第一報で,2021年1月末までにCOVID-19に感染した学生60人の成績を分析し,その結果に基づいて三密(密集や密閉,密接)の回避やマスクの着用,手指消毒,部屋の換気などを呼びかけた。しかし,2021年4月以降,国内感染者の増加に伴い,多くの学生がCOVID-19に感染した。2022年に入ると複数のサークルでクラスターが発生したので,サークル指導者の会議で活動する時の人数制限や,更衣室あるいは寮などでの感染予防策の徹底などを確認した。第二報では,2022年6月30日までの学生感染者825人を対象に,上記感染予防策の効果を検証し,さらにクラスター予防策が有効であったかも検討した。第3波以降の本学学生の感染率は,福岡県20歳住民における感染率より有意に低値であり,初期の成績に基づく感染予防策は現在も有効である。クラスターは4月10日以降に見られなくなったが,6月末に1件発生した。
In the first report, we analyzed the data of 60 COVID-19 patients of Kyushu Sangyo University students, who were detected until the end of January, 2021. Based on the analysis, we called for avoiding 3 Cs (Crowded places, Closed spaces, and Contact settings), wearing a face mask, hand disinfection, and room ventilation to protect COVID-19. Many students, however, was infected with COVID-19 along with the increase in the patients in Japanese general society. Besides, clusters were noticed in cultural and sports circles in January and February of 2022. In the meeting of the circle leaders held in the February 24th, we confirmed upper limit of participating the training session or meeting, avoiding 3 Cs in locker rooms, and strictly observing the measures of prevention of infection. Here in the second report, we analyzed the efficacy of the measures of prevention of infection mentioned above in 825 COVID-19 patients of Kyushu Sangyo University students, who were detected until the end of June, 2022. Moreover, we examined the effect of the cluster prevention measures. Throughout from the 3rd to 6th waves, the incidence of COVID-19 in Kyushu Sangyo University students was statistically significantly lower than that in the population of twenties in Fukuoka prefecture. These suggest the efficacy of the measures of prevention of infection based on the analysis of the first stage patients. Although cluster once disappeared after the April 10th, one was detected at the end of June.
2019年末に中国で発生した新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)は,2020年から全世界に拡がり,2022年夏の時点でも収束していない。日本では2020年1月から患者発生が見られるようになった1)。COVID-19は典型的な新興感染症であり,発生した時点でこの病気についての知識や経験はなかった。その中で,大学は学生と教職員の活動を出来る限り維持しながら,感染拡大を防ぐという課題に向き合わなければならなかった。
