塩は比丘の健康維持のために生涯,持ち歩き摂取することが許可されていた薬(人形寿薬)の一種である.塩は動物の生命維持に必要不可欠であり比丘の生活に密着していた.インドで使用されている塩の種類は,律文献やアーユルヴェーダ文献における塩についての記述の用例から判断して古い時代より今日まで大きな変化はみられない.パキスタンのソルトレンジから採掘される無色透明から白色,ピンク色の岩塩が文献中でsindhuと呼ばれる塩で岩塩のなかでも価格が高く,黄色の岩塩はnādeya,硫黄臭がする黒い岩塩はsauvarcalaと呼ばれる.また,romakaはサンバル塩湖から完全天日製塩される塩である.律文献における用例より,比丘たちが使用していた塩は,岩塩・塩湖塩・海塩sāmudra(-ka)が中心であったことがわかる.塩の色や形状をめぐってその使用有無を限定する条文は律文献中になく,比丘は「塩」であれば,どのような塩でも使えた.“lavaṇa”という語は「塩全般,もしくは,塩味の物質」を示し,岩塩や塩湖塩,海塩,塩味の灰を含んでおり,漢訳語の「塩・鹽」がこれに通じる.基本的には,岩塩や塩湖塩,海塩が「塩」に相当するが,場合によっては「塩味の灰」も塩と見なされる.しかし,これら岩塩などの塩も塩味の灰もあくまでも食事とは区別されていた.