成させた30歳以上の教育職員と事務職員(男381人,51.1±10.3歳,女173人,45.6±9.5歳)については,米国Framingham研究に基づくD’Agostinoらの方法8)を用いて心血管年齢を算出した。得られた心血管年齢が実年齢より高かった群と実年齢以下であった群に分け,心血管年齢が高いことと関連する生活習慣や身体指標の特徴を調べた(図1)。
具体的には,男女別に年齢,HDL-コレステロール,総コレステロール,収縮期血圧,降圧治療の有無,喫煙状況,糖尿病の有無を調べ,心血管リスクポイントを算出した。そのリスクポイントを所定の換算表と照合して心血管年齢を推定した8)。この推定法は30歳以上の従業員に適用できる。Arimaらは久山町研究の成績に基づいた方法を提唱しており9),日本人により適合するのかも知れないが,39歳以下の対象者には適用されない。そこで,本研究ではD’Agostinoらの方法8)とArimaらの方法9)の両者で心血管年齢を算出できた443人(男321人,女122人)について,それぞれの方法で算出した心血管年齢間の相関係数が0.897であったことを確認したうえで,D’Agostinoらの方法8)を採用した。
ストレス反応が高いことや心血管年齢が実年齢よりも高いことと関連する要因は多重ロジスティック回帰分析によって調べた。健診成績からBMIを抽出,自記式の問診票からは20歳以降の体重増加10)11),睡眠での休養12),朝食を抜く回数13),遅い時刻に夕食を摂る回数14),食事の速度15),運動習慣16)についての情報を抽出し,多重ロジスティック回帰分析に供した。睡眠時間が短いことが総死亡や心血管事故発症のリスクを上げることも報告されているので17),ストレス反応や心血管年齢と睡眠時間の関連について,クロス集計表分析も実施した。ストレス反応や心血管年齢の性差についてもクロス集計表分析を行った。
結果は全てEXCELに入力し,アドインソフト「エクセル統計2015」を用いて統計計算を行なった。平均値の比較はt検定によった。比率の偏りはYatesの補正を加えたχ二乗検定により調べ,これで有意の偏りが検出されれば,残差分析を加えた。いずれもp値<0.05を有意とした。
本研究の実施にあたり,全従業員に配布される学園報を用いて,個人が特定されない形でストレスチェックと健康診断のデータを使用することへの理解と承諾を求めた。承諾しない場合は,いつでもその旨を申し出て個人の成績を本研究用から除外するよう要請出来ると述べた。この研究計画は九州産業大学の倫理委員会の審査を受け,研究の実施について承認された(H27-0007号)。
図1に示したように,ストレス反応と生活習慣や身体指標との関連は,男336人,女182人を対象に調べた。心血管年齢と生活習慣や身体指標との関連は,男381人,女173人を対象に調べた。両方の調査が可能であったのは男317人,女154人であった。30歳未満で心血管年齢が算出できず,前者の調査のみを行なったのは,男19人,女28人であった。ストレスチェックを受検しなかったりしたため,後者の調査のみを実施したのは,男64人,女19人であった。健診は受けたが,採血しなかったり,問診票の記載が不十分だったりして,いずれの調査も出来なかったのは男14人,女1人であった。
いずれかの調査を行なった男399人と女201人のプロフィールを表1に示した。年齢,BMI,血圧,降圧治療を受けている者の割合,血中脂質,空腹時血糖値,糖尿病治療を受けている者の割合および喫煙率は,男女で有意に異なった。
男 | 女 | 男vs女 | |
---|---|---|---|
人数(人) | 399 | 201 | |
年齢(歳) | 49.7±11.3 | 42.5±11.2 | ** |
BMI(kg/m2) | 24.1±3.4 | 21.9±3.8 | ** |
収縮期血圧(mmHg) | 128±19 | 116±19 | ** |
拡張期血圧(mmHg) | 80±12 | 72±13 | ** |
降圧治療あり(人) | 55 | 14 | * |
総コレステロール(mg/dl) | 206±33(395人) | 201±42(187人) | ** |
LDL-コレステロール(mg/dl) | 127±30(395人) | 115±36(187人) | ** |
HDL-コレステロール(mg/dl) | 55±14(395人) | 71±16(187人) | ** |
空腹時血糖(mg/dl) | 99±21(395人) | 89±9(187人) | ** |
糖尿病治療あり(人) | 23人(395人中) | 1人(187人中) | * |
喫煙者(人) | 98 | 9 | ** |
*p<0.02,**p<0.0001(男vs女)