九州産業大学(以下,九産大)では,学生や教職員に三密(密集や密閉,密接)の回避やマスクの着用,手指消毒を呼びかけた。2020年春の学位授与式や入学式は規模を縮小し,定期健康診断も1,4年生は全員を対象としたが,2,3年生は実習等で是非必要な学生に限った。授業の多くは遠隔授業で実施した。保健室では,学生の感染者ごとに行動履歴を調べ,学内の濃厚接触者を特定し,不安を抱いて相談して来た学生を支えた。大学の危機管理対策本部は,学生への経済的支援を決定した。こうして履修への影響を最小化することを目指した。これら対策にも拘わらず,2021年1月末までに60人の学生がCOVID-19に罹患した。しかし,その感染率は同時期の福岡県の20歳住民に比べると低かった2)。以上より,九産大の諸施策はCOVID-19の発生を0にはしないが,感染拡大を防ぐと推測され,2021年4月以降も三密回避やマスク着用,手指消毒の呼びかけを継続し,部屋の換気も積極的に行った。感染の波を見て,学位授与式の会場への父兄の立ち入りを制限したり,定期健康診断の対象者を絞ったりもした。授業については,徐々に対面授業が再開された。2022年4月からは学部・学科の特殊性に配慮しながら,遠隔授業と対面授業を並行して行うハイフレックス型の授業が実施されている。
2021年4月以降,本学でもCOVID-19の感染者が増加し,2022年6月末には累計で825人を数えた。また,2022年に入ると多くのサークルでクラスターが発生した。ここでクラスターとは,1人の発端者から周囲に感染が拡がり,計5人以上の集団となったものと定義される3)。クラスターの発生を防ぐのが重要だが,次の感染者集団を産まないことも大切である。そこで2月24日にコーチや監督などのサークル指導者の会議を開き,活動する時の人数制限や,更衣室あるいは寮などでの感染予防策の徹底などを確認し,学生部長通達として周知した。
今回の第二報では,これらの措置の有効性を検証した。すなわち,学生の感染者が著しく増えても,その感染率は福岡県の20歳住民に比べて低いままであったのか,学生部長通達が効果をあげ,クラスター発生は減ったのかを2022年6月30日までのデータに基づいて調べた。
2020,2021,2022年度の在籍学生を対象にした。学生の感染が判ったり濃厚接触と認定されたりしたら,保健室に電話連絡するよう呼びかけ,保健所からの情報と合わせて感染学生や濃厚接触者を特定した。学生の感染率の算出には在籍者数を知る必要がある。九産大では,教務部が学部(短大を含む)生と大学院生の在籍者数を各月ごとに報告している4)。これを用いて感染の各波の時点での在籍者数を知り,学生の感染率を算出した。
各波の境界は,日本全体のCOVID-19の発生数の推移5) から著者の一人(HM)が目視で定めた。2022年6月28日以降は感染者の発生が増え,この時点で第7波が始まったのかも知れないが,今回は6月末までを第6波に含めて分析した。また,第6波の途中で年度が変わり,4年生の大半が学位授与式で卒業し,4月から新入生が加わる。そこで,第6波に対しては3月末までの感染率算出には在籍者数として2022年2月1日現在の報告を用い,4月以降の感染率算出には2022年5月1日現在の報告を用いた4)。
(2) 濃厚接触保健所は,感染者の急増に伴い,濃厚接触者の認定を家族内感染が疑われる場合にしぼった。すなわち,感染者がそれと知らずに教室で授業を受けたりサークル活動に参加したりしていた場合には,濃厚接触者の認定作業をしない。授業の場では感染者の周囲から新たな感染者が出ていないので,この方針に従った。しかし,感染者がサークル活動に参加していた場合には,学生部と保健室が学生部と保健室が濃厚接触者に該当する学生を認定した。これは,2020年に1件,クラスターが発生した2) ことをうけたもので,保健所の用いていた基準(表1)に準じて濃厚接触者を認定し,4日間の自宅待機を指示した。5日目の朝に症状がなければ自宅待機を解いた。
陽性者と |
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①寮などで同室で生活していた |
②手で触れることが出来る距離(目安として1 m)で,かつ/あるいはマスク着用なしで15分以上の接触があった |
③会話をしながら食事を共にした |
④大きな声を出すような場(例:カラオケ,コーラス等)を共にした |
⑤呼吸が荒くなるような運動(例:体育の授業,トレーニング等)を共にした |
⑥喫煙を共にした(屋外を含む) |
⑦窓を閉めた状態の車に同乗した |
上記①~⑦の1項目でも該当すれば,濃厚接触ありと見做す
