2019 年 67 巻 3 号 p. 1189-1194
インド密教における主な儀礼の一つに成就法がある.これはヨーガ行者が観想によりマンダラや尊格一尊との合一を図り,密教における最高の境地の獲得を目指すものである.その成就法儀礼の構成要素として六支ヨーガと呼ばれる観法が説かれることがある.これはGuhyasamājatantraやHevajratantraなどのタントラ聖典やそれに付随する儀軌,註釈書などに度々登場するもので,成就法儀礼を理解する上で重要な観法の一つである.
本稿では,ヘーヴァジュラ系成就法に説かれるこの六支ヨーガに焦点を当て,その特徴の一端を明らかにすることを目的としている.根本聖典であるHevajratantraではGuhyasamājatantraと違って黒から始まる六色の観想が六支として説かれる.同様にVajrapradīpāやHevajraprakāśa,Dveṣavajrasādhana,Hevajrasādhana (Anaṅgavajra著),Bhramaharaでも六色の観法が説かれる.その中で六支の観法は三三昧の内二番目の「最勝なるマンダラの王という名の三昧」が終了した後に説かれており,内容としては三つ目の三昧「最勝なる行為の王という名の三昧」の枠組みの中に入っている.しかし,Vajrapradīpāの註釈対象となっているSaroruhavajra著Hevajrasādhanopāyikāでは六色の観法はもちろん六支の観法についても明言していない.ただ六色の観想を指示していると理解可能な箇処は存在する.また「色の破棄」という内容がVajrapradīpāやDveṣavajrasādhanaでは説かれるがHevajraprakāśaやBhramahara,Hevajrasādhanaでは説かれない.Saroruhavajraの説く成就法以外の上記のテキストではAnaṅgavajraの説く観法と一致する部分が多く,おそらく彼の説く観法が時代を経て受け継がれていったと推測されるが,Saroruhavajraは自身の師であるAnaṅgavajraの説く六支の観法を自らの成就法には採用しなかったと考えられる.今後は,Hevajratantraに対する諸註釈書を比較検討し,その特徴や系統を明らかにする必要がある.それによってヘーヴァジュラ系の文献に説かれる六支ヨーガの全容を明らかにすることが出来るとともにGuhyasamājatantra所説の六支との違いなどもより明確になると思われる.