表2にはストレス反応の評価点が17点以下(高ストレス反応)であった群と18点以上(非高ストレス反応)であった群,あるいは心血管年齢が実年齢よりも高かった群と実年齢以下であった群の人数を,男女別に示した。ストレス反応の分布は男女で異ならなかったが,心血管年齢については,男では心血管年齢が実年齢より高かった従業員が多く,女では逆で,その分布は男女間で有意に(p<0.001)異なっていた。
男 336人 |
女 182人 |
男 381人 |
女 173人 |
||
---|---|---|---|---|---|
高ストレス反応 (評価点≦17) |
118人(35%) | 68人(37%) | 心血管年齢 >実年齢 |
231人(61%) | 44人(25%) |
非高ストレス反応 (評価点≧18) |
218人(65%) | 114人(63%) | 心血管年齢 ≦実年齢 |
150人(39%) | 129人(75%) |
多重ロジスティック回帰分析により,男では,高ストレス反応を示す従業員は年齢層の上昇とともに有意に減ることが示されたが,女では年齢層の影響は有意ではなかった。男女とも高ストレス反応と睡眠での休養が不十分だという回答との間に有意の関連が認められた(表3)。
男性 | 女性 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
変数 | 標準 偏回帰係数 |
オッズ比 (95%信頼限界) |
P値 | 標準 偏回帰係数 |
オッズ比 (95%信頼限界) |
P値 |
年齢層 20, 30, 40, 50, 60歳代 | −0.368 | 0.969 (0.948 0.990) |
0.004 | −0.246 | 0.978 (0.950 1.008) |
0.146 |
20歳以降の体重増加 1 ≧10 kg,2 <10 kg |
0.006 | 1.013 (0.562 1.825) |
0.967 | −0.163 | 0.640 (0.246 1.668) |
0.361 |
睡眠での休養 1 十分 2 不十分 |
0.481 | 2.706 (1.588 4.611) |
<0.001 | 0.379 | 2.648 (1.062 6.603) |
0.037 |
朝食を抜く回数 1 ≧週3回 2 ≦週2回 |
−0.104 | 0.771 (0.425 1.399) |
0.391 | −0.010 | 0.977 (0.468 2.038) |
0.950 |
就寝前2時間以内の遅い夕食 1 ≧週3回 2 ≦週2回 |
−0.170 | 0.673 (0.387 1.170) |
0.161 | −0.201 | 0.649 (0.331 1.274) |
0.209 |
食べる速さ 1 速い 2 普通 3 遅い |
0.138 | 1.261 (0.836 1.903) |
0.268 | 0.074 | 1.127 (0.677 1.877) |
0.646 |
運動習慣 1 なし 2 あり |
0.012 | 1.028 (0.612 1.725) |
0.918 | 0.130 | 1.296 (0.682 2.462) |
0.428 |
BMI(kg/m2) 1 <18.5 2 ≦24.9 3 ≧25.0 |
−0.076 | 0.866 (0.515 1.458) |
0.589 | −0.015 | 0.974 (0.530 1.789) |
0.933 |
男では,高ストレス反応群と非高ストレス反応群の間で睡眠時間の分布が異なった(p=0.047)。残差分析を行うと,高ストレス反応群では非高ストレス反応群に比べて8時間以上眠っている従業員の割合が有意に高く(p=0.008),6~8時間眠っている従業員の割合が有意に低かった(p=0.032)(表5)。女では,この差は認められなかった。
心血管年齢に関しては,これが実年齢より高い従業員は,男女ともに年齢層が上がるとともに有意に増えることが示された。心血管年齢が高いことと睡眠での休養が不十分だという回答の間には,男女ともに有意の関連を認めなかった(表4)。心血管年齢が実年齢より高くとも,あるいは実年齢以下であっても,睡眠時間の分布に有意差はなかった(表5)。
男性 | 女性 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
変数 | 標準 偏回帰係数 |
オッズ比 (95%信頼限界) |
P値 | 標準 偏回帰係数 |
オッズ比 (95%信頼限界) |
P値 |
年齢層 20, 30, 40, 50, 60歳代 | 0.774 | 1.078 (1.051 1.105) |
<0.001 | 0.501 | 1.062 (1.009 1.119) |
0.022 |
20歳以降の体重増加 1 ≧10 kg,2 <10 kg |
−0.427 | 0.414 (0.234 0.734) |