福岡県オープンデータサイトに,県内のCOVID-19全患者について報告日や10歳刻みの年齢層が公表されている6)。大学生の年齢層とは若干異なるが,年齢層別の感染者数が分かるデータは他になかったので,福岡県の20歳代住民の感染率と九産大生の感染率を比べた。一般住民中の感染率の推定に用いる年齢階層別の福岡県人口として,第1~3波に対しては2020年10月の国勢調査のデータ7) を,第4波では2021年5月1日現在の人口,第5波では2021年10月1日現在の人口,2022年3月末までの第6波では同年3月1日現在の人口,2022年4月1日以降の第6波では同年5月1日現在の人口を用いた8)。国勢調査時の人口も各月の人口も福岡県オープンデータからダウンロード出来る。
(4) クラスターへの対処2022年2月24日のサークル指導者の会議で確認した内容―活動する時の人数制限や,更衣室あるいは寮などでの感染予防策の徹底―を学生部長通達として周知した。その効果を調べるため,第6波の期間中にサークル活動に参加していた学生の感染が判明した例と,その中でクラスター3) に発展した例を経時的にプロットした。
(5) データ分析保健室に相談のあった例を全てエクセルファイルに登録した。本研究の主たる解析対象は2021年4月1日から2022年6月30日までに発症あるいは検査陽性となった九産大生のデータ―すなわち第4波以降の感染者である。しかし,2021年3月下旬に2名が感染しており,そのデータも用いた。COVID-19の診断は症状の有無には拠らず,PCR検査もしくは抗原検査の陽性者を感染例とした。統計解析にはエクセル統計®(BellCurve社)を用いた。クロス集計表を作成し,感染率の比較にはFisherの直接確率検定を行った。P<0.05を有意とした。
この研究計画は九州産業大学倫理委員会の審査を受け,研究の実施について承認された(2022-0006号)。
九産大では2020年3月25日以降,電話相談のシステムを整え,学生に対応した。感染者は2020年7月に入ってから出始め,2021年1月31日までに60人が感染した2)。図1に日本全国の感染の波と対比させる形で,九産大における学生感染者の発生状況を示した。第2波以降は2021年夏~秋口の第5波に至るまで,日本全国の感染の波とほぼ同様のパターンで感染者が発生した。これが第6波になると本学学生のピークの方が全国のピークより早かった(図1)。これは,福岡県20歳代男女の感染者の出現パターン(図2)と比べても,やはりピーク出現が早い。2022年6月30日までの感染者は825人に達した。
各波における男女学生の感染者数と在籍者数から感染率を算出し,それぞれ福岡県20歳代住民の感染率と比較した(表2)。第3波以降は,第4波での女性(P=0.052)を除き,いずれも九産大生の感染率が福岡県20歳代住民の感染率よりも有意に(P<0.005)低かった。男女で比べると,第2波と2021年度内の第6波で,それぞれ男性0.37%と2.97%,女性0.10%と2.20%で,この2つの時期では男女間に有意差(それぞれP=0.026,P=0.029)があったが,それ以外の波では男女間の有意差は検出されなかった。
第6波に入ってクラスターが発生した。サークルに所属している学生の感染が判明し,それと知らずに活動に参加していた事例とそれがクラスターに至ったかを調べた結果を図3に示した。クラスターは4月10日以降,2月24日のサークル指導者の会議から約1.5ヵ月遅れて見られなくなったが,6月末に1件発生した。この間,サークル活動に参加した学生が感染していた事例は,4月10日前が14件,4月10日以降が19件である。すなわち,Fisherの直接確率検定によれば,4月10日以降のクラスター減少は,P=0.0015で有意であった。
COVID-19は新型コロナウイルスSARS-CoV-2による新興感染症である。その感染が拡大し,我々の日常は大きく変わった。同様の新興感染症は今後も発生すると思われる9)。今回の分析は第一報2) とともに,次の新興感染症が起こった時に参考となるであろう。
なお,公表された数値5) に基づいて日本人の致死率を計算すると,2020年2月1日から2021年1月31日までの1年間では1.47%であったが,現在は低下し,第6波に限ると0.17%である。この致死率の低下には,ウイルスの弱毒化やワクチンの普及,治療薬が開発されつつあることなどが関与したのであろう。岡部10) は,致死率が低下して季節性インフルエンザ並みになれば日常生活を取り戻せると述べている。季節性インフルエンザの致死率は,2018~19年のシーズンには罹患数が約1,170万人11) ,死亡数が2018年には3,325人,2019年には3,575人12) であったという報告をもとに,0.028~0.031%と計算される。この1年で状況は改善してきたが,感染が収束したとまでは云えない。今しばらくは,現在の感染予防策を継続する必要がある。九産大では死亡した学生も教職員もおらず,致死率は0のままである。
