印度學佛教學研究
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ヤジュルヴェーダマントラに現れるvidhenamanとvrdhatuの語を巡って
天野 恭子
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2016 年 64 巻 3 号 p. 1053-1060

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抄録

本稿では,ヤジュルヴェーダマントラに現れるvidhenamanとvrdhatuという未解決語を考察する.vidhenamanはMaitrayani Samhita I 9,1(マントラ)及びI 9,4-5(祭式解釈)に現れるが,語形についても語義についても決定的な解決がなされていない.本研究においては,問題を明確にした上で,この語を,これに続くvidhes tvam asmakam namaというマントラと関連付けることを試み,^+vidher-naman- 「vidhes...nama[というフレーズ]によって呼びかけられる者」との解釈を提示した.同マントラは,動詞vidh「取り計らう」の通例から逸脱した用法を示すが,その背景は19という章の成立の特殊性や,音韻的に似た語を含む他の表現からの影響によって説明され得る.ここに現れたvidhesという語は,ヤジュルヴェーダ・サンヒターにおいて他に一度だけ現れる.Taittiriya-Samhita VI 1,2,5の,brhaspatir no havisa vrdhatu(マントラTS I 2,2,1)についての説明において,vidhesと言わずvrdhatuと言うべしと述べられるのである.しかしこのvrdhatuという語も,語形や文における用法に問題がある.それらの問題が,元にvidhesがありそれがvrdhatuに変えられたことに起因することを指摘し,変化の過程を考察する.すなわち,vrdhatuが主語Brhaspatiと共にactive語形で現れる(普通はmiddle)ことはおそらくvidhesからの影響であること,-atuという語幹及び語尾のイレギュラーは*vi-dhatu(動詞vi-dhaのaor. imperative)からの影響が考えられ,そこに動詞vidhの介在が想定されることを示した.イレギュラーな語幹及び語尾-atuの形成については他に,imperativeをsunjunctive語幹から形成する例への類推や,韻律上の必要性などの想定される要素を指摘した.扱った二つのマントラにおいて,vidhesという語を巡ってイレギュラーな語形や用法が起こっていたことがわかった.その原因として,vidhesを祭式の場で用いることに問題があった,つまりvidhesが日常語であった可能性が考えられる.MSの写本において,vidhes tvamの代わりにvidhe tvamやvidheh tvamという形が伝承されており,vidhe(h)がこの形で頻繁に用いられていた可能性を指摘した.

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© 2016 日本印度学仏教学会
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