0.003 | −0.211 | 0.589 (0.189 1.839) |
0.362 |
睡眠での休養 1 十分 2 不十分 |
−0.151 | 0.733 (0.446 1.214) |
0.227 | −0.251 | 0.513 (0.178 1.482) |
0.218 |
朝食を抜く回数 1 ≧週3回 2 ≦週2回 |
−0.364 | 0.395 (0.205 0.762) |
0.006 | 0.325 | 2.235 (0.679 7.363) |
0.186 |
就寝前2時間以内の遅い夕食 1 ≧週3回 2 ≦週2回 |
−0.217 | 0.608 (0.338 1.095) |
0.098 | 0.199 | 1.548 (0.598 4.011) |
0.368 |
食べる速さ 1 速い 2 普通 3 遅い |
−0.164 | 0.757 (0.498 1.151) |
0.193 | 0.327 | 1.776 (0.815 3.871) |
0.149 |
運動習慣 1 なし 2 あり |
−0.070 | 0.857 (0.500 1.470) |
0.575 | 0.017 | 1.035 (0.444 2.409) |
0.937 |
BMI(kg/m2) 1 <18.5 2 ≦24.9 3 ≧25.0 |
0.664 | 3.500 (2.071 5.917) |
<0.001 | 0.894 | 4.934 (1.868 13.035) |
0.001 |
男性 | 女性 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
睡眠時間 | 睡眠時間 | ||||||||
<6時間 | 6~8時間 | ≧8時間 | <6時間 | 6~8時間 | ≧8時間 | ||||
ストレス反応 | ≦17 | 3人 (3%) |
76人 (64%) |
39人 (33%) |
ストレス反応 | ≦17 | 0人 (0%) |
40人 (59%) |
28人 (41%) |
>18 | 10人 (5%) |
164人 (75%) |
44人 (20%) |
>18 | 4人 (4%) |
65人 (57%) |
45人 (39%) | ||
( )内は高ストレス反応者や非高ストレス反応者の中での割合(分布の偏りp=0.047) | ( )内は高ストレス反応者や非高ストレス反応者の中での割合(分布の偏りp=0.295) |
男性 | 女性 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
睡眠時間 | 睡眠時間 | ||||||||
<6時間 | 6~8時間 | ≧8時間 | <6時間 | 6~8時間 | ≧8時間 | ||||
心血管年齢 | >実年齢 | 90人 (29%) |
170人 (54%) |
52人 (17%) |
心血管年齢 | >実年齢 | 2人 (5%) |
24人 (55%) |
18人 (41%) |
≦実年齢 | 6人 (4%) |
104人 (69%) |
40人 (27%) |
≦実年齢 | 1人 (1%) |
73人 (57%) |
55人 (43%) | ||
( )内は心血管年齢>実年齢の者または血管年齢≦実年齢の者の中での割合(分布の偏りp=0.718) | ( )内は心血管年齢>実年齢の者または血管年齢≦実年齢の者の中での割合(分布の偏りp=0.620) |
男女ともに,心血管年齢が高いこととBMI高値との間に有意の関連が検出された。男性では,20歳以降の体重増加が10 kg以上であることや朝食を抜く頻度も,健診時の心血管年齢の高値と有意に関連した(表4)。ストレス反応が高いこととBMI区分との間には有意の関連を検出できなかった。
就寝前2時間以内の夕食の頻度や食べる速さ,運動習慣の有無については,ストレス反応が高いこととも,心血管年齢が実年齢を超えていることとも関連していなかった(表3,表4)。
今回の検討で,ストレス反応が高いことに関連したのは,男女ともに睡眠による休養が不十分だという自覚であった。一方,心血管年齢が実年齢より高いことと関連したのは男女ともにBMI高値で表される肥満であり,さらに男では20歳以降の体重増加が10 kg以上であることも心血管年齢を高くする方向に作用していた。すなわち,ストレス反応と心血管年齢に関連する生活習慣要因や身体組成は異なっていた。
心血管年齢は,年齢や喫煙,高血圧,糖尿病,脂質異常症などの古典的な危険因子に基づいて算出し6),動脈硬化の程度を推測できる。高血圧18)も糖尿病19)も脂質異常症20)も肥満が関連するので,これらに基づいて算出される心血管年齢の高値が肥満と関連するのは当然であろう。男では,20歳以降の体重増加も心血管年齢の進行と有意に関連していた。若年時から肥満防止に取り組むことの重要性を示す成績である。