(2) 九産大におけるCOVID-19対策とその効果学生や教職員に対し,三密の回避や不要・不急の外出の見合わせを呼び掛け,対人接触のある場ではマスクの着用を勧める一方,遠隔授業を併用して教室での密集を防ぎながら対面授業を増やしてきた。部屋の換気や手指の消毒も勧奨している。これらの有効性を主張する論文も公刊されている13)~17)。しかし,キャンパスに入る時の検温は,最近では行っていない。このように,感染予防策の内容が若干異なってきているが,福岡県20歳代住民の感染率と比べると九産大生の感染率は低いままである(表1)。男女間の差も第2波と2021年度内の第6波を除き,有意水準には達していない。
今回の成績は,初期のデータに基づいて九産大で一貫して実施してきた三密(密集や密閉,密接)の回避やマスクの着用,手指消毒の呼びかけは,患者発生が増えてからも有効だったことを示唆する。初動の重要性を改めて示すものである。
2021年12中旬に九産大生の感染者数が増加し,これが一般社会における第6波の立ち上がりより早いと思われた(図1)。1月に入ると定期試験が終わって相当数の学生が帰省し,保健室への報告が減った可能性があり,グラフの形が変わったかも知れない。したがって,九産大では第6波前半の感染率を過小評価した可能性があるが,その程度の推測は困難である。表2から福岡県20歳代住民における感染率と九産大生の感染率の比を計算すると,第5波や第6波の後半では1.6~2.0倍であったが,第6波前半では男性が2.6倍,女性が3.9倍であった。休暇期間中の学生の感染率の評価には,誤差が生じうると思われた。
(3) クラスター対策学内クラスターの発生を防ぐことの重要性は第一報でも指摘しており,なかでも濃厚接触者対策を挙げていた―すなわち,濃厚接触があると感染リスクが高まった2)。保健室のスタッフもこの点を十分に認識し,濃厚接触者の特定に意を用いたが,感染者が授業に参加していても,周囲からの発症はなかった。しかし,サークル活動の場では2022年になって,すなわち第6波の最中に複数のクラスターが発生した(図3)。それは体育会サークルが大半を占めたが,委員会活動の場でも発生した。第6波では感染力の増したο株が主体となったことも原因の一つかも知れない。
活動する時の人数制限や,更衣室や寮などでの感染予防策の徹底を再度強調し,4月10日以降はクラスターが発生しない時期が続いた(図3)。コーチや監督を介した指導が効果を挙げたかに見える。しかしこれは,サークル指導者の会議から約1.5ヵ月後であり,効果が出るまでに長期間を要した。また,この時期には一般社会における患者発生も第6波のピーク時に比べると半減しており,患者発生がさらに減ると,サークル生の感染自体が報告されない期間もあった。したがって,本学の対策のみが有効であったと主張することは出来ないであろう。なお,6月末のクラスターでは,練習後の会食や部員の家への宿泊が判明した。
クラスター防止策として,活動する時の人数制限や更衣室あるいは寮などでの感染予防策を何度も指導し,活動に参加したサークル生に感染が判明した場合は速やかに報告させた。保健所の基準で濃厚接触に該当する学生には,保健室スタッフや学医の確認前であっても学生部職員が自宅待機を指示することも実施してきた。今後は,これらの継続とともに,大学でとりうる対策が他にないのか,検討する必要がある。
(4) 相談体制感染した学生が速やかに保健室に報告することにより,学内の感染状況や感染リスクを的確に把握できる。そのためには保健室への信頼が大切で,個々の学生への丁寧な対応が望まれる。一方,一般社会における感染者の増加は,管轄の保健所からの指示の遅れをもたらした。その結果,保健室スタッフの仕事量が飛躍的に増え,一人の学生に割ける時間が限られてきた。従来は,感染者の行動履歴を聴き取り,学内の濃厚接触者を特定したうえで,保健所の指示に従うよう勧めていた。最近は,症状の確認や発症日の推定を行い,推測される待機期間を教え,登校や外出を控えるよう勧め,家庭内での感染防止のポイントを伝えている。そのうえで従来通りの情報を集め,保健所からの指示を待つよう説明する。また,発熱や全身倦怠感,咳,咽頭痛などの症状があるが診断の確定していない学生が連絡してきた時には,近隣の医療機関に連絡したうえでの受診を勧める。授業を休むことへの不安を訴える学生も少なくないが,授業に関しては保健室で対応出来ないことも多い。
2021年の夏に文部科学省から抗原検査のキットが配布された。しかし,症状を呈した学生には,登校せずに医療機関で相談するよう勧めている。無症状の例で検査した結果が陰性であっても,COVID-19への罹患を否定し切れないことを理解する必要もある。そこで,本キットは原則として職員用とした。検査の限界については,人事課から案内した。
多くの学生を保健室につないで下さった教員や事務職員の皆様に深謝いたします。本論文に関して,開示すべきCOI状態はありません。