印度學佛教學研究
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ジャイナ教のタントラ的な瞑想における瞑想主体と瞑想対象の神秘主義的な合一――空衣派シュバチャンドラ著『ジュニャーナールナヴァ』における「形象に関わる瞑想」――
是松 宏明
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2020 年 68 巻 3 号 p. 1120-1123

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抄録

ジャイナ教におけるタントリズム研究の一環として,空衣派のシュバチャンドラ(Śubhacandra; 11世紀頃)によって書かれたヨーガ文献『ジュニャーナールナヴァ(Jñānārṇava)』(以下JA)所説の瞑想方法(dhyāna)について論じる.

ウマースヴァーミン(Umāsvāmin; 2–5世紀頃)によって書かれたジャイナ教の教義綱要書『タットヴァールタ・スートラ(Tattvārthasūtra)』(以下TAS)では,瞑想は「苦悩・残忍・美徳・純粋(ārta, raudra, dharmya, śukla)」の四種類に分けられる.そして美徳の瞑想はジナの教説を考察の対象とする「教令の考察(ājñā-vicaya)」,正法から生類が逃避してしまうことについて考察する「惨禍の考察(apāya-vicaya)」,業の異熟を考察の対象とする「異熟の考察(vipāka-vicaya)」,世界の構造について考察する「構造の考察(saṃsthāna-vicaya)」の4種類に細分化される.

JAはTASの瞑想の分類を踏襲している.しかしJAでは別の種類の美徳の瞑想として,四大の観想によって身体を浄化する「物質的な対象に関わる瞑想(piṇḍasthadhyāna)」(JA34章),様々なマントラの文字の身体への布置や念誦の行法を含む「言葉に関わる瞑想(padasthadhyāna)」(JA35章),一切智者の特性を観想する「形象に関わる瞑想(rūpasthadhyāna)」(JA36章),形象を持たない個我を観想する「形象を超えたものの瞑想(rūpātītadhyāna)」(JA37章)が説かれる.TAS所説の美徳の瞑想の対象は教理的な内容となっているが,JA所説の美徳の瞑想では四大や身体内部の蓮華,マントラの文字などのタントラ的な象徴の観想の有用性が強調される.

JA36章「形象に関わる瞑想」は一切智者の様々な性質を対象とする瞑想について説かれており,多くの一切智者の形容が並んだ内容となっている.注目すべき点は「形象に関わる瞑想」の実践者が一切智者となると説かれており,更にシュバチャンドラはここで「私は彼である(so’ham)」という大格言(mahāvākya)を使用していることである.この不二一元論的な大格言は個我の多元論を説くジャイナ教の思想と相容れない.しかしシュバチャンドラはタントリズムにおける修行者と瞑想対象の合一を目指す志向性を意識していた可能性が考えられる.

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© 2020 日本印度学仏教学会
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