ストレス反応が高いことと睡眠での休養が不十分だという自覚の関連については,日本の先行研究と合致している。抑うつ反応や身体的なストレス反応が不眠と関連し21),ストレスチェックで評価したストレス反応と睡眠障害が関連することも報告されている22)。海外における検討では,業務量が多いことや裁量の程度が低いこと,周囲のサポートが不十分なこと23),労働時間が長いことや労働環境が劣悪なことも睡眠障害や睡眠時間の短縮と関連する24)と報告されている。ストレス反応のみならず,ストレス要因や周囲のサポートも含めた職場ストレス一般が睡眠障害をもたらすと思われる22)。今回は,男のストレス反応が高い群では,8時間以上眠っている従業員の割合が有意に高かった。それにも拘らず,睡眠による休養が不十分だというのは,睡眠の質が悪いことを示唆する。
今回は横断的な検討であり,睡眠による休養が不十分だという自覚とストレス反応が高いこととの因果関係を明らかにすることはできなかった。スウェーデンで行われた2年間の前向き研究では,業務量が多いと不眠になりやすい一方で,不眠が職場ストレスの増悪に先行することも報告されている25)。職場ストレスと睡眠障害は相互に影響し合うものであろう。睡眠障害は心血管病のリスクを増す26)27)。ストレス反応が高いと,古典的な危険因子から算出した心血管リスクポイントは高くなくとも5),睡眠障害を介して心血管病のリスクを高めている可能性がある。
今回の成績では,ストレス反応の高低は,男女ともに,20歳以降の体重増加の程度や肥満の有無とは関連しなかった。ストレス性の多食(Stress polyphagia)という表現があるように,社会的なストレスに曝されていると,過食に傾いて肥満が生じやすい28)。そこに介在する機序として,社会的なストレスへの慢性の暴露が交感神経系の過緊張と視床下部-脳下垂体-副腎系の過剰な活動をもたらし,内臓脂肪型の肥満に結びつくことが考えられている28)。日本人男性を対象にした研究でも職場ストレスと肥満の関連が指摘されている29)。職場ストレスが過食を介して腹部肥満を惹き起こすという報告は海外からもある30)。しかし,上に述べた日本の成績28)を含む7つの論文をまとめると,職場ストレスと肥満の間に有意の関連は見られなくなったという31)。職場ストレスと肥満の関連については,さらに研究を進める必要がある。
運動習慣は,ストレス反応や心血管年齢の高低と有意の関連を示さなかった。1万4千人近い対象者を追跡した結果,仕事の裁量の度合いが低く,報酬も少ない労働者―すなわち高ストレス者―は,身体活動量が不十分(<14 METs・時/週)である割合が高かったと報告されている32)。この研究で示されたオッズ比は1.11~1.21で,リスクの上昇は僅かであり,今回のような少人数の横断研究では検出できなかった可能性がある。また,この研究では32)職場ストレスが高いことに注目したが,高ストレス反応者を抽出したわけではない。さらに,職場で運動プログラムを導入して,ストレス軽減に役立つかというと,それは明らかでない33)。
身体活動が心血管リスクを軽減することは,確立された知見である34)。したがって,心血管年齢が高いことと運動習慣がないこととの間に有意の関連を検出できなかったことの理由を考える必要がある。2万4千人超の対象者を39歳から54歳まで,55歳から64歳まで,65歳以上の3群に分けて検討すると,身体活動量が非常に少ないことが心血管病発症のリスクを高めたのは65歳以上の高年者のみであった35)。今回の対象者は,大半が65歳未満である。運動習慣と心血管年齢との関連を明らかに出来なかったのは,対象者の年齢が関係するのかも知れない。
本研究には幾つかの限界がある。第一に,単一の大学の教職員や事務職員を対象とした調査である。得られた結果が,他大学や他業種―例えば製造業にもあてはまるかについては,さらなる検討が必要である。次に,ストレス反応と生活習慣の関連を調べた集団と,心血管年齢と生活習慣の関連を調べた集団が異なる。心血管年齢の算出が30歳以上に限られることが大きな理由であるが,同一の集団で両者を比較できなかったことは残念である。三つ目に,職場ストレスの指標として,ストレスチェックによるストレス反応8)9)を採用した。対象とした職域では87%以上の従業員がストレスチェックを受検したので,その成績を用いたが,職場ストレスの評価法は他にもある36)37)。心拍変動や生体試料から得られる生物学的な指標がストレス評価に有用だとも報告されている38)。これらを用いて同じ結果が得られれば,説得力が増すであろう。
本研究が示したのは,ストレス反応と心血管年齢に関連する生活習慣や身体指標が異なることである。職域における健康指導では,個々の従業員の生活習慣や身体指標を知るとともに,職場ストレスと動脈硬化の程度を把握して,的確な指導を行うことが望まれる。
本論文に関して,開示すべきCOI状態